第12話 セシリアの意外な才能
「簡単だよ。オレとセシリアちゃんでカードゲームをしよう。セシリアちゃんが勝ったら、知りたいことなーんでも教えてあげる」
人差し指を唇に当て、サイラスがパチリとウインクをする。予期せぬサイラスの提案にセシリアは目を丸くした。
「カードゲーム…ですか?」
「そう。分かりやすくていいでしょ」
「私が負けたらどのような対価を望むのですか?」
「情報は教えない。それだけだよ。別に命を取ったり怪我させたりなんてしないよー」
突然の提案にも冷静に対応するセシリアに、サイラスはカラカラと笑った。それとは対照的に、ルイスは内心で焦りを感じていた。
一見して破格の好条件にも見えるが、このサイラスという男は情報を教えるつもりがない。騙し合いなど出来なそうなセシリアになら勝てると踏んで、この勝負を持ちかけている。ここは自分が代理で出るべきだと思ったとき、サイラスの鋭い視線がルイスを射抜く。
「言っておくけどセシリアちゃん以外とは勝負する気はないよ。さっきも言ったでしょ。オレは軍人なんて大っ嫌いなんだ。嫌なら今すぐ帰るんだね」
「……っ」
「指輪の情報が欲しいのはそっちだろ」
嘲笑うかのようなサイラスに、ルイスはギリリと歯を食いしばる。サイラスの軍人嫌いは相当なものらしい。真に情報を欲しているのがルイス達だということも察しているようだ。
セシリアもそれを察したのか、テーブルの下で拳を握りしめた。
「分かりました。ただ、私はカードゲームをした事がないのですが……」
「そうなの? そんじゃ、ちょっと練習してみよっか。オレが手取り足取り教えてあげる~♪」
ころりと態度を一変させたサイラスは、どこからともなくカードを取り出した。それを慣れた手つきでテーブルへ広げていく。
「使うのはジョーカーを除いたこのカード。配られたカードの合計点数を21点にするゲームだよ」
「21点を超えたらどうなるのですか?」
「その時はオーバーで負け。いかにオーバーさせず21点に近づけるかっていう勝負だよ」
そう言ってサイラスが広げたカードからいくつかのカードを抜き出していく。
「点数は2から10が数字通りの点数。J・Q・Kは、どれも10点。Aだけは11点か1点で好きな方を選んでいい」
サイラスは説明を続けながら、三つの手札を作ってみせた。
一つ、A・K
一つ、J・2・9
一つ、Q・5・3・3
「どれも21になるでしょ。この三つなら一番強いのは、AとK。手札が少ない方が強い。ここまで分かる?」
「はい」
セシリアは根が真面目ということもあり、真剣に説明を聞いていた。存外、サイラスの説明は分かりやすい。今のところ、そう難しそうではない。
「手札は二枚からのスタート。あとは一枚づつ交互に追加していく。ハンデとして俺が『ディーラー』をやるよ」
「ディーラーですか?」
「そ、ディーラーは合計点数が17点以上になるまでカードを引かなければいけないんだ。オーバーする可能性が高くなるってわけ。セシリアちゃんは、オレが17点以上になって『あがり』を宣言するまでに、21に近付けるようカードを引くだけ」
次いで、サイラスは二枚のカードを取った。一枚を手に、もう一枚は表にしてテーブルへ置いた。
「ディーラーの条件として、最初の手札のうち一枚を開示する。セシリアちゃんはそこからオレの手札を予想すればいいんってわけ。あ、見せるのは最初だけで、次から引いたのは見せないよ」
「私は手札を見せなくていいのですか?」
「そ、オレがディーラー役だからね」
この説明を聞いていたルイスは、思ったよりまともな勝負に意表を突かれていた。サイラスが説明したゲームは、夜会などの男性が好んでするカードゲームの定番だ。二人であればイカサマもしにくく、運がものをいう。
「じゃ、試しに何回かやってみよっかー」
それからセシリアは三回ほど練習をした。一回目は、手札を引きすぎてオーバー。二回目は、サイラスが二回手札を増やしたところで『あがり』となり、19-16で負け。三回目は、二人とも少ない点数だったらしく五回引いた所でセシリアがオーバーした。
やはり初心者のセシリアでは心もとない。果敢に勝負を挑むあまり、オーバーを連発してしまっている。セシリアには悪いが、ルイスもロイドも勝負に負けたあとのことを考え始めていた。
「なんとなく分かりました。これは運も必要なのですね」
「これなら公平公正でしょ。自信がないようなら、別な方法もあるよ~」
「あら、どんな方法ですか?」
「セシリアちゃんがオレと一晩あつーい夜を過ごしてくれるなら情報あげちゃう♪」
ひゅっ、とロイドが息を飲んだ。これは絶対にルイスがキレる。そしてサイラスはミンチにされる。
ロイドの予想通り、ルイスの堪忍袋の緒はぷっつりと切れていた。自分だってまだセシリアと夜を共にしていない。手を出したくて仕方のないところを我慢しているというのに。それを、いけしゃあしゃあと……。
こいつ今すぐミンチにしよう――ルイスが本気で殺意をにじませた時、セシリアがルイスへと振り返ってふわりと微笑んだ。婚約者の愛らしい笑顔に思わず肩の力が抜ける。
セシリアは何も話さずそのまますぐにサイラスへと向き直った。
「そちらはお断り致します。私にはお慕いしております婚約者がおりますので」
その言葉にルイスはセシリアに宥められたのだと気付く。サイラスへの殺意は残るが、セシリアの努力を水の泡とはしたくはない。渋々ながらもこの場は見守ることに決めた。
サイラスも二人の関係に気付いたのか意味深な視線を送っていた。
「ふぅん……ざーんねん。じゃ、正々堂々コレで勝負といこうか」
「ええ。あっ、先程練習したものはこのままにして頂いてもいいですか? まだルールが完全ではないので見本として置いてあると助かります」
「別にいいよー。じゃ、先攻はセシリアちゃんね」
「はい、お手柔らかにお願い致します」
そうして、情報を賭けたカードゲームが静かに幕を開けた。いつの間にかセシリアが座るテーブルの周りには、数人の男が観戦に集まってきていた。
サイラスの指示で残っているカードを切るのも配るのもセシリアが行う。サイラスがやらない事でタネも仕掛けもないのを強調したいのだろう。セシリアは不慣れでたどたどしい手つきでカードを切ったあと、手札を配っていった。
セシリアの手札は7・3。最低一回は引かないといけないが、この回でオーバーすることはない。
対して、サイラスの開示カードは6。もう一枚は不明だが、一番枚数の多い10だと仮定すれば、合計16ということになる。ディーラーとして17は越えなければいけないので、一回は引かなければいけない。オーバーしてくれればありがたいが、そう簡単にはいかないだろう。何か仕掛けている可能性だってあるのだ。
ルイスが思案していると、迷いのないセシリアの声が聞こえた。
「では、私は一枚追加します」
白く細い指がテーブルの真ん中に置かれた山札から一枚を取る。練習をした時のカードは横によけてあるので、山札は半分くらいしかない。
引いたカードへ僅かに視線を向けたセシリアは、持っていた手札ごと伏せてしまった。ルイスとロイドは引いたカードがなんだったのか見ることができない。。
セシリアの奇怪な行動に、サイラスや観戦していた男達も訝しげな表情になる。そんな雰囲気をものともせず、セシリアは凛と背を伸ばして美しい笑みを浮かべた。
「あがりです」
「……………………は?」
間の抜けた声を出したのはセシリアと対峙するサイラスだ。それもそのはず、ゲームを開始してまだ数秒しか経っていない。このゲームは一度であがれる事はまずない。ゼロではないがそれこそ相当な運がなければまずあり得ない。
ざわつく場を気にも留めず、セシリアは柔らかな笑顔を浮かべたまま、伏せていた三枚の手札をオープンにした。
――7・3・A
見事に21になっている。
「サイラスさんは、きっと16点以下でしょう?」
場違いなほど穏やかな笑みを浮かべるセシリアに、サイラスは自分の手札を広げてみせる。それは、9。開示していたカードの6と合わせても15点だ。セシリアの言う通りの数である。
「あら、やっぱり。ふふ、私の勝ちですね」
しんとした空間に、セシリアの鈴のような笑い声だけが響く。
先程の練習でオーバーを連発したのが嘘のような鮮やかで華麗な勝利。しかも、サイラスの手札を正確に予測している。
「………何でオレのカードが分かったの?」
まだ驚きが隠せないサイラスの問いに、セシリアはニッコリと笑いかけた。
「ただ予測しただけです」
何でもないことのように答えたセシリアに、サイラスの後ろでゲームを見ていた男達が訝しげにつぶやく。
「イカサマじゃねぇのか……」
「だ、だよなぁ……」
その目は明らかにセシリアを疑っている。嫌な空気が漂う中、ルイスとロイドは警戒心を強めた。向こうは最初からこちらを勝たせるつもりなどなかった。ここで何かしら言いがかりをつけてくる可能性は非常に高い。
「待って待って。予想したって……どういうこと?」
「そのままの意味です。一番引く可能性が高いのは16枚ある10点。ですが、先程の練習で10点はたくさん出ましたでしょう。同じように5以下のカードもたくさん出ました。こちらの山札にはほとんどない状態です。
逆にAは4枚しかありませんが、一枚も出ていません。練習の際に出た数字から考慮しても、次に出る可能性が一番高いのはAだと予測したのです」
セシリアの理路整然とした説明に、言いがかりをつけた男は口をつぐんだ。理屈は分からなくもないが、確率の計算など訳が分からないのだろう。
「サイラスさんの開示したカードは6でした。あがりを宣言しなかったのでAである可能性はない。それならば、おそらく手持ちは8か9のどちらかの可能性が高いと推測しました。この二つも山札に多く残っている数でしたので」
当たり前のように説明するセシリアにざわめきが起こる。先程の練習からも分かるように、セシリアは初心者なのだ。
「………そうか、カウンティングか! …ははっ……あはははっ! まんまとやられたよ!」
突然笑い出したサイラスに、セシリア以外の全員が息をのんだ。初心者のセシリアがカウンティングをするとは誰も予想だにしていなかったのだ。
カウンティングとは、使われたカードを全て記憶し、残りのカードを予測しながら戦うことだ。よほど記憶力に優れた者でないと完璧にはこなせない。
セシリアが練習した分を残したいと言ったのもこのためだろう。そうなると、練習の際にオーバーを二回したのもわざとかもしれない。カードを多く開示することで確率計算をしていたのだ。
「あら、もしかしていけませんでしたか?」
「いや、全然! ワンセットで勝負したのも、練習のカードをそのままにしたのも俺のミスだし」
「それは違います。これは運がものをいうカードゲームでしょう? 私はとびきり強運だっただけです」
頬に手を当てて少女のように微笑むセシリアに、サイラスはついに腹を抱え出した。
「あはっ………ははははっ! いいっ……セシリアちゃん、すっごく気に入ったよ! 本気で欲しくなるなぁ………あははっ」
サイラスはひとしきり笑ったあと、ニッと口角を上げて楽しげな笑みを浮かべた。
「いいよ、セシリアちゃんの勝ちだ。知りたい情報なーんでも答えてあげる」
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