第15話 赤髪の情報屋

 『情報屋』――それがオレの生業なりわいだ。トレードマークは、燃えるような赤い髪。これは、北方民族の特徴でもある。


 北方民族は小さな部族ごとに集落をなして暮らしていた。サイラスが生まれ育ったのは、山間にある小さな村だ。住んでいるのは三十人にも満たず、一番近い街までは、険しい山を越えていかなければならない。


 商人も滅多に訪れず、自給自足の閉ざされた世界。それでもサイラスは、両親や友に囲まれて満ち足りた生活をおくっていた。


 そんな平凡で平和な日々が崩れ去ったのは、いつもより雪の深いある冬のことだった。


 それは、一人の村人が原因不明の高熱を出したことから始まった。風邪かと思われたが、不思議なことに薬が効かない。そうこうしているうちに、その者は息を引き取った。


 間もなくすると、同じように咳や高熱を出す者がぽつぽつと現れた。呼吸がおかしくなる者、血の混じったたんが出る者……症状も多岐にわたる。そして、その者達も数日から数週間の闘病の末に息を引き取った。


 ここまで相次いで死者が出ると、何かの病ではないのかという話が出始める。明確な治療法を見つけられないまま、倒れる人はじわじわと増えていく。誰もが未知の状況に強い恐怖を感じていた。


 ついにはサイラスの両親も高熱に倒れてしまった。父の身体には黒い痣ができ、母は胸の痛みで起き上がれなくなった。


「父さん、母さん、待ってて! 街に行って、薬買ってくる!」


 サイラスは僅かなお金を握りしめて山を下りる決断をした。


 誰も通らない山道は、獣の足跡すらない。サイラスは、雪に足をとられ転ぼうとも、寒さで手足の感覚がなくなろうとも、新設を踏みしめてひたすら街を目指した。


 そうして街に着いたのは、村を出て一日ほどが経ってからだ。サイラスは空腹も顧みず急いで薬屋へと駆け込んだ。


「父さんと母さんが……村のみんなの具合が悪いんだ。このお金で買えるだけの薬を売ってくれ」


 慌てた様子のサイラスを見て、薬屋が一つ一つ症状を尋ねてくる。サイラスは両親──そして村人の症状を詳しく話した。


 しかし、話を聞いた薬師は青ざめた顔色に変わっていく。


「ウチにはその病に効く薬なんてない! さっさと出ていきなっ!」

「でもっ! みんな苦しんでるだ! 薬を――」

「よそで買っとくれ!」


 結局サイラスは追い出されるように店を出た。この街の薬屋はここしかない。ここに薬がないとなると別の街に行くしかない。


 この時のサイラスは、薬を手に入れることで頭がいっぱいだった。薬屋の店主が症状を聞いて顔色を変えたことには気付かなかった。


 サイラスは休む間もなく、さらに半日をかけて隣の街へと向かった。


 そこの薬屋では「気休めにしかならないが」と言いつつも、薬を買うことが出来た。


――これで父さんも母さんも……村のみんなが良くなる!


 はやる気持ちを抑えて足場の悪い雪道を進む。来るときに踏みしめた雪は、新たに降った雪で埋もれていた。


 そんな時、サイラスは木立の奥に気になるものを見つけた。この山では見ることのない、たくさんの足跡。


 盗賊でも出たのだろうか。サイラスは警戒を強め、足跡から離れるように遠回りをすることにした。早く帰らなければいけないが、後をつけられて盗賊に村を襲撃されてはたまらないからだ。


 往路以上の時間をかけて村の近くまで戻ったサイラスは異変を感じた。焦げ付くようなものすごい臭い。山火事かと思ったが、近くに火の手は見当たらない。不思議に思いながら歩みを進める。


「…………何があった…………」


 ようやく辿り着いた生まれ故郷を前に、サイラスは呆然となった。


 真っ黒に焼け落ちた家、燃え尽きた畑、原型を留めない村。しんと静まりかえり人の気配はまるで感じない。


 サイラスは無意識に自分の家と思われる場所へと歩みを進めた。途中、黒焦げの──人のようなものが目に入る。嗅いだことのない異臭に鼻を押さえながらある場所で足を止めた。


「父さん……? 母さん…………?」


 サイラスの家も無惨に焼け焦げて崩れ落ちていた。残骸の中へ足を踏み入れると煤が舞い上がる。かじかむ手で何か見つけられないかと煤の中を無我夢中でかき分けた。


 しかし、真っ黒なそこからは何も見つけられなかった。


 誰かいないかと村をあちこち探したサイラスは、あるものを見つけた。帰ってくる途中にも見た、たくさんの足跡だ。まさか盗賊に襲われたのだろうか。


 状況が飲み込めなかったサイラスは、近くの木のうろで一夜を明かした。逃げのびた村人が現れないかと思ったからだ。きっと父も母も帰ってくるに違いない。飢えは雪を食べてしのいでいた。


 二日経ってサイラスは、ようやく腰を上げた。


 隣村には父の妹が住んでいたはずだ。もしかしたら父も母もそっちに逃げているのかも知れない。それなら早く薬を届けなくてはと雪道を駆け抜けた。


「サイラス! あぁ……良かった……あなたは無事だったのね!」


 何とか隣村に辿り着くいたサイラスを迎えたのは、顔をくしゃくしゃにして泣く叔母であった。


「叔母さん、父さんと母さんは? ここに来てる?」


 サイラスの問いかけに叔母は、ますます泣き出してしまった。代わりに話してくれたのは、悼ましそうにサイラスを見る叔父であった。


「サイラス……街の軍人が村を焼き払ったんだ」

「えっ…………?」

「俺らが行ったときには、村の……みんなは………」


 言葉を詰まらせ泣き出してしまった叔父を見て、サイラスの頭の中では色々なことが繋がった。


 たくさんの足跡は軍人のもの。煤で分かりにくかったが、真っ白な雪に散った赤黒い何かは血の跡。


「なんで……オレ………薬…………」


 ポロポロと溢れ出る涙で視界が滲む。薬の入った小さなポーチを握りしめると、叔父に強く抱きしめられた。


 声を枯らすほどに泣き崩れたサイラスは、極度の疲労と脱水症状からそのまま眠るように気を失った。


 それから一年、サイラスは叔母夫婦のもとで世話になった。その間に住んでいた村を訪れては、焼け焦げた人のようなものを埋葬し続けた。


 父と母らしき亡骸には会えていない。人らしきものは、生前の姿など少しも残していなかったのだ。


 埋葬が全て終わると叔母夫婦の元を旅立った。目立つ赤髪をバンダナで隠し、様々な場所を渡り歩いた。辿り着いた街で日銭を稼ぎ、金が貯まればまた旅へ出る。


 そんな生活が数年経った頃、サイラスはようやく求めていた真実を手に入れた。


 サイラスの故郷は、恐ろしい病に冒されていたというものだ。そして、街へ蔓延するのを恐れ、焼き討ちにあったという。村の人は病にかかっているかなど関係なく全員殺された。指示をしたのは街を管理する貴族。実行したのは街の軍人。


 『子供が助けを求めに来て、それで村が病に冒されていることを知ったらしい』


 この言葉を知った時、サイラスはどうしようもなく叫びたかった。その子供とは自分なのだ。自分がみんなを殺した。


 今さらどうしようもない事態にサイラスは北の地から逃げ出した。悲しくて、申し訳なくて、苦しくて………村のみんなの墓の前で謝ることすらも怖くて出来なかった。


 東、王都、西、南……少し滞在してはすぐに流れる。そんな生活をしていると、嫌でも情報に通じていった。 


 人より少し記憶力の良いサイラスは、たくさんの情報を頭に入れる事が出来る。数年前の情報でも引き出しを開けるように思い出すことが出来るのだ。それを活かして、見よう見まねで情報屋なんていうものを始めてみる。


 最初は苦労もしたが、思いのほか自分には向いていたようで、すぐに顧客がつくようになった。悲しみを忘れようと、人懐っこい性格を演じたのも幸いして、広い人脈を築くことも出来た。


 情報屋だけで生活できるようになっても、貴族や軍人が嫌いなのは変わらない。あいつらはオレ達の事なんて守っちゃくれない。


 情報を売るかどうかは全てオレ次第だ。





「~~~♪」

「あぁ? 随分ご機嫌だな、サイラス」


 鼻歌を歌いながらエールを傾けるサイラスに、ひょろい男が話しかける。


「当たり前じゃん。こんな運命的な出会いがあるなんて……あぁ! セシリアちゃんが嫁に欲しい!」


 うっとりと目を細めるサイラスに、男は心底呆れた顔をした。この男は表の酒場から、セシリア達をサイラスの元へ案内した人物だ。


「あの嬢ちゃん、涼しい顔してカウンティングしたっつーんだろ。俺も見たかったぜ」

「いやぁ、シビれる手腕だったよ。世間知らずのお嬢様だと油断した」


 セシリアは可愛らしい微笑みの裏で虎視眈々と勝ちを狙っていたのだ。おそらく、確実に勝てる確信がなければ『もう一度練習してもいいですか』など言っていたのかもしれない。


 思い出したサイラスは、笑みを深めた。


「可愛いのにしたたかなところが超たまんない!」

「酔ったフリした俺にも堂々とお前に会えるか聞いてきたもんな。大胆っつーか肝が据わってるっつーか……」

「そんなとこが超そそられる!」


 女好きと言われているサイラスだが、実際は少し違う。暗闇の中にある焼け焦げた村……木のうろで誰かを待ち続けた不安な日々。暗闇で一人になりたくないから、誰かにそばにいて欲しいのだ。


「けどよ、あの子と一緒にいたのはここの領主なんだろ?」

「そ、若き当主サマのルイス・フェーンベルグだね。セシリアちゃんはその婚約者。確かちょっと前に死にかけてるはずだよ」


 情報屋なだけあり、サイラスはセシリアが死にかけた事も当然のように把握していた。もちろんその犯人が誰なのかも知っている。あの時はいつものように貴族間のトラブルだと思っていた。まさかこんな形で出会うとは思いもしなかった。


「領主サマはセシリアちゃんにベタ惚れみたいだし。あー、もう何とかなんないかなぁ。セシリアちゃんが嫁に欲しいよ~」

「バカ言うな。領主を敵に回したっていいことなんざねーぞ」

「じゃ、愛人でもいいや~」

「アホか!」


 一蹴されてサイラスは口を尖らせた。夢くらい見たっていいではないか。


「それより居場所がバレたんだ。すぐに移動すんだろ?」

「えーでも、セシリアちゃんがまた来てくれるかもしんないじゃん」

「現実を見ろ! だいたいお前だって軍に力なんて貸したくねぇんだろ!」


 男の言う通り、最初サイラスはセシリアに情報なんてあげないつもりであった。それはセシリアの後ろにいた二人も感じていただろう。しかし、思いのほかセシリアが面白い子ですっかり気に入ってしまったのだ。


 きっとレスター商会は、あの嫉妬深い領主サマに叩き潰されるだろう。レスター商会がどうなるかも見てみたい。あわよくば、あの凛とした美しい花にもう一度会いたい。


「よーし、決めた! 次の拠点は王都にしよう!」


 そうしてサイラスは仕事にかこつけてセシリアを追うことに決めた。

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