第14話 三匹の猛獣

 賭博場を出たルイス達が孤児院へと戻ったのは、陽が既に落ちつつある頃だった。


 応接室にはルイス、アシュトン、ディルク、エマ、ロイドの五人が顔を揃えていた。情報屋を見つけ出し、さらには必要な情報屋を引き出すという大役を務めたセシリアは、戻ってきてすぐにイザークとブリジットに遊びに誘われて、ここにはいない。


 そのため、ルイスは溜まりに溜まった苛立ちを隠そうともしなかった。


「うっわ~、隊長ってばめっちゃ機嫌わるー」

「……あ、あの…サイラスがセシリアさんをえらく気に入りまして。終始セシリアさんを口説いていたというか…」


 小声で何があったか報告するロイドに、ディルク・アシュトン・エマの三人が揃って明後日の方向へ視線を向ける。道理でルイスが殺気立っているわけだ。サイラスはルイスの地雷を軽々と踏み抜いたらしい。


「ルイス様の前でセシリア様を口説くなんて度胸あるな」

「だよね~。おー、こわっ」

「……危険な芽は今のうちに潰す」


 どこからともなくナイフを取り出したエマの目が完全に据わっている。それに慌てたのはロイドだ。


「と、とりあえず、競売は十日後に開かれることが分かりました。場所は王都にあるレスター商会の地下です」

「レスター商会?」

「はい。どうやら最近になって、レスター商会が指輪を手に入れたそうです。しかも、『王家の秘宝』と分かっていながら競売に出すそうです」


 生真面目新人ロイドの説明にアシュトンが「ふむ」と呟く。


「あの狸じじいか。悪どいことやってても納得できるなぁ」

「アシュトンさん、何か知ってるんですか?」

「いや、あの狸は女好きでそこそこ有名なんだよ。あいつ、若くてキレイな女性を金で買うから」

「………最低クソ野郎」


 エマの眉間にくっきりとシワが寄る。同性として嫌悪感を抱いたのだろう。


 そんな中、アシュトンが特大の爆弾を投下する。


「あー…ちなみにだけど、セシリア様が夜会に出て『女神』だ『妖精』だなんて有名になったもんだから、狸じじいの耳にも入っちゃってさ。あのエロじじい、セシリア様に興味津々らし──」

「ひいぃぃーー!! アシュトンさん、それ今言わなくていいですっ!」


――ブチッ!


 ロイドの悲鳴は悲しく響くだけであった。時既に遅し、ルイスが見事にブチ切れる。


「あんのクソじじいっ……徹底的に叩き潰してやるっ!」


 ゆらりとした禍々しい殺気がルイスから立ちのぼる。部屋の中はルイスの凍てつく殺気で極寒の地と化していた。


「うーん……たいちょーに人殺しされると困るなぁ」

「セシリア様を不埒な目で見るクソ狸など、ミンチにして豚のエサにしてしまえ」

「あのね、俺らは国の兵士なの。昔みたいに人殺しなんてしちゃダメだし、証拠がないと簡単には捕まえらんないの」

「あ゛? 肝心なときに使い物にならないなんて、役立たずが」

「はぁっ? 単細胞がよく言うよ」


 こっちはこっちでエマとディルクが激しく火花を散らす。


 普段飄々としているディルクの変わりように、ロイドは自己紹介(?)での一幕を思い出した。ディルクは自分のことを元暗殺者だと言っていた。今ならその言葉が真実だと理解できる。


 怯えるロイドを不憫に思い、二人を止めに入ったのはアシュトンだ。


「はいはい。ディルクもエマも今はケンカしない。ったく、相変わらずなんだからさー」


 睨み合うディルクとエマをアシュトンが頭を撫でて宥める。それだけで二人は途端に大人しくなった。


 アシュトンは、そのまま怒れるルイスにも声をかけた。


「で、ルイス様どうします? 罪状が必要なら俺が調べてきましょうか?」

「いや。十日後、レスター商会の競売場を一斉摘発する。罪状など現場で『王家の秘宝』が見つかれば何とでもなる」

「…………さいですかー」


 ルイスの目は据わりきっていた。これは確実に前線に出るつもりだろう。ルイスの目的が『王家の秘宝』奪還から、『レスター商会壊滅及びゴドウィン抹殺』に変わってきている気がしないでもない。


「とりあえず、指輪奪還のシナリオが必要だな」


 四人はルイスから一斉摘発をするための作戦を説明された。怒り狂っている割には、ルイスの作戦は緻密でよく考えられていた。


「……たいちょー、やっぱ頭いいなぁ。今回はめっちゃ楽しそう♪」

「………エグいです」

「ルイス様はブチ切れたら怖いからねー」

「私の仕事がないですぅ………」


 話を聞いた四人はそれぞれの感想を口にする。出番のないエマだけは口を尖らせむくれていた。


「俺のセシリアを下卑た目で見やがって……生き地獄を味わわせてやる」



◆◆◆◆◆



 ルイスがブチ切れていた頃、セシリアは孤児院年少組二人に連れられて、談話室へと連れてこられていた。


 セシリアの柔らかな雰囲気が居心地が良いのか、年少の二人はセシリアのそばから離れようとしない。


「ねーねー、セシリア様はお泊まりしていかないのー?」

「エマもいるよー? ハンナのご飯もすっごく美味しいんだよ」

「ごめんなさい。きっとすぐ王都に戻らないといけないから、帰って準備をしないといけないの」

「「 えーー 」」


 二人が不満そうに口を尖らせる。もう一度謝りながら二人の頭を撫でれば、すぐに嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。


「セシリアさん、すげぇな。うちのチビ共があっという間に懐いてやがる」

「さすがはあのルイス様の奥方ね。猛獣を手懐け慣れてるわ」

「リンダ、さりげなくルイス様も猛獣扱いしてるっしょ?」

「あら、どう見ても猛獣でしょう」


 セシリア達を見て、そんな感想を漏らしたのはアデルとリンダであった。王城で働く二人は、少なからずセシリアの噂を耳にしていた。


 イザークとブリジットは、暗殺者として育てられる予定でとある組織の元に捕らわれていた。劣悪な環境の中、身を寄せ合って必死に生きていたため、とても仲間意識が強い。


 当時は敵意むき出しの手負いの子猫のようだったが、孤児院にすっかり慣れた今では、猛獣と言われるほど悪戯っ子に育っていた。やたら好奇心旺盛で、超がつくほど行動的なのが、年長者達の現在の悩みだ。


「じゃあさ、オレらが泊まりに行けばいいんじゃね?」

「そっか! 頭いいー!」


 猛獣と称された年少組二人は、何やら作戦会議を始める。


「おーい、お前ら。本邸に忍び込むのは絶対にダメだからな」

「「 なんでー? 」」


 二人で揃って首を傾げる様子は本当の兄妹のようだ。アデルとリンダが呆れ顔をする中、セシリアはクスクスと笑ってしまった。


「本邸の警備は凄いのよ。ちゃんと招待された人以外は入れないようになっているの」

「「 そっかー 」」


 リンダの説明に二人が納得する。しかし、これで安心できないのが猛獣二匹である。


「こいつらなら本当に侵入しかねないからなぁ。あとでアシュ兄ちゃんに言っておかないと」

「そうね。アシュ兄なら何とかしてくれるわ」

「ふふ、アシュトンさんはとても頼られているのですね。二人もアシュトンさんが好きなの?」

「「 うん、好きー! 」」


 息ぴったりで返してくる二人に、苦い顔をしていたアデル達も笑顔になる。


「アシュ兄ちゃんはねー、とっても強いんだよ! 本気出しても全然勝てないんだ!」

「そうなの! 寝てるときに棒を振り下ろしても、避けられちゃうんだよ!」

「二人で後ろからやった時もダメだったよな」

「あれはイケると思ったのにねー」


 はつらつとした会話には似つかわしくない物騒なカミングアウトが羅列する。


「ア、アシュ兄ちゃん……なんて不憫な」

「そういえば今朝眠そうにしてたわね……」


 子供達はなぜか得意気な顔をしている。どう見ても襲撃犯はこの二人に違いない。


「えぇと……まぁ、子供の悪戯ですし」

「セシリア様、目が泳いでますよ」

「俺でさえそこまでしたことないわー」


 小さな猛獣の所業に言葉を失っていると、ブリジットがセシリアの腕をくいくいと引っ張った。猛獣の名に似合わぬ、ぱっちりとした大きな瞳がセシリアを見上げる。


「セシリア様はルイス様とケッコンするのー?」

「えっ?」

「ルイス様はセシリア様にゾッコンだって聞いたよー」

「ええっ!」


 誰からそんな事を聞いたのか。ブリジットの無邪気で無垢な視線が痛い。


 とりあえずセシリアは、気恥ずかしく思いながらも無難に答える事にした。


「えぇと……結婚はします」

「嫌なのー?」


 無邪気さがとにかくツライ。アデル達へ助けを求めてみるもニヤニヤと楽しそうに笑っているだけで、助けは期待できそうにない。


「いえ……あの……ルイス様のことは……す、好き……です……」

「おぉー!」


 セシリアの答えに、ブリジットは何故か感心するような声を上げた。だが、猛獣と呼ばれる二人には遠慮という言葉はない。さらなる追撃がセシリアを襲う。


「違うよ、ブリジット。結婚するなら『好き』じゃなくて『愛してる』って言うんだよ」

「そうなの? じゃ、セシリア様はルイス様のことを愛してないの?」


 イザークとブリジットの無垢な瞳がセシリアを見上げる。もう答えは一つしか許されていない。


「………あ、あ、愛して、ます」

「「 おぉー!! 」」


 イザークとブリジットは、セシリアの答えに手を叩いて喜んだ。


 ルイスの事は嘘偽りなく愛しているが、あえて聞かれるととても恥ずかしい。


「あんなキレイで清純な人がルイス様のお嫁さんなんて……」

「ルイス様の溺愛が凄いとは聞いていたけど……ちゃんとラブラブなのね」

「まぁ、ルイス様の愛情の方が多いだろうけどねー」

「同感だわ」


 アデルとリンダがひそひそ話す声は、セシリアまで届かないのであった。

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