第10話 任務へ参加決定

「で、何でお前達がここにいる?」


 セシリア達は、孤児院にある応接室に場所を移していた。二人掛けのソファにはルイスとセシリアが、そのうしろにはアシュトンとエマが控えている。その向かいに、ディルクとロイドが座っていた。


 他の子供達は解散し、それぞれの時間を過ごしている。庭からはイザークとブリジットの楽しげな笑い声が聞こえていた。


「やーだなぁ、たいちょーってば。どう見ても任務に決まってんじゃないですかー」

「俺は何も聞いてないんだが?」


 相変わらず慇懃無礼なディルクにルイスが睨みを効かす。謎の緊迫感が漂う上官二人のやりとりに、新人隊員のロイドは気まずげに俯くしかない。


「隊長が知らないのは当然じゃん。だって言ってないもん♪」

「ほぉ……いい度胸だな」


 ぴりりと肌を刺す殺気がロイドを襲う。一触即発の雰囲気に耐えきれなくなったロイドは、慌てて口を挟んだ。


「あ、あの! 今回の任務は隊長がお休みになってから発生したものです。今は真偽の確認をしている段階です」


 簡潔で分かりやすい説明だ。副隊長より新人の方がしっかりしているとは問題あり過ぎではないだろうか。


「分かった。緊急性はあるのか?」

「あっ…えっと…」

「『王家の秘宝』らしきものが発見されたらしいでーす。それが本当ならそこそこ緊急ですかね」


 部外者の前だからと口をつぐんだロイドだったが、隣に座る副隊長があっさりと機密事項を口にする。上官の自由過ぎる行動にロイドは絶句するしかない。


「『王家の秘宝』って、王冠・ティアラ・揃いの指輪だっけか?」

「さっすが、アシュ! それそれ~!」


 『王家の秘宝』とは建国当初から王族に伝わる国宝だ。今ではもう採れない珍しい宝石を使った意匠で、戴冠式の際に使われる非常に重要な代物だ。普段は宝物庫で厳重に保管されている。


「確か……大分昔に指輪の一つが盗まれてるんだっけ? それが今になって発見されたのか?」

「あったりー♪ まぁ、まだ検証が必要な段階だけどね~」

「あ、あの……一応機密事項なんですけど……」


 ロイドは自由な上官と異様に物知りな青年に困惑の目を向けた。


 『王家の秘宝』の指輪が盗まれたのは、軍上層部でも限られた者にしか知らされていない。当時、方々手を尽くして捜索したが、結局見つからなかったのだ。


 業務内容が機密事項案件ばかりの第二部隊であれば、その事実を知る者が多い。ロイドは新人ゆえに、数日前ディルクから供を命じられて初めて知ることとなった。一般人であれば、今ある指輪がレプリカで本物が盗まれた事は知らないはずなのだ。


「ロイド、こいつはうちの諜報活動担当だ。貴族の不倫話から下町の犯罪情報まで知り尽くしている。このくらいは知っていて当然だ」


 ロイドの言いたいことを察知したルイスがアシュトンの素性を明かす。ロイドは納得よりも口をあんぐりと開けて驚いていた。


「それで? お前達がここにいるということは、まさかうちの領内に指輪があるのか?」

「そこまではまだ判明してないんですよね~。まず追っているのは『情報屋』でーす」

「その理由は?」

「どうやら指輪が裏競売にかけられるらしいです。王都の『情報屋』でもそこまでしか知らなかったんですよ。なので、有名な『情報屋』なら開催時期とか詳細を知ってるかと思って追ってましたー」


 それを聞いたルイスは頭痛を覚えた。


 ディルクの言う『情報屋』が領内にいるということは、指輪も領内にある可能性がゼロではない。盗まれたのは何百年も前の事とはいえ、自領から発見されるのは外聞がよろしくない。


「『情報屋』って、あのサイラスか? それだったら居場所を見つけるのはかなり難しいだろ?」

「アシュトンさん……何でそこまで……」

「いやぁ、さすがアシュだわー。そうなんだよね、サイラスは軍とか貴族が特に嫌いらしくてさ。居場所が見つかったとしても交渉自体かなり難しそうなんだよね」


 スーパー庭師アシュトンをもってしても発見が難しいと言われた情報屋・サイラスとは、この界隈では広く名前の知られた人物だ。ディルクの話した、軍や貴族を嫌っているというのもそこそこ有名な話だ。


 裏社会の日々変わりゆく膨大な情報を、恐ろしいくらい正確に把握し、それらを売りにしているらしい。一説には、どこぞの犯罪組織のボスとも言われていた。


「とりあえず何とか掴めた情報は、『女好き・この近辺にいる・赤髪』だけなんです…」

「で、とりあえず赤髪の男を片っ端から探してんだけど…さっぱりなんだよねー」

「へぇ、よくそこまでの情報を掴んだなー」

「ふむ、赤髪はうちの領内でも比較的珍しいんだが……それでも見つからないのか」


 復活したルイスも加わり、男達がああだこうだと白熱する。その間、セシリアはエマが出してくれた紅茶で喉を潤していた。


 セシリアとて一貴族だ。『王家の秘宝』の存在は知っている。もちろん、指輪の一つが盗まれたのは初耳であったが。


 完全な部外者の自分が聞いていい話なのか。ちょっと場違いで落ち着かない。


 ふいにセシリアは、ふと街での出来事を思い出した。つい気になって隣のルイスに声をかける。


「あの、こちらの領では赤い髪の方は珍しいのですか?」

「ん? ああ、赤髪は北にいる少数民族の特徴でな。彼らは閉鎖的で、他領に来ること自体が珍しいんだ。俺も領内では見た事がないな」


 ルイスの言葉にセシリアは納得した。


 この国は、王都を中心に東西南北に四つのの大都市が存在する。大都市は、それぞれ四つの公爵家が領地として管理していた。フェーンベルグ領は南の大都市を統治している。そして北の大都市にいるのが赤髪が特徴的な少数民族だ。ここからはかなり離れている。


 彼らは隣国との国境沿いの山間に暮らしていた。村はいくつか点在しているが、そのどれもが深い森の中にある。落石や滑落事故が相次ぐ谷間を越えることは容易ではない。


 その話を聞いたセシリアは、口元に手を当てて考え始めた。


「セシリア、何か心当たりがあるのか?」

「えっ、マジ? 知ってたら何でもいいんで情報お願いしまーす」


 ルイスとディルクに声をかけられて顔を上げたセシリアは、おそるおそる口を開く。


「えっと…お探しの方かは分かりませんが、街を歩いているときに赤い髪の男性を見かけたもので…」


 この言葉に全員が驚きで目を見開いた。


「うっそ! まさかの目撃者がこんな近くに! セシリアさん、そん時の情報を詳しく教えてくれます?」

「あ、はい。ええと…イェンスさんがお店を閉めている間、店の外で街並みを見て待っていたんです。その時にたまたま見かけたのが赤い髪の男性でした」


 セシリアの話に、ルイスはあの時かと言葉をもらす。


「セシリア様ぁ、よくそんな一瞬のこと覚えてましたねぇ~」

「あ、それは…目が合って…ウインクをされたから。それに、赤い髪が夕焼けみたいにキレイだったから記憶に残っていたの」

「あらら~、女好きってのは本当か」


 アシュトンの言葉にイラッとしたのはルイスであった。自分の婚約者に懸想するとは腹立たしい。しかも、その場には隣に自分がいたはずだ。


「わわわ、隊長! 殺気漏らさないで下さい!」

「きゃー、独占欲強い男ってこわーい」


 ロイドとディルクが静かに怒れるルイスを宥める。ディルクはどちらかというとからかっているだけだ。


 その間にアシュトンが街の地図を広げる。店の名前が書いてあり、非常に分かりやすいものだ。


「セシリア様、どの辺で見かけたか分かりますか? ここがニックの…イェンスが店番してた店っす」

「……この通りかしら。その後、ここに入っていったわ」

「えっ、待って……そこなら俺らも行ったよね? 俺達の努力って何?」

「あんなに聞き込みしたのに……」


 軽くショックを受けるディルクとロイドを無視して、ルイスはセシリアが示した場所を見つめていた。そこはつい先日、父のグレアムも口にしていた場所だ。


「賭博場っすか。いかにもな場所なのによく軍の捜査の目を掻い潜ったな」

「賭博場で情報を売ってる可能性が高そうだな。セシリアが見かけたのもサイラスで間違いなさそうだ」


 ショックから立ち直ったディルクとロイドも加わり、男四人は真剣に話し合いを始めた。この後、すぐにでも賭博場へ行くのだろう。


 いつの間にか空になったカップに、エマがおかわりを注いでくれる。


「ねぇ、エマ………」

「はぁい、何ですかぁ?」

「聞き込みに私もついて行くことは出来るかしら?」

「絶対にダメですぅ!」


 笑顔で即NGを出したエマだが、セシリアの言葉に食いついたのはディルクであった。耳ざとく聞こえていたようだ。


「セシリアさん、それいい! 手伝ってくれるとチョー助かります! セシリアさんなら女好きのサイラスが確実に釣れそう!」


 ビシッと指差すディルクの隣では、ロイドも期待を込めた瞳でセシリアを見つめていた。──が、あの男が許すはずもない。


「セシリア、この件は軍の仕事だ。こいつらが何とかする」

「あら、でも街で手を振ってくれたので私には警戒心を持たれていないのかと思いまして」


 あ、手も振られてたんだ。アシュトンは無自覚にルイスの地雷を踏んでいくセシリアに苦笑した。


「ダメだ。危険がないとも――」

「あ、サイラスはこっちからふっかけなきゃ手は出してきませんよ。あくまでも情報屋なんで暴力沙汰は好まないらしいです」


 ルイスの言葉を遮って安全性をアピールしたのはディルクだ。隣のロイドも全力で首を縦に振って肯定している。


「ルイス様、フェーンベルグ領内の事なら私にも手伝う権利があります。お義母様に公爵夫人の勉強を頑張ると宣言致しましたもの」

「これは公爵夫人の仕事ではない」

「安全なのでしょう? 私なら顔が分かりますし」

「それでもダメだ」


 頑として譲らないルイスに、セシリアも少し意固地になり始める。『王家の秘宝』の重要性がよく分かるからこそ、未来の公爵夫人として手伝いたいのだ。


 ルイスが自分を大切に思ってくれるのは嬉しい。だが、守られているだけでは嫌なのだ。


「……………では、馬車での約束はなかったことにさせて下さい」


 ニッコリと微笑むセシリアに、ルイスが「うっ」と言葉を詰まらせる。美しいのに妙に凄みのある笑顔だ。


「情報を聞くだけですよね? それなら危険性はありません」

「しかし……」

「ルイス様は私を信用して下さらないのですか?」


 強気に言い放ったその一言が決定的な決め手となった。潰れた蛙のような呻き声をあげたルイスは、深々と溜息をつく。


「……………分かった。協力を認めよう」

「ありがとうございます!」


「「「「 …………… 」」」」


 この時、この場にいた者はのちにこう語る。『セシリアは強い』と。

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