第33話 次なる戦い

 薄暗い室内でルイスは窓の外をじっと見据えていた。気配を探れば、エマとアメリアが順調に襲撃犯を沈めている。


 そんな中、ルイスは他のやつらが動き出したのをいち早く察知した。別荘からは離れた位置にあった気配がこちらへ近付いてきたのだ。どうやら見張り役が加勢に来たようだ。


 こちらが少人数なことは向こうも把握しているのだろう。全員でかかれば何とかなるとでも思っているようだ。考えなしの行動に笑いたくなる。


 しかし、いくらエマとアメリアが優秀であっても数で押されれば取りこぼしが出てくるだろう。セシリアへの接近を許す恐れがある。そうなると狭い室内ではこちらが不利になってしまう。瞬時にそう判断したルイスはセシリアへ声をかけた。


「セシリア、外へ出るぞ。ここでは万が一の時に身動きが取りにくい」

「は、はい!」

「いい子だ……おいで」


 差し出されたルイスの手にセシリアが己の手を重ねる。僅かに震えているセシリアの手をルイスはしっかりと握りしめた。そしてそのまま背に庇うようにして外へ出た。


 外は暗い室内とは違い、満月の月明かりで視界が確保されるくらいには明るかった。月明かりに照らされたルイスの銀髪がやけに美しく見え、セシリアは手を引かれて歩きながらつい見入ってしまった。


「いたぞっ! あいつがターゲットだっ!」

「今度こそ殺れっ!」


 セシリアの姿を見つけた襲撃犯が獲物を見つけたとばかりに声を荒げた。殺意のこもったギラギラとした目に、セシリアは恐怖で身を震わせた。


「大丈夫だ、すぐに終わらせる。少し離れるがセシリアはそこから動かないように」


 ルイスは繋いでいた手を持ち上げると、セシリアの手の甲へ愛おしげに口づけた。少しでもセシリアの緊張がほどければいい、そんな願いを込めた。


 こんな時でも余裕かつ甘々なルイスにセシリアの恐怖も薄れていく。こんな時でもこちらを気遣い優しい言葉をかけてくれる。それなのに自分だけが怯えているわけにはいかない。セシリアは、離れていく手を心細く思いながらも精一杯気丈に振るまった。

 

「分かりました。あ、あの……ルイス様もお気を付けて」


 まさか恐怖を感じているだろうこんな場面で、そんな事を言われると思わなかったルイスは目を見張った。震える声で懸命に話す姿がとても愛おしい。セシリアの優しさに甘く蕩けるような笑みを向ける。


「ありがとう。怖かったら目を閉じているといい。今度こそセシリアには傷一つつけさせない」


 するりとセシリアの髪を撫でると、ルイスはそのままセシリアから離れていった。あまりセシリアに近いと怖い思いをさせてしまう。十分に距離を空けた先で歩みを止める。このくらい離れた距離でもセシリアには近付かせない自信があった。


 意識を切り替えるように大きく息を吐き出す。セシリアの前で血生臭い事は控えたい。エマもアメリアも同じ事を考えているのか、出血沙汰はなるべく控えて相手の意識を奪い取る戦い方をしている。


 ゆっくりとした動作で腰に佩いた剣を抜くと、ルイスの雰囲気は一変する。


 剣を片手で持ち、切っ先を相手に向けるだけのゆるい構え。一見すると隙だらけに見える構えだが、腕に覚えのある者は、ただこれだけの事で圧倒的な力の差を感じただろう。視線は鋭く、目が合っただけで冷や汗が流れるような重苦しいプレッシャー。


 案の定、向かってきた男達はルイスに斬りかかることなくその気迫だけで大きく怯むこととなった。エマとアメリアの手をすり抜けてきたやつらは五人。多勢に無勢とはいえ、元暗殺者のエマの手を掻い潜った者もいる。そこそこ腕は立ちそうであった。


 ルイスは、地を這うような低い声で男達へ言葉を投げつけた。


「セシリアに手を出したこと地獄の底で悔いるがいい」


 その言葉で戦いの幕が切って落とされた。




◆◆◆◆◆




「………隊長……すごかったですね……」

「今回はいつになく殺気がすごかったな……」

「俺、自分が殺されるんじゃないかと思った……」

「こえぇ……鳥肌治まんねぇ……」


 別荘の前に転がる襲撃犯を縛り上げながらロイド達、第二部隊の面々は戦々恐々の胸の内を語りあっていた。襲撃犯達は二十人ほど。もれなく全員が意識を失っている。


 結果を述べれば、まさに瞬殺であった。


 ルイスはものの数分で五人の男をあっさり戦闘不能にした。剣の柄と手刀、そして蹴り……全てたった一撃で相手の意識を奪っていったのだ。抜いた剣は相手の攻撃を防ぐためだけのもの。むしろ素手でも勝てたのではないだろうか。その後も数人を相手にしていたが、まるで子供を相手にしているかのごとく圧倒的強さであった。


 あんな異次元の強さを目にすれば、誰もルイスに歯向かおうなどと思わないだろう。魔王の名は伊達ではない。


 そのルイスは、現在セシリアと話をしていた。あんなに威圧感を出していたルイスは、別人のようにセシリアをあれやこれやとやたらと心配している。あの恐ろしいまでの殺気は微塵も感じられない。しばらくして、メイド二人に何かを言われていた。あれはうるさいと叱られたのではないだろうか。


 その後、セシリアはエマ達に連れられて室内へと戻っていった。残されたルイスは後始末をする部下の元へと足を運んだ。

 

「ジャン、この場はお前に任せる。手はず通りもうそろそろ人手が来るだろう。俺達はこの後、ヴェルナー家へ向かう」


 ルイスに指示を出されたのは、ロイドと共に潜んでいた先輩隊員だ。彼は、今回の別荘班でリーダーを担っている。別荘班の大きな仕事は、この惨状の後始末といっても過言ではなかった。


「了解っす。隊長達もお気を付けて」


 ジャンがそう言うと、ルイスはふっと小さく笑みを浮かべた。美麗なはずのその笑顔は何故だか未だに闘志を秘めていた。


 その笑顔を見た部下達は背中にぞくりと悪寒が走るのであった。




◆◆◆◆◆




「お、来た来たー。お疲れさーん」


 ソファに座りだらりとくつろいだ格好でルイスとセシリアを出迎えたのはディルクであった。任務中かつ人の家なのに随分のんびりしている。


 後始末をジャン達に任せ、フェーンベルグ家の別荘をあとにしたルイス達は、セシリアの生家であるヴェルナー家へと馬車を走らせた。ルイスは黒髪のカツラを被り直し、再度使用人に扮している。


 これからセシリアは家族と対峙するのだ。セシリアの安全のため、ルイスも使用人として同席することになっている。


 しかし、ヴェルナー家に着いてみたらディルクのこのだらけよう。思わず苦言を呈しかけたルイスだが、まずは話を進めようと言葉を飲み込んだ。


「ディルク、首尾はどうだ?」

「すっごーく平和的に終わりましたよ。逃走の心配もないんで楽でしたー」


 今回の作戦で副隊長のディルクは、ヴェルナー家を任されていた。セシリア殺害を命じたイザベラを捕らえるためだ。数名の部下も同行しているが、ディルクにとっては余裕の任務だったようだ。


「そうそう、残党共の王都の拠点は第四部隊が制圧したそうです。捜査権もぎ取っておきながら手柄は向こうにやるとか……中々に考えてますねぇ」

「無駄な軋轢を生まないためだ。それに使えるものは使う」

「さっすが隊長ー!」


 相変わらず自由なディルクにルイスは呆れの溜め息をついた。この男には説教などさほど意味がないだろう。


 そんな中、セシリアがディルクの前へと進み出た。


「ディルクさん、この度は我が家の事でご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

「いやだなぁ、そんなかしこまらなくっても。セシリアさんこそ無事で何よりです」


 座ったままひらひらと手を振るディルクの態度にルイスは思いきり拳骨を食らわせた。態度がでかいのにも程がある。あくまでも今は任務中なのだ。


 冷ややかな目で一瞥したあと、ニコリと爽やかな笑顔を浮かべた。瞬時にして使用人の皮を被る。


「手が滑りまして……失礼致しました。それではセシリア様、参りましょうか」

「えっ……あ、あのディルクさんは……」

「彼は放っておきましょう」


 使用人ルイになりきったルイスはセシリアを部屋の外へとエスコートする。これ以上こいつの相手をしていても時間の無駄だ。


「ぷぷっ……そんな威圧的な使用人いる訳ないし……あ、隊長のその黒髪もすってき~♪」


 最後までのらりとした態度のディルクにルイは一睨みした後、勢いよくドアを閉めた。これから最後の大仕事だというのにどっと疲れてしまう。


 二人はそのままイザベラ達を閉じ込めてあるという応接室へと向かった。


 イザベラとの話し合いはセシリアが強く望んだことだ。ルイスとしてはイザベラになど会わせたくないのだがあそこまで頼まれれば折れるしかなかった。妥協案としてルイスが同席することにはなったが、あくまでも使用人として控えるだけだ。セシリアもそれであればと納得した。


「…………セシリア、本当に大丈夫か?」

「まぁ、ルイったら心配性ね。私は大丈夫よ」


 心配するあまりルイスはいつもの話し方に戻ってしまっている。セシリアは柔らかな笑みを浮かべた。ルイスにではなくルイとして対応する。イザベラがいる応接室はすぐそこだ。声が聞こえていたらルイスがわざわざ変装した意味がなくなる。


 そうして一つの部屋の前へとやってきた。扉の前には見張りの隊員がいる。ルイスが頷くとその隊員は扉を開けた。

 

 扉の先に待つのは自分を殺すよう命じた異母妹いもうと。セシリアは次なる戦いに向け大きく息を吸い込んだ。


 毅然とした態度で室内へと入ったセシリアを待っていたのは三人の人物であった。一人は異母妹いもうとのイザベラ。その隣に座るのは継母だ。二人は嫌悪する目つきをセシリアに向けてきた。一人掛けのソファに座る最後の一人は憔悴した表情をしている男性……セシリアの実父だ。


「セシリア………無事だったか……良かった」

「お父様……」


 セシリアの父は今回の件に全く関与していない事が分かっている。しかし妻と娘の悪事に気付かなかったという点では同罪とも言える。セシリアにとっての父は、仕事が忙しくてあまり顔を合わせない人なのだ。自分の無事に心から安堵してくれていても複雑な気持ちであった。


 返す言葉が何も見当たらずセシリアは父から視線を逸らした。そのままイザベラ達の向かい側にあたる二人がけのソファへ腰を下ろす。ルイスは使用人に扮しているのでセシリアの後ろに控える。


 セシリアは真っ直ぐに前を向いた。

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