第13話 指輪のありか

 波瀾の勝負のあと、セシリア達は個室に移動していた。部屋にはイスとテーブルしかない小さな部屋だ。


 サイラスは小さなテーブルに頬杖をつくと、勿体ぶった口調で口を開いた。


「さて、セシリアちゃんが言ってたのは『王家の秘宝』のことでしょ?」


 「王家の秘宝」と口にしたサイラスに、ルイスは「やはり」と内心で呟いた。こうしてわざわざ個室に移動したのも、人がいる場所を避けたからかもしれない。


「ええ。どこかで競売にかけられると耳にしたのですが、何かご存じありませんか?」

「そりゃ、情報屋だもん。もちろん知ってるよ。なになに、セシリアちゃんはアレが欲しいんだ?」


 サイラスは、あの勝負の後からずっと上機嫌だ。どうやらセシリアのことが相当気に入ったらしい。


 ルイスは、そんなサイラスに苛立ちを隠せず口を挟んだ。何でも答えるというのなら、さっさと必要なことだけ吐かせればいい。そうすればセシリアを連れてすぐにここを出ていける。


「あれは王家の物だ。取り戻す必要がある。指輪は今どこにある?」

「……………」


 ルイスが問いかけるとサイラスは途端にだんまりを決め込む。まるで聞こえていないかのように無視をする。話をする権利はセシリアしか認めないという意思表示の表れだろう。


 睨み合う二人を見かねたのか、セシリアがルイスの問いを繰り返す。


「えぇと……指輪は今どこにあるか分かりますか?」

「競売は王都でやるんだ。きっと今は輸送中だねー。おそらくだけどここを通ると思うよ。他領よりもここは安全性が高いからね」


 サイラスは笑顔で即答した。やはりセシリア以外と会話をする気はないらしい。


 ルイスはそれにイラッとする。ロイドなど上官が怖くてもはや空気と化していた。


「まぁ、競売は王都でやるのですか?」

「灯台もと暗しってやつだね。開催されるのは十日後。とある商店の地下にある競売場で行われる。まぁ、あそこは警備が厳しいだろうねー」


 なんでも答えると言っただけあり、サイラスの口は滑らかだ。


「それでは、なにか良い方法はありますか?」

「あはっ、それオレに聞くんだ。やっぱセシリアちゃん肝が据わってるなぁ。オレんとこに嫁に来なーい?」


 セシリアは俺の嫁だっ、ルイスは心の中で力いっぱい叫ぶ。


 このままセシリアをサイラスの目に触れさせたくない。しかし、普段我が儘など言わないセシリアが「公爵夫人として」頑張りたいと言ってくれたのだ。それを応援したいという気持ちもある。


「サイラスさんでも良い方法は思いつきませんか?」

「あ、流された。まぁ、俺だったら狙うなら輸送中が無難かな。会場よりも警備は手薄だろうからね」

「どなたが指輪を運んでいるか分かるのですか?」

「うーん、そこまでは調べてないな。でも、

ある程度は予想出来るかな」


 小さく首を傾げたセシリアを見て、サイラスは説明を続けた。


「今回の競売は商会の会長が主催する、そこそこ大きいものなんだ。指輪以外にも多くの商品があると仮定すれば、輸送は荷馬車でも使うはず。中身を考えれば警備もそこそこでしょ。そんなものが目立つ時間に堂々と現れるはずがないって訳」

「なるほど、人が少ない時間に街を通過するということですね。そして街には泊まらず急いで王都に行く可能性が高い、と」

「あったりー♪」


 理解の早いセシリアに、サイラスはパチンと指を鳴らして笑みを深める。


「でも、それですと逆に目立ちませんか?」


 セシリアの指摘にサイラスは満足そうに口の端を上げた。理解が早い上に、鋭い所を突いてくるセシリアが面白くて仕方なかった。


「だろうね。それなら方法は一つ。商会ならではの運搬方法……なーんだ?」


 試すようなサイラスの言葉に、セシリアは真剣に考え込んだ。そして、その答えを口にする。


「…………店の仕入れに偽装して輸送する、とかでしょうか」


 ルイスもロイドもその答えには納得であった。商会であれば大きな荷物や護衛が付いての移動も珍しくはない。


「当たり~♪ きっと指輪はレスター商会専用の荷馬車で輸送されてるだろうねー」

「レスター商会? その商会の方は、指輪が『王家の秘宝』だと分かっていて、競売に出すのでしょうか?」


 この質問に、サイラスがますます愉快そうに笑う。ロイドなど『セシリアさん、ナイス!』などと内心でガッツポーズしていた。


「知ってるよ。あいつは最近になって指輪を手に入れたんだ。そこで王家に返しておけばいいのに……ま、もともと裏競売なんてしてるようなやつだからねー」

「その方の名前は分かりますか?」


 核心をつく問い──いくらセシリアを気に入ったからといって、何の見返りもなくそこまで口にするものか。ルイスもロイドもそこまでは無理だろうと思った。


「レスター商会の狸じじい・ゴドウィンだよ」


 言った、即答で答えやがった。


 驚きを通り越して呆れるルイス達とは違い、セシリアは不思議そうに首を傾げた。屋敷で過ごすことが多いセシリアでは、ピンとこないのだろう。


「レスター商会? ……狸?」

「王都にある大きな商会ですよ。狸は……まぁ、比喩表現です」


 セシリアが疑問符を浮かべているのを見て、ロイドがこそりと口を挟む。商売上手で口先が上手いがゆえに狸扱いされているのだが、その辺は曖昧に濁しておく。


「セシリアちゃんは知らなくても大丈夫。どうせ調べるのはそっちの軍人共だしね」

「そこは同意だな。ここからは俺達の仕事だ」


 サイラスとルイスも、セシリアにその意味を教えるつもりはない。


「他には何か聞きたいことある? セシリアちゃんともっとおしゃべりしたいな~」

「えぇと……」


 他に聞くことはあるだろうかとセシリアはルイスへ視線を送った。ルイスはそれに気付くと労うように微笑んだ。


 サイラスの情報が真実か否か半信半疑ではあるが、あとはルイス達の仕事だ。糸口が見つかっただけでも充分すぎる。これで指輪を奪取出来る道筋が見えてくるだろう。


「聞きたい情報はもう充分だ。そろそろ帰ろうか」


 柔らかな笑みを浮かべセシリアの肩に手を置いたルイスは、エスコートするようにもう片方の手を差し出した。情報が手に入ったなら一刻も早くここを出ていきたい。これ以上サイラスの目にセシリアを触れさせたくないのだ。


「はい。サイラスさん、有益な情報をありがとうございます。とても助かりました」


 律儀で真面目なセシリアは、サイラスに頭を下げてからルイスの手を取って立ち上がった。


「セシリアちゃんならいつでも大歓迎だよ。今度は二人っきりで会おうねー♪」


 最後までセシリアを口説こうとするサイラスにルイスは堪えきれず殺気を漏らしながらギロリと睨みつけた。あまりの剣幕にロイドなど怯えている。


 サイラスは、そんなルイスを一瞥すると冷ややかな言葉を投げつけた。


「やだやだ、心が狭い男って。仮にも領主サマが善良な市民を手にかけようとするなんて」

「俺の婚約者に手を出すなら誰であろうと斬……容赦しない」


 あ、今『斬る』って言おうとした。ロイドは口には出さずにツッコんだ。おそらくセシリアの手前、オブラートに包んだのだろう。


「領主サマが婚約者ちゃんにベタ惚れってのは本当だったんだねー。まぁセシリアちゃんが相手なら分かるなぁ」


 サイラスは変装していてもルイスの正体に気付いていたようだ。領主で軍人だと分かっていても臆する様子は微塵も感じられない。


「俺達はちゃんと想いが通じ合っている。セシリアが俺の妻になるのも確定事項だ」

「ル、ルイス様……っ!」

「セシリアちゃん、こんな独占欲の塊に愛想が尽きたら言ってね。いつでも助けに行くから」

「黙れ。セシリアに今後一切近付くな」


 ルイスは溜め込んでいた苛立ちを発散させるかのようにサイラスを睨みつける。セシリアをサイラスの目から隠すようにして威圧し続けた。二人の間には見えない火花が激しく散っていた。


 しばらく睨み合ったあと、サイラスは威圧感たっぷりのルイスをあっさり無視すると、少年のような無邪気な笑顔をセシリアに向けた。


「セシリアちゃーん。オレ、夜のテクニックについてもめっちゃ詳しいからいつでも聞きに来てねー♪」

「必要ないっ! セシリアには俺が教えるっ」


 ルイスは吐き捨てるように言うと、セシリアの腰をしっかり抱いて部屋を出ていった。ロイドも慌ててあとを追う。


 ちなみにセシリアは、二人の会話の意味が分からずキョトンとしていた。サイラスの言った『夜のテクニック』も何のことだか分からなかったようだ。


「セシリアちゃん、分かってないっぽいなぁ。そんな純情なとこも超かーわいい♪」


 部屋に一人残されたサイラスは、それすらも楽しそうに笑いながら三人を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る