第9話 お宅訪問 ~集合・整列~
ルイスとセシリアは、店じまいをしたイェンスと共に孤児院へとやってきた。
孤児院は街の外れにある。子供達が駆け回れる広い敷地が必要なため、この場所に作られたらしい。外観は教会のような造りで、円柱状の塔が特徴的だ。いくつもある小塔が、より教会らしさを醸し出していた。
広い庭の芝生もキレイに手入れされ、青々と輝いている。少し開けた所には、手作りの遊具や色とりどりの花壇もあった。
「あれ、ルイス様じゃない。アシュ
セシリア達に気付き、声をかけてきたのは洗濯物を取り込んでいた女性であった。ルイスはこの孤児院の教育改革を進めた張本人なので、子供達とはもちろん面識がある。
「今日は見学に来たんだ。セシリア、彼女はここの院長のハンナだ」
「あ、ルイス様のお嫁さんですね。初めまして。いつもうちのアシュ
「ハンナさん、初めまして。セシリアと申します。突然お邪魔してすみません」
院長と紹介された女性は、セシリアとそう変わらないような年齢であった。前院長が高齢で辞めたあと、彼女がこの院の経営を引き継いだそうだ。勝ち気な笑みが清々しい女性だ。
「見学するならアシュトンかエマを呼びましょうか?」
「いや、せっかくだからセシリアを紹介したいんだが……今は誰がいるんだ?」
「今日はディルク以外の全員いますよ。アシュ
「へぇ、珍しいな。それなら全員呼んでもらえるか」
「はいよ。少々お待ちを」
ハンナが軽快な返事をしたと思ったら、セシリアはルイスに耳を塞がれた。何事かと思って顔を見上げるも、麗しい笑みで流される。よく見れば隣のイェンスも耳を塞いでいた。
訳の分からないセシリアをよそに、ハンナはくるりと孤児院の方を向き、大きく息を吸い込んだ。そして――。
「――全員っ! 今すぐ庭に集合! 整列っ!!」
大音声とはまさにこのことだろう。お腹にずっしりとくる重みのある声。空気を震わせるようにビリビリと響く声は、耳を押さえられていてもはっきりと聞こえてきた。彼女のどこからあんな声が出ているのか不思議でならない。
ようやく手を離したルイスは、目を丸くして驚くセシリアに説明をしてくれた。
「あー…ハンナはここのボスのようなものなんだ。彼女に逆らうと飯抜きの刑にされるから誰も逆らえないんだよ」
「ボス、ですか…」
くつくつと喉を鳴らして楽しげに笑うルイスだが、セシリアは状況についていけていない。孤児院でボスとは何か違くないだろうか。
セシリアが困惑している間に、建物から次々と人が出てくる。行動が速い。その中にはエマもいて、こちらを見て嬉しそうに手を振ってきた。
二人の前に横並びで一列、十人がきちんと整列する。その間、僅か数分。迅速で無駄のない動きは、孤児院というより軍隊のようだ。ハンナとイェンスもいつの間にか列に加わっていた。
「突然で悪いな。全員いるなら挨拶にちょうどいいと思って集まってもらった。知っているやつもいると思うが、彼女は俺の婚約者のセシリアだ」
「初めまして、セシリアと申します」
十人からの視線を一身に受け、セシリアは緊張しながらぺこりと頭を下げた。未来の公爵夫人であれば頭を下げずともいいのだが、ここがセシリアのいいところでもある。
「とりあえず一人ずつ自己紹介をしてくれるか。じゃ、そっちから頼む」
ルイスが示したのはハンナの方であった。ハンナは先程も挨拶をしたのだが、もう一度挨拶をしてくれるらしい。
「改めまして、ハンナです。ここを卒業してそのまま院長を引き継ぎました。料理と薬草調合が得意です」
「あら、もしかしてエマから貰った酔い止めって……」
「きっと私のですね」
「まぁ。あれ、とてもよく効きました!」
褒められたハンナが嬉しそうに笑う。ハンナの言う薬草調合は、主に対人戦用に使用する物騒なものだとは誰もツッコまない。
次に隣の青年が声を上げた。とても見覚えがあるのだが、彼も一応挨拶してくれるらしい。
「え~ご存知かとは思いますが、アシュトンです。とっくに卒業して公爵家で庭師をしてます。このメンバーでは一番年上ですが、誰も労ってくれません」
「じじくさいぞ、アシュトン…。だいたい、お前は挨拶しなくてもいい」
「ほら、俺の扱いってかなり酷い~」
アシュトンとルイスのやりとりにセシリアはクスクスと笑った。子供達も同じように笑っているので、いいお兄さんのようだ。
その次に声を上げたのは目元に傷のある青年だ。
「アデルでーす。卒業して今は軍の第一部隊で隊長補佐やってます。ちなみにセシリアさんが軍に来たときチラッとお見かけましたよ~」
「まぁ、そうだったんですね」
「回廊で遠目に見かけただけでしたけどね。エマがいたからすぐ分かりましたよ。ルイス様の婚約者ということで常々噂には――」
「次っ!!」
噂とは?
ルイスが話を遮ってしまい続きを聞く事は出来なかった。なぜかアデルはニヤニヤしている。
次に挨拶をしたのは、背筋をピンと伸ばした所作のきれいな女性だ。
「リンダと申します。私も既に卒業致しまして、現在は王城で侍女をしております。同じくお噂は――」
「次っ!!」
またしてもルイスが話を遮ってしまう。いったい噂とは何なのだろうか。そしてリンダまでニヤニヤしているのがとても気になる。
次に挨拶したのは、大人しそうな女の子だ。
「シーラと言います。えっと…まだ孤児院に在籍しています。い、一応服飾店の店長をしてます」
「さっき街で入った服屋の店長がシーラだ。ちなみにセシリアの服は全部ここで作ってもらっている」
「まぁ! 私、どの服も好みです! 着心地がよくて大好きです!」
「う、うわぁ、嬉しいです! ありがとうございます!」
次に挨拶をしたのは、先程も会ったイェンスだ。
「先程も会ってますがイェンスでーす。俺は今年ここを卒業します。経営学が得意なんでそっち方面の仕事をしてます。あ、ニック。例のやつ、指輪タイプでお買い上げ頂いたからあとでサイズ測っておいて」
商魂たくましい自己紹介である。そして、そのままの流れで隣の男性にバトンが渡る。この男性があの雑貨屋の店主なのだろう。
「お買い上げありがとうございます。僕は卒業して小物とか家具とか売ってます。アクセサリーとか小物入れとかもオーダー出来ますんで、どうぞよろしく」
「あ、あの…セシリア様が夜会に行った時のイヤリングはニックが作ったんです」
シーラの遠慮がちな補足にセシリアは夜会の時に贈られたイヤリングを思い出した。青銀の美しいイヤリング。大きな青銀の石の周りは銀細工で見事な装飾がされていた。
「すごいです! あのイヤリング、とてもキレイでした!」
「へへっ、ありがとうございます」
手放しで褒めるセシリアに、ニックは照れくさそうに笑った。
次に挨拶をしてきたのはセシリアもよく知っている人物だ。今日はお仕着せ姿ではなく、パンツスタイルの私服であった。
「エマですぅ。アデルとリンダの話に出た『噂』と言うのはセシリア様のお美しさの事なので悪いことじゃないですよぉ~」
「…………えっ?」
ルイスに遮られる前にとエマはいつもより早口で話した。噂について気になっていたセシリアだが、エマの言葉がいまいちよく分からなかった。誰の美しさ……?
「そうそう。セシリアさんに求婚したいって令息、結構いるらしーよ」
「屋敷にもそういう手紙が届いてるけどルイス様が握りつぶしてるからねー」
「粘着質な男って嫌ですねぇ~」
「アデル、アシュトン、エマ……!」
余計なことを言うなとばかりにルイスに睨まれた三人は『やばっ』という顔をした。蛇に睨まれた蛙とはこういう事だろうか。しかし反省しているようには見えなかった。
セシリアは馬車で聞いたルイスの言葉を思い出した。『セシリアが他の男のところへ行ったりしないか不安なんだ』……あれは、ここから来ていたらしい。というか、婚約している人に求婚をするなどおかしいのではないだろうか。
「次、オレー! イザークです! 暗殺者の卵でしたー!」
「はいはーい! 私も! 覚えてないけど私も暗殺者の卵でしたー!」
十歳ちょっとくらいの男の子と女の子が片手を上げながら元気よく挨拶をしてくれた。この二人は他の子達と比べると少し年下のようだ。
「ブリジット、肝心の名前を言い忘れてんぞー。はい、もう一度ご挨拶」
「あっ! ブリジットでーす。暗殺者の卵でしたー!」
アシュトンに指摘されてやり直したブリジットだが、二人とも自己紹介内容が大分おかしい。無邪気な分、とつてもない違和感を感じてしまう。
「イザーク、ブリジット……暗殺者のくだりは言わなくていい。お前達はもう暗殺者じゃないんだ」
呆れ顔のルイスに二人はとんでもない事を言い出した。揃って首を傾げるしぐさだけはとても可愛らしい。
「えー、こう言うとウケるって聞いたよ?」
「ディルクが言ってたー」
ルイスが半眼になったのをセシリアはおろおろしながら見ていた。エマも元暗殺者と言っていたので、一緒に保護されたのはこの子達なのかもしれない。
「イザーク、ブリジット~。暗殺者って言うよりも『とっても強いです』って言った方がめちゃくちゃかっこいぞー」
アシュトンの言葉に二人は顔を見合わせてきょとんとしていた。すぐに『確かに』と笑顔を浮かべる。どうやら矯正は出来たようだ。さすがアシュトンである。
ルイスは全員が挨拶を終えたのを確認するとセシリアに視線を向けた。その際、ハンナの隣にいる人物を視界に捉えると僅かに目を見開いた。
そこには最初にいなかった人物が……。
「ディルクでっす。第二部隊の副隊長してまーす。エマ達と同じく元暗殺者でーす♪」
「ええっ、そうなんですか? あ……えーと……ロイドです。同じく第二部隊の所属です」
約二名、変なのが追加されていた。
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