第5話 ダンジョン見学
重徳が歩美を伴って勇者の連中が集まっている場所に向かうと、訓練担当の教官が呼び止める声が聞こえてくる。
「おい、そこの二人! お前たちは勇者ではないから別の場所に行くんだ!」
どうやらここにも一般人を格下に見るアホ教官がいる模様。おそらく歩美も授業開始時に同じようなセリフを言われて除け者にされたのだろう。本日二度目の排除勧告を受けて心配顔で見つめる歩美に対して、重徳はまったく動じた様子がない。何しろ朝イチで生徒指導教員を投げ飛ばしているのだから、実技指導教官に何を言われようがどこ吹く風。そもそも学園長から『兵の意地を見せてくれ』と言われている以上、こんな下っ端教官に何を言われようと素直に従う気なんて小指の先ほども持ち合せていない。
「別に俺たちがどこで訓練しても構わないじゃないですか。まだ場所も余っているようだし」
歩美の手前いきなり波風を立てるつもりはなかったので、重徳は意識して控えめな口調で答えたつもり。だが教官に向かって口答えすること自体がどうやらこの相手には許せない行為だったらしい。激高して彼に掴み掛からんばかりにこちらに向かってやって来る。
「貴様は一般人の分際で何を一人前の口を利いているんだ! その腐った根性を叩き直してやる!」
「ヤメといた方がいいですよ。ついさっき同じような態度で俺に掴み掛ってきた生徒指導の先生を投げ飛ばしたばかりですから」
あーあ… と心の中で重徳はため息をついている。つい今しがた歩美を何とか煙に巻いたあの一件を自分で暴露しちゃっている。想像通り歩美は目を白黒。
それでもどうやら重徳の制止は思いもよらぬ効果があったらしくて、教官は驚いた表情で立ち止まる。ちなみにこの学園では座学やホームルームでは「先生」と呼んでいるが、実技実習の時だけは「教官」と呼ぶのが慣わしとなっているそう。
「まさかお前が熊沢先生を投げただと! あの人は柔道5段の腕前だぞ!」
どうでもいいけど、あの生徒指導担当の教師は熊沢というらしい。確かに熊みたいな体格をしていた気がする。驚きの表情を見せる教官に対して、重徳は事も無げに事実を告げる。
「柔道が何段だろうが、俺に投げられた事実は変わりませんよ。そんなに疑うならクラス担任に聞いてください。目の前で目撃していましたから。それから俺が勇者四人を叩きのめした話も知っていますよね。そのうち二人は病院送りになったと聞きました。強い者を優先するなら剣技の基礎も知らないような生っちょろい勇者よりも俺を優先してもらえますか」
重徳の強弁に対して、ぐぬぬ…という表情でこの教官は何も言えなくなっている。勇者だからこの場を独占して使用するのではなくて、この学校の仕組みはあくまでも強い者が優先。これは先程学園長のジジイからの入れ知恵で知った話。勇者を四人ブチのめしているんだから、当然演習場を使用する資格くらいはあるだろう。
「あ、あの… 四條君、教官と揉めるのは色々とマズいんじゃないでしょうか?」
言わんこっちゃないだろうが! 重徳と違って常識人の歩美が気の毒にも怯えている。断言するが重徳は一般人ではあるが間違っても常識人ではない。自分が納得できない理不尽な抑圧には徹底抗戦するヘソ曲がりな一面が強い。あのジジイのように物分りが良ければ、彼も敢えてここまで事を荒立てようとは思わないだろうが。
「好きにしろ! ただし勇者の訓練の邪魔をするな!」
悔しそうな表情で捨てゼリフを吐き付けて来る教官、重徳に言い負かされてさぞかし無念だろう。
(ねえねえ、今どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?)
重徳は心の中で思いっきり舌を出している。
しかしながら正義は重徳に味方している。さきほどジジイからこっそりと伝えられた話では「この聖紋学園では強い者こそが最優先」が大原則。となれば重徳は自らの意地をとことん押し通してやろうと決心している。
(おっと、いかんな。俺の中の暗黒面が顔を覗かせている。鴨川さんの前でこれ以上ヤバい姿を見せるのはナシにしておこう)
さて教官が寛大な心で演習場の使用を許可したので、重徳は堂々と勇者たちが取り巻く演習場の中央を歩美を連れて突っ切っていく。目指すのはロリ長がいる場所。彼は面白そうな表情で重徳と教官のやり取りを眺めていたようで、二人が近づいてくるとクイッと右手を上げてサムアップをする。
「ずいぶん楽しそうに教官と話をしていたみたいだね。それはそうと四條はあの四人だけじゃなくて生徒指導担当の先生まで投げ飛ばしているとは傑作だよ」
ニコリと笑っているその表情は泰然自若とでも言うのだろうか、多少の物事には全く動じなさそうな正真正銘の勇者の風格がある。ただし心に抱いている大義が残念すぎ。エルフだけならまだしも、幼女を舐め回すって…
「鴨川さんが聖女たちから仲間外れになっていたからこっちに連れて来たんだ。邪魔にならないように二人で体力トレーニングと護身術の簡単な練習でもやっているから、信長は自分の訓練に専念してくれ」
「ほう、護身術か! 僕は剣に関してはそこそこ訓練を積んできたから自信はあるけど素手での格闘は何も知らないんだ。良かったら教えてもらえるかな?」
「ああ、構わないぞ。仲間は多い方がいいからな。それじゃあ三人で四條流の基礎からやっていこうか」
「よろしくお願いします」
こうしてロリ長も交えての基礎訓練が開始されていく。
◇◇◇◇◇
この日の放課後、重徳は一緒に校門を出たロリ長、梓、歩美と別れて家路に着く。三人は電車で通学しているので門を出たら右に曲がって駅へと向かう。重徳の家はまったくの反対方向で門を出ると左方向。
入学して2日目の本日も中々盛りだくさんの内容だったなと、一日を振り返りながらのんびりと帰宅する。春の柔らかい日差しがそろそろ西に傾きかけて、風がやや冷たく感じる時間帯に差し掛かっている。
結局四條流の護身術講座は途中から参加した梓も交えて四人で午前中をかけてみっちりと行われた。勇者の2人は理論立った体の捌きにしきりに感心している様子が窺えた。闇雲に体を動かすんじゃなくて『こうすればこうなる』とわかっていれば動きの無駄がなくなっていくのは当然だが、その技法は剣を扱う時にも十分に役に立つ。それにしてもあの二人の覚えの良さは異常なレベル。教えた傍から体が重徳と同じように動く。それから歩美に関しては、かなり絶望的な運動神経だったと申し添えておく。
(これは俺もウカウカとはしていられないな。あの二人だけじゃなくて他の勇者も同じように物覚えが良いとしたら、現時点で俺が持っている技術的なアドバンテージなんてあってないようなモノだ。ということは、勇者たちに遅れをとらないように俺自身がもっと強くなっていかなければならないよな。ジジイとも約束したし)
何か良い方法はないかと思案することしきり…
(そういえば昼休みにロリ長がダンジョンの話をしていたな)
ロリ長の話によると、ダンジョンの中にいる魔物を倒すとステータス上のレベルが上昇するらしい。レベルが上昇すれば身体能力や攻撃力もアップする仕組みになっていると言っていた。いずれは生徒同士がパーティーを組んでダンジョンに入ると担任も説明していた気がする。
(この際だから今のうちにちょっと見学だけでもしておこうかな。果たしてどんな場所なのか知っておいて損はないだろうし)
ダンジョンは学校から自宅に帰り着く最後の角を反対方向に曲がって100メートル先に進んだ場所にある。元々その場所はお寺が所在していたのだが、ダンジョンが裏山に出来たせいで別の場所に移転している。この辺の道路は重徳のランニングコースなのでほぼ毎日ダンジョンの前を通っているが、内部がどうなっているのかは今まで全然知る由もなかった。しかしレベルアップするなら利用しない手はないんじゃないかという考えが重徳の中で鎌首を
家とは反対方向に曲がるとすぐにダンジョンが見えてくる。自動小銃を手にした自衛隊員が入り口の両脇に立って、その奥には装甲車まで停めてある物々しい警備状況が見て取れる。敷地の入り口に近づいていくと、ちょうど中から出てきた男性職員が重徳に気が付いた様子で立ち止まる。その人物はニコやかに声を掛けてくる。
「おやおや、聖紋学園の生徒だね。まだ制服が新品ということは新入生かな? どうやら君が今年の学園の新入生で登録第1号のようだね。さあ、こちらに来なさい」
「はあ」
(登録? はて何のことでしょうか?)
訳がわからないままに重徳は男性の手招きに従って入り口の門を潜って行く。警備をしている自衛隊の方々は彼が中に入るのを完全にスルー。かつてはお寺のだった名残がまだ残っていて、池や清め所がまだそこかしこに面影を忍ばせる。子供の頃はセミを採りによく境内に入った記憶が蘇って来るな… などという感慨に耽っているうちに、そのまま重徳は敷地内にある建物に通さていく。見た感じは2階建ての事務所のような造りで、位置的には昔は本堂があった場所に相当する。
「さて、登録第1号の君を歓迎するよ。例年よりも1ヶ月くらい早いね。ここはダンジョン管理事務所、異世界風に言えば冒険者ギルドかな。君はどこのクラスだい?」
「1年A組です」
「おお、勇者のクラスじゃないか! それはますます頼もしいな」
(ありゃりゃ、この人は俺が勇者だと勘違いしちゃったかな? それにしても管理事務所はわかるけど冒険者ギルドって何だ? 例の異世界からの侵攻という話も入学して初めて聞いたし、俺はこの件に関してまったく無知だな。どうせならここで詳しい話を聞いておこうか。家に帰っても稽古しかすることはないし、それは午前中に勇者二人を相手にして結構やったからな)
「すみませんがダンジョンってどんな場所なのか話を聞かせてもらえますか。あまり知識がないものですから」
「そうかね、いやいや勉強熱心だね。ここは大山ダンジョンと言われている首都圏では唯一のダンジョンだよ。そのほかに日本国内には、洞爺、恐山、富士、熊野、阿蘇の合計6箇所のダンジョンが確認されている」
「そうなんですね。勉強になります」
「話を続けるよ。そもそもダンジョンとは何かという話だが、実のところ急にこのような物が出来上がった正確な理由はわかっていないんだ。ただし、内部にいる魔物は絶対にこの世界のものではない。しかも魔物は年々強力になっている点からいって、異世界からの力が強まっているとしか考えられないんだ」
「年々魔物が強くなっているんですか?」
「そのとおりだよ。出来た当初はちょっと体力に自信がある者だったら誰でも内部に入って魔物を倒せたんだけど、今は専門的な訓練を受けた人間でないととても歯が立たないんだ。だから君たちのような魔物討伐の専門家を目指す人材を育成するための学校が各地に設立されたんだ」
「その学校というのはどこもダンジョンの近くにあるんですか?」
「ああそうだよ、ダンジョンの近辺でないと行き帰りだけで時間をロスするだろう。それに授業の中でもダンジョン実習が行われるから、距離は近いほど都合がいいからね」
「そうなんですか… よくわかりました。それで中の様子はどうなっているんですか?」
「現在判明しているのはこのダンジョンは25階層までは確実にあるということだね。その先に行った者はまだ誰もいないよ。内部は洞窟のようになっている箇所や、フィールドダンジョンといって森のようになっている階層もある。そしてそこには人を狙って襲い掛かってくる魔物が存在するんだ」
魔物… 重徳のイメージが貧困なせいか現時点ではクマとかイノシシみたいな動物しか浮かんではいないが、どんなやつが相手になるのかしっかりと聴いておいた方が良いと判断したよう。人の話を訊かない重徳には珍しく真剣な表情で耳を傾けている。
「魔物の種類にはどんなモノがあるんでしょうか?」
「うん、感心感心。登録の時にそこまでしっかり話を聞こうとする生徒さんは中々いないんだよ。みんな説明を端折って登録だけして帰るからね。さて、魔物の種類だったね。まずは入場ゲートを潜った1階層目に出てくるのはスライムとかゴブリンなどだね。両方とも比較的倒しやすい魔物だけど油断は禁物だよ。特にスライムには物理攻撃が効果がないんだよ」
「それじゃあどうするんですか?」
「魔法による攻撃が有効だね。君のような勇者には魔法のスキルがあるからそれで倒すんだよ」
(やっぱりこの人は俺を勇者だと勘違いしているみたいだな。実は勇者クラスに在籍する一般人なんだけど… それにしても魔法しか通用しないというのは困りものだな)
「でも安心していい。スライムはあちらからは襲ってこないから無視して通り過ぎても問題はないんだ。性質が大人しい分、レベル上げには有効かもしれないね」
「ああ、なるほど。わかりました」
「1階層では魔物が単体で出てくるけど、2階層以降では1度に複数現れるケースがあるんだ。そのために中に入る冒険者はパーティーを組む。その方が効果的に魔物を倒せるからね。でもデメリットもある。魔物を倒した後に得られるドロップアイテムや経験値は当然頭割りになる。だから大抵の冒険者は多くても5,6人でパーティーを組んでいるんだよ」
(なるほど、パーティーか… 確か担任がそんなことを言っていたな。でもドロップアイテムとか経験値って何だろうな? 聞いてみようか)
「ドロップアイテムは討伐された魔物が落とすご褒美みたいなものだよ。隣の買い取りカウンターに持ち込めば所定の金額で買い取ってもらえる。経験値はレベルを上昇させるために必要なんだ。一定の経験値が貯まると次のレベルに上がるんだよ」
(質問する前に先に言われた。でもこの職員さんは本当に親切に何でも教えてくれるな。クラス担任はいかにも『そんなことは知っていて当たり前』という態度だけど、俺みたいに何も知らない人間だっているんだぞ)
「そういう仕組みになっているんですね。じゃあたくさん魔物を倒すとすぐにレベルが上昇するんですね」
「ところが中々そういう簡単なシステムにはなっていないんだ。確かに初期のレベル7,8までは思いの他簡単に上昇するんだけど、次第に次のレベルまでに必要な経験値が増えていくんだよ。だから高いレベルを目指すためにはより強い魔物を倒す必要があるんだ。1体倒しただけで経験値をたくさん得られるからね」
「結構意地が悪いですね」
「真にそのとおり! だからスライムだけ倒しても上昇するレベルには限界があるんだ。更に上を目指すには必然的に深い階層まで進まないとならない。だが深い階層は危険性が増してくるのは当然だ。自分の現状の力をしっかりと把握して、適切なレベルの階層で活動しないと痛い目を見るよ」
「よくわかりました。ありがとうございました」
「ああ、それから最後にもうひとつ。聖紋学園の生徒さんは魔法使いや聖女に限って5月ごろから入場が認められるんだけど、他の生徒は条件を満たさない限り7月まで中には入れない規定になっているんだ。しっかり訓練しないと危険だからね」
「ということは俺も7月まではお預けってことですか?」
「ところが君は条件を満たしている。ほら、登録用紙に記入した特技の欄に〔四條流古武術2段〕の記載があるだろう。ダンジョン管理室に登録された全国の道場で段位習得者は無条件で入場が認められるんだよ」
「えっ、ウチみたいなマイナーな貧乏道場でもいいんですか?」
「いいも何もご近所だからねぇ~。君の道場もちゃんと登録してあるよ」
「ということは、明日からでも入れるんですか」
「もちろん」
これは重徳にとっては中々の朗報に違いない。もちろん即行動が信条の彼の中では明日以降のダンジョン行きは決定事項。
とまあこんな感じで一通り話を聞き終えて、重徳はその場でダンジョン内に入っていくための登録を済ませる。聖紋学園の学生証を見せるて必要書類に記入漏れがないか確認すると終わりという簡単な手続き。登録を終えるとプラスチック製のカードを手渡される。これがダンジョンの通行証になるらしい。ついでに新入生登録第1号のご褒美として写真解説入りの魔物図鑑をもらっている。出現する階層とか攻略法が丁寧に解説してある中々の優れ物となっており、これで一冊あれば当面は魔物の攻略法が一目でわかりそう。
こうして重徳は丁寧に頭を下げてダンジョンを後にするのだった。
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入学2日目にして早々にダンジョン入場のための登録を終えた重徳。登録した以上はついつい中に入ってみたくなるもので、次回は初めてのダンジョン紀行となりそうな予感が… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
それから読者の皆様にお願いです。
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なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。
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