第11話 敵地潜入です!

 揉めに揉めた結果、賭博場にはルイス・セシリア・ロイドの三人で行くことになった。本当はディルク・ロイド・セシリアで行くつもりだったのだが、セシリアの協力に否定的なにルイスがそれを許すはずもない。


「あーぁ、サイラスは貴族と軍関係者が大嫌いなんだけどなぁ」

「ルイス様はどっちも当てはまるからなー。変装したって庶民には見えないし」

「あんなんでもセシリア様の安全のためにいてもらわないと困りますぅ~」


 賭博場の近くに気配を消して控えるのは、隠密行動が得意なディルク・アシュトン・エマだ。ディルクとアシュトンはルイスがブチ切れないか、エマはセシリアが危険に晒されないかが心配だったのだ。


 今回は賭博場を取り締まるわけではない。領主とバレるといろいろ面倒くさいため、ルイスは茶髪のカツラにメガネを付けて、服装もより領民らしく着替えていた。こんな変装用具が普通に孤児院にあるあたり、あそこは普通ではない。


「ロイド、なにかあればディルク達がついてきているからすぐに呼びに行け」

「えっ、ディルクさん達いるんですかっ?」

「気配で分かるだろう。本人達は隠れてるつもりのようだがな。まぁ、緊急時は出てくるだろう」

「わ、分かりました。セシリアさんの安全が最優先ですね」


 ひたすらセシリアの心配をするルイスと違い、セシリア本人は特に危機感を抱いていなかった。潜入捜査など初めてだが、頼れるルイスが隣にいてくれるからだ。


「こちらから何もしなければ大丈夫なのでしょう。ルイス様も剣を抜いてはダメですよ?」


 「ね?」と上目遣いで見つめてくるセシリアは、愛らしくもどこか力強い。押し黙ったルイスを見て、ロイドは『案外尻に敷かれてるなぁ』などと思ってしまった。


 そうして三人は賭博場のある建物へと足を踏み入れた。


「らっしゃーい!!」


 店内へ入ると威勢のよい声が三人を迎える。賭博場という名前とは裏腹に、中は酒場になっていた。


 まだ昼過ぎだと言うのに、むわりとしたアルコールの匂いが室内を満たす。ガヤガヤした賑わいの中からは、酒に酔った男達の大きな声も折聞こえてきた。


 店内はカウンター席が数個、あとは丸テーブルがいくつか設けられている程度で広くはない。よくある酒場と変わりはないが、カードゲームに興じている人達がいた。


 領民も気軽に足を運ぶくらいだから犯罪を匂わせる感じはしない。賭けといってもエール一杯を賭けたりする程度のようだ。今のところ違法性は全く見当たらない。


 ルイスに先導されて空いている席へと移動する。今のところ赤髪の人物は見当たらない。


「何にしやすー?」

「エールを二つ。彼女にはアルコールではないものを」

「あいよー」


 愛想の良い店員は人混みをぬってカウンター内へと消えていった。そして、数分と待たずに飲み物を持って戻ってきた。


「隊ちょ……ルイさんもエールとか飲むんですね」

 

 隊長と言いかけたロイドが慌てて言い直す。今回もルイスは偽名に『ルイ』を使っていた。安直ではあるが、分かりやすいからとのことだ。


「俺を何だと思ってるんだ。エールくらい普通に飲む」


 そう言ってルイスは見るからに安物のエールをためらいなく口にした。


 ロイドが言いたかったのは、『公爵の身分でも庶民の飲み物を飲むんですね』という意味であった。ルイスとて十五歳から士官学校に入ったので、社交界以外の知り合いは多い。同僚や上司と王都の酒場に繰り出すこともあるのだ。


 三人は他愛ない会話をしながらしばらく店内の様子を窺う。今だに『情報屋』らしい姿は見当たらない。


「お店の方に聞いてみましょうか?」

「警戒されるのもマズイんですよ。誰が『情報屋』に関わりがあるかまだ分かりませんし」

「そうだな。今日が無理ならまた明日来るしかない」


 そういうものかとセシリアは納得した。てっきり、人探しなのだから聞き込みをするのかと思っていた。


 そんな時、ふらふらとした足取りでこちらへ近付いてきた者がいた。


「よーぅ、お嬢ちゃん。男二人と来てんのに酒飲まねぇのか~」


 ひょろっとした痩せ型の男で、酒に酔っているのか若干ろれつが回っていない。ルイス達が秘かに警戒をする中、セシリアは男の顔を見てニコリと笑顔を向けた。


「残念ながら私はお酒があまり飲めないのです。でもこのブドウジュースも美味しいですよ」

「あぁん? 飲めもしねぇのにこんなとこ来たのかよ~」


 会話をしながらセシリアは男の顔をまじまじと確認した。この男には見覚えがある。こうして話しかけてきたのだから、もしかすると……。


 セシリアは頬に手をあてて、困ったように首を横に傾げてみせた。きっとこれは役に立てるチャンスかもしれない。


「ええ、お会いしたい方がいまして。まだ見当たらないのですが…」

「へぇ……?」

「赤い髪の男性なのですが、?」


 セシリアの言葉に男は怪訝そうに目を細める。その目は明らかにこちらを探っている。


 しばらくセシリアを観察した男は、ニヤリと口角を上げて笑うと、慇懃無礼にあごで店の奥を示した。その姿は、先程の酔っぱらいぶりは感じさせない。おそらく酔っぱらいのフリをしていたのだろう。


「いいぜ、会わせてやるよ。ついてきな」

「まぁ、ありがとうございます」


 唖然としたルイスとロイドに、セシリアが「やりました!」と言わんばかりに笑いかけてくる。


 端から見れば博打のような行動だったが、セシリアはこの男が街でサイラスと一緒にいたのを覚えていたのだ。こうして話しかけてきたということは、交渉の余地があるのではと考えたのだ。


 セシリア達は男に連れられて店の奥へと進んだ。先程の酒場の賑わいが遠のくほど奥へ来たとき、開けた場所へと出た。


 倉庫を部屋として使っているのか、窓は一つしかなく薄暗い空間だ。テーブルが四つほど置かれ、ほのかな灯りの中、賭け事に興じる男が数名いた。


 どうやらここは賭けをメインに行う場所のようだ。酒場とは違い、お世辞にも雰囲気が良いとは言えない。


 そんな中、この場に似つかわしくない明るい声が響いた。


「あっー! 街にいたかわい子ちゃんだ!」


 こちらへ近付いて来たのは、陽気な雰囲気の青年であった。年の頃はルイスよりも年上のようだが、人懐こい笑顔は少年のようにも見える。


 軽薄そうな見た目にたがわない服装。長い髪は後ろで一つにまとめている。その髪色は、まさに燃えるような赤色だ。


 セシリア達を案内してきた男は、その男──サイラスと思しき男に何かを耳打ちすると表の酒場へと戻っていってしまった。 


「なににに~、オレに会いに来てくれたんだって?」

「ええ、街で手を振って頂いたので会いに来てしまいました」

「わー、嬉しい! 超運命感じるー!」


 この二人の会話にイラッとしたのはルイスだ。人の妻(まだ結婚していない)に勝手に運命を感じるなと言ってやりたい。


 ロイドも隣のルイスが苛立っているのは、ひしひしと感じていた。目の前では赤髪の男がセシリアと親しげに話しているのだ。口説いているようにも聞こえるから、正直ルイスがブチ切れないかハラハラしてしまう。


 二人がけのテーブルへと席を移した一行は、セシリアとサイラスだけが席についた。ルイスとロイドはセシリアの左右に控えている。


 表面上は和やかだが、実はセシリア達の周囲にはこちらを窺うような男が数人いた。おそらく赤髪の男の仲間だろう。ルイスもロイドもいつでも動けるように警戒する。


「セシリアちゃんって言うだ~。かーわいい~。オレの事はサイラスって呼んでー」

「サイラスさんですね。私の事を覚えていて下さり光栄です」

「いやぁ、こんなかわい子ちゃんだったら一生忘れないよー」

「まぁ、お上手ですね」

「本心だってば。男連れなのが残念。どうせなら二人っきりで会いたかったなぁ~」


 やはり予想通り、赤髪の男はサイラスと名乗った。この男が『情報屋』で間違いなさそうだ。女好きという特徴とも、ものすごく一致している。


「こんな美人が会いに来てくれるなんて……手を振っておいて良かったー」

「ふふ、ウインクまでされましたね」

「うわー、あの人混みの中で気付いてくれたんだ。いやぁ、誘ってみるもんだねー」

「ええ、思わずここまで来てしまいました」


 二人はルイスとロイドを差し置いて、どこか甘さを感じさせる会話を続けていた。セシリアも情報を得るために相手を不快にさせないよう気を配って会話しているのだ。


 そんな中、ニコニコと楽しげな笑みを浮かべていたサイラスが突然雰囲気を変えた。笑顔はそのままだが、瞳に鋭さが増したのだ。


「で、セシリアちゃんはオレに何の用? そっちの二人は軍人だよね? オレ、軍人大っ嫌いなんだよね」


 サイラスの言葉で周囲の男達もこちらに殺気を向けてきた。その空気に危険を察知してルイスが口を挟もうとした時、場にそぐわぬ可愛らしい声が先に響く。


「先程も申し上げましたでしょう? サイラスさんに会いに来たのです」

「……ふぅん、何か知りたい事でもあるの?」


 セシリアの答えに毒気を抜かれたのか、サイラスの雰囲気が元の軽いものへと戻る。それと共に周囲の警戒も一気にとけていった。


 今や会話の主導はサイラスとセシリアだ。ルイス達が口を挟むことは許されていない。それは、時折感じるサイラスの敵意からも明らかであった。


「欲しいものがあるのです。とても貴重なもので、とても大切なものです」

「…………オレがそれを知っているとでも?」

「ええ。サイラスさんはとてもなのでしょう」


 ニコリと微笑んだセシリアにサイラスは愉快そうに笑った。


「いいね、セシリアちゃん。気に入ったよ。それで、何の情報が知りたいの?」

「大昔に失われた貴重な指輪が欲しいのです」


 セシリアの言葉にサイラスはますます笑みを深めた。セシリアは『王家の秘宝』とは口にしなかったが、十分通じたようだ。


 ルイスとロイドも固唾を呑んでサイラスの答えを待つ。


 サイラスは満面の笑顔で一つの提案を持ちかけた。それはセシリア達の予想の斜め上を行くものであった。


「じゃあ、情報を賭けてオレとセシリアちゃんでゲームしない?」

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