第8話 デート

「セシリア、まずはメインストリートを見て歩こうか」


 ルイスはニコニコと実に楽しそうにセシリアをエスコートしていた。少し前まで馬車であんなに落ち込んでいたのが嘘のような輝かんばかりの笑顔である。


――時々でいいから好きだと伝えること

――二人きりの時であればルイスと呼ぶこと


 この二つが相当嬉しかったらしい。狂喜乱舞したルイスのせいで、唇にはまだ柔らかな感触が残っていた。


 思い返してみれば、ルイスは毎日のように『愛してる』『好きだ』と言ってくれるのに、セシリアはあまり想いを口にしていなかった。恋人らしくというルイスの言葉通り、もう少し頑張ろうと思い直していた。


 気持ちを新たにやってきたメインストリートは、たくさんの人で賑わっていた。


「ルイス様、あれは何ですか?」

「あれは案内板。街の地図と現在地が書いてあるんだ」

「これは……何でしょうか?」

「街馬車の停留所だよ」


 あれこれ質問するセシリアにルイスは一つ一つ丁寧に答えてくれた。


 実はセシリアは街に出かけた経験がない。実家では継母と異母妹から隠れ暮らすように、部屋から出ることはほとんどなかった。よくて庭に出るくらいだ。


 ルイスと婚約した後、コニーと出掛けたのが初めての外出だったのだが、結局はナイフで一突きされ死にかける羽目になった。


 差し入れを軍の詰め所に持っていったこともあるが、移動は馬車だったので街は歩いていない。


 そのため、実質的に今日が初めての街散策となるのだ。


 メインストリートの左右は、たくさんのお店が軒を連ねている。そのほとんどがガラス張りで何のお店かとても分かりやすくなっていた。行き交う人はとても活気があり、賑やかさがよりワクワク感を高めてくれる。セシリアの目には何もかもが新鮮でキラキラとして映っていた。


 そんなセシリアを見て、ルイスはもう目尻が下がりっぱなしである。可愛いと言って叫び出したいほどだ。


「ルイス様! ルイス様! すごくたくさんの本があります!」

「本屋だよ。ここは領内でも一番大きな本屋なんだ」


 はぐれないよう繋がれた手をぐいぐい引っ張るセシリアは、無邪気な少女のように愛らしい。本当はルイスがいくつか店を紹介しようと思っていたのだが、これはこれで悪くはない。セシリアの好きにさせようと聞き手に徹していた。


 二人はウィンドウショッピングを楽しみながら、ゆっくり通りを歩いて行った。途中、セシリアが気になるものがあればルイスが説明を入れていく。


「あら………このお店」


 セシリアが足を止めたのは服屋であった。ショーウィンドウのトルソーには、普段着のワンピースが着せられていた。何となくここの服は見覚えがある気がした。


「ああ、この店か。せっかくだから入ろうか」

「えっ……いえ」


 店名を見たルイスは、ためらいもなく中へと入っていった。服を強請ったように思われたのではと焦るも、手を引かれてセシリアも店内へと足を踏み入れた。


「いらっしゃー………うえっ、ルイス様っ!?」

「お邪魔してるよ。シーラは今日いないのか?」

「は、はい。店長は休みです」


 ルイスはどうやら店員と知り合いらしい。店員とルイスが話している間、セシリアは邪魔にならないよう店内を見て回ることにした。


 女性服を中心に、子供服も置かれている。オーダーも出来るらしく、『手直し・オーダーご相談下さい』というチラシが貼られていた。可愛らしくも派手すぎない服は、とてもセシリアの好みだった。


「というか、あの方がルイス様の婚約者様ですか? ひゃー……めっちゃめちゃキレイじゃないですか」

「だろう。ここには世話になってるから、シーラに挨拶しておこうかと思ったんだが」

「店長残念がるだろうなぁ。しかも何ですか、あのけしからんプロポーション。ちょっと露出激しめの服着せたいっ」

「……気にはなるがやめてくれ」


 ルイス達がひそひそと話しをするがセシリアは気付いていない。店内を見て回っては『エマに似合いそう』『ジーンにどうかしら』などと考えていた。


「セシリア、会わせたい人がいたんだが今日は休みらしい。またの機会にしよう」

「あ、はい。あの、服とても可愛かったです。お邪魔しました」

「ありがとうございます。どうぞ御贔屓に~」


 明るい店員に見送られ、ルイスに手を引かれて店をあとにする。すると、今度は向かいの店を見てルイスが呟いた。


「ニックの店か。あいつら向かい同士にしたんだな」

「………?」

「セシリア、あそこにも寄っていいか?」

「はい、もちろんです」


 メインストリートの人混みをかき分けるように横切り、店の前へとやってきた。ショーウィンドウには家具や小物……アクセサリーまで並べられていた。雑貨屋だろうか。


 先程同様、ルイスのあとについて入店する。


「らっしゃーい!」

「イェンス? 何でお前がここに?」


 イェンスと呼ばれた少年は親しみのある笑顔を向けてきた。どうやら、こちらもルイスの知り合いらしい。邪魔をしては悪いのでセシリアは、またしても店内を見て回る事にした。


「ニックに頼まれたんだ。ほら、アシュ兄ちゃんとエマが帰ってきてるから武器の手入れをするんだってさ」

「で、お前が店番を頼まれたと」

「そ、休みにすればいいのにニックは真面目すぎなんだよ。店を持つことも最初は渋ってたのにさ。もうちょっとしたら早めに店じまいするつもりだよ」

「お前のことだからバイト代ぼったくってるんだろう」

「当たり前でしょ。ニック、稼いでるんだし」


 親指と人差し指で硬貨の形を作るイェンスに呆れてしまった。おそらくニックの店の経営も手伝っているのだろう。


 二人をよそにセシリアは店内を興味深く見ていた。装飾の美しい家具のほかには、小物入れや子供が遊ぶおもちゃまであった。どうやら幅広い商品があるらしい。


 見て回るうちに、一つの商品に目がとまった。いくつもの仕切りで分けられた平たい木箱には、様々な石が色ごとに入れられている。大きさも大・中・小と様々であった。木箱の横には見本品と共に説明書きがされていた。


『指輪・ネックレス・イヤリングに加工します』


 しかし、セシリアが釘付けになったのはその下にある一文であった。


『恋人同士でお互いの髪や瞳の石を身に付けると幸せになります』


 恋人……。セシリアは、自然と青や水色の石が並ぶ辺りに視線が引き寄せられた。同じ青でも深みのある青、緑がかった青など様々な種類がある。


「セシリア? それが気になるのか?」

「ひゃあっ!」


 セシリアは小さな悲鳴と共にビクリと跳ね上がった。あまりにも真剣になっていたため、ルイスが隣に来たことに全く気付かなかったのだ。


「へぇ……自分の好きな石を選んで加工してもらうのか」

「いえ……あ、あの……」


 恋人同士という、うたい文句に惹かれていたとは言えなかった。セシリアがしどろもどろしているとカウンターから先程の店員の声がした。


「それ、いま街で人気なんだ~。恋人同士がお互いの髪や瞳の色のアクセサリーを身に付けるの。ほら、貴族だって宝石とかドレスで似たようなことしてるじゃん?」

「ニックも上手いこと考えたな……」

「あ、考えたのは俺。お二人もデートの記念にいかがですか?」


 そう言われたらルイスとしては買わない訳にはいかない。可愛い恋人かつ婚約者とお揃いというのも悪くなかった。


「おすすめは指輪ですよ。剣を持つのに邪魔なら別売のチェーンをつければネックレスになりますし」

「お前は……相変わらず商売上手だな。セシリアは、指輪でいいか?」

「えっ……あ、はい」


 反射的に返事をしてしまったセシリアは、おろおろしながらルイスを見た。なぜかもう買うことが決定しているようだ。ルイスは当たり前のように紫の石を手にして吟味し始めている。


――私の瞳の色……。


 セシリアは、じわじわと胸が熱くなっていくのを感じた。ちょっとした事なのにとても嬉しい。自然とニヤけだした口元を隠し、慌てて石に目を落とした。


「……あ」


 セシリアは、吸い寄せられるように一つの石に手を伸ばした。空の色よりも少し濃い青色。どちらかと言えば海の色に近いだろうか。陽に透かして見れば、透明感がありキラキラと輝いていた。見れば見るほどルイスの瞳の色にそっくりだ。


「決まったようだね?」


 うっかり石に見とれていたら、隣から楽しそうに笑われてしまった。


「俺はこれにする。うん、セシリアの色だ」


 ルイスが同じように選んだ石を陽に透かすようにして見せてくれた。アメジストのような紫の石だ。


 セシリアの瞳は、ぱっと見は紫なのだが、よく見ると星のような煌めきが混じっている。少し変わった瞳の色なのだが、見事なまでにそっくりの石であった。ここまでよく見ていてくれたのかと思うと、とてつもなく嬉しい。


「イェンス、これを指輪に加工してくれるか。あとはチェーンも二つ付けてくれ」

「まいどー♪」

「出来上がりはアシュトンにでも預けてくれ。指のサイズはお前が測るのか?」

「うーん、そこまでは出来ないなぁ。あ、どうせならニックもいるし孤児院に遊びに来ます?」


 イェンスの言葉に食いついたのはセシリアであった。街を見て回った時のように目を輝かせていた。


「ルイス様、ぜひお邪魔してみたいです! エマが育ったところですよね」

「あそこか………変人の巣窟になってるんだよなぁ」


 ルイスの呟きにセシリアは小さく首を傾げた。カウンターでは、イェンスが小さな声で『失礼だなぁ』とぼやいている。


「ダメですか……?」


 無意識だろうがセシリアが上目遣いでルイスを見つめる。その可愛さたるや、凄まじい威力を秘めていた。こんなのルイスには断ることなど無理である。


「…………分かった、行ってみようか」

「わぁ! ありがとうございます!」


 二人のやりとりを見ていたイェンスは、ニヤニヤしながらその様子を眺めるのであった。 

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