第17話 孤児院 ~転機となったのは その3~

「……えーと…何で俺はここに連れてこられたんでしょうかね?」


 あの底意地が悪い課題を必死で仕上げて提出したのが昨日。朝から洗濯を干していた俺は、突然やってきたルイス様とモーリスに馬車へと詰め込まれた。もちろん行き先など教えられていない。


「ときにアシュトン、王都で貴族の子供が誘拐されたのは知っているか?」

「ええ、まぁ……子供は軍に保護されたけど、犯人はまだ捕まってないんですよね」


 俺の答えにルイス様が満足そうに笑う。あ、なんか嫌な予感がする。


「実はな、その実行犯がうちの領地に逃げ込んだんだ」

「はっ!?」

「しかも、我が家に侵入しようとした」

「はいっ!?」

「どうやらルイス様が狙われたようです。見た目だけはいいので、この方は」

「はあぁぁっ!?」


 何をさらりと言ってんだこの二人。もっと危機感持てよ。あんた一応公爵家の跡取りだろうが。


 驚愕と呆れの中、危うく本気で罵りそうになった。すんでのとこで罵声を飲み込み、冷静になろうと天井を仰いで深呼吸をする。うん、馬車なのに天井まできれいだなぁ。


 何とか落ち着きを取り戻した俺はそこである事に気付いた


「ん……? まさか……この間の『公爵邸への侵入と脱出』って……」 

「ああ、あれか。アシュトンならどうするのかと思ってな」

「ちなみに実行犯は敷地内にも入れずじまいです。まぁ、我々使用人がいるので当然ですけどね」

「へーへー、さいですか。そんで、ちゃんと捕まえたんでしょうね? ……あれ? ……んんっ?」


 話しをしながら俺は、嫌な事に気付いてしまった。昨日提出した課題、まさかあれは……。


「流石アシュトンだな。気付いたなら話は早い。今から狼藉者の捕り物作戦決行だ」

「……え? 冗談っすよね?」

「これは使えると思って、アシュトンのためにわざと取り逃がしたんだ。これ以上ない実戦訓練だろう」


 …………マジ殴りてぇ。


「今向かっているのはやつらの隠れ家だ。課題通りにアシュトン一人でやってくれ」

「私達も付いて行きますが、手出しはしません。死ぬ気で頑張って下さいね」


 そうして、悪魔二人に連行されたのは、街外れにある林の中だ。


 このまま馬車で近付くとバレるので、歩きに切り替えて向かっている。ここから、誘拐犯が潜んでいる隠れ家まで歩いて十分程。この辺は元牧場という事もあり、広い敷地を有していた。


 あの課題に対して俺が出した答えは、単純明快な正面突破である。見取図を見た限り、裏口はない家だった。出入口が一カ所で動くのが俺一人なら、正面突破で一人ずつ無力化するのが無難だ。一応この三年で様々な戦い方は身に付けている。それを考慮しての案だったが、実戦となると話は違う。もう、不安しかない。おうち帰りたい……。


「いやぁ、アシュトンの出した答えには意表を突かれたよ。まさかの正面突破とはね」

「動けるのが一人ならやむを得ないでしょうね。私なら嫌ですが」 

「……お二人さんがここで待機するならもっと安全な方法を取るんだけど…?」

「さぁ、行こうか」

「ねぇ……聞いてます?」

「ルイス様は顔バレしているのですから変装はして下さいね。髪も目立ちますので……はい、かつらとメガネです」


 くそっ! 観光気分かよっ! どさくさに紛れて殴りてぇ!


 一旦二人を置いて、ささっと偵察をする。家の中には男が六人いた。三人がリビング、一人がキッチン、一人が二階で就寝、最後の一人は地下に続く扉をくぐったのを確認した。


「あー……やだやだ。めっちゃ帰りたい……」

「ルイス様を襲おうとした輩を放っておくのですか?」

「それは酷いな。友人を見捨てるなんて」


 二人して笑いながら言われても……。


 俺は手伝う気、皆無の二人を完全無視して、嫌々ながらドアを叩いた。やりたくはないが、やらねば帰ることは出来ない。それならさっさと終わらせてしまうに限る。


「こんにちはー」


 しばらくすると鍵を開ける音がして、一人の男が顔を出す。この男は先程の偵察の際、リビングにいた男だ。


「ガキか。なんの用だ?」

「ボスからの指令で来ましたー。中入ってもいいっすか?」


 子供らしさを装ってニコリと笑いながら男の出方を窺う。その表情は、警戒・猜疑――そしてほんの僅かな期待。


 男は俺達三人を訝しげな目で見た後、入れと唸るように言って中へ招き入れた。


 ふーむ、想定通り。


 実はこの誘拐犯については、個人的に少し調べたことがあった。グループでリーダー格はスキンヘッドの男。先程の偵察時にそんなツルツル頭の奴はいなかった。


 案の定、男は僅かながら期待の目を向けてきた。ルイス様誘拐に失敗した今、リーダーからの指示を待っていたのだろう。


 あと気になるのは、ルイス様やモーリスが『犯人』ではなく『』と言っていたことだ。リーダー格の男の裏にまだ誰かいるということかもしれない。


 リビングに通された俺達は、他の男達から訝しげな視線で睨まれていた。ソファに腰掛けている男はナイフを回して威圧感たっぷりだ。俺としてはそんなチンケな圧力よりもルイス様が身バレしないかの方が不安である。


「あれぇ、全員いないんですか?」

「うるせえな、クソガキ。かしらは何だって?」

「んー……全員揃ってるか人数確認してから伝えろって言われてるんだよね。まさかこの三人だけー?」


 あからさまに舌打ちで嫌悪感をあらわにされる。警戒はされているけど相手は子供だと油断しているのはありがたい。


 しかし、このがらの悪さ……あ、市場で聞いた『がらの悪い人』ってこいつらじゃね。いやだー、怖い怖い。さっさと終わらせよう。


「そんなに怖い顔しないで下さいよ。俺だって仕事なんですから。ほら甘い物でも食べて、気を落ち着かせてください。王都でくすねてきた高級チョコですよ」


 男達に手渡した後、安全なことをアピールするために一つ口にしてみせる。男達は俺がチョコを飲み込んだのを見てから、ようやく口に含んだ。高級と言われれば食べたいよね。よしよし、ここまでの首尾は上々。


「……お、美味いなコレ。ちゃんと六人全員いる。かしらの言う通り、公爵家の侵入に失敗しちまった今は大人しくするしかねぇからな。」

「でしょう? くすねるのに苦労したんですよー。全員いるならそれは良かったです」


 ふむ、六人で全員という事ならスキンヘッドのリーダー格が七人目という事で間違いなさそうだ。六人……いやならこのまま何とかなりそうだな。さて、そろそろかなー。


「ぐっ……なんだ……」

「体が……しび……れ……」

「くそっ……毒……か」


 は~い、三人あがりー。


 膝から崩れ、床に倒れて身動きの出来ない男三人を後ろ手に縛り上げる。おっと、指も縛らないとうっかり縄抜けされたら大変大変。


「……お前、何をしたんだ?」

「我が家の料理番兼薬師様が特別調合した即効性しびれ薬でーす。口もやられるからしばらく話せないでしょうね」


 ルイス様の問いにそう答えれば、二人は盛大に眉を顰めた。男達が呻いてるからドン引きしているようだ。


 この薬マジで痺れるからね。俺も試した……というか、ハンナに実験と称して一服盛られたから、呻きたい気持ちはよく分かる。


 ちなみにさっき俺が食べたのは普通のチョコ。くすねてきたと言うのはもちろん嘘で、包み紙は本物の店のものを真似たものだ。包み紙作成は、手先が器用なニック。手作りチョコを高級な雰囲気にして美味しく食べる技だ。孤児院内のただの遊びなのだが、アデルはいまだに騙されている。

 

 三人全員縛り終えた時、廊下からギシリと気が軋んだ音が聞こえてきた。気配を探ると近づいてくるのは一人。どうやら物音を聞きつけてやってきたようだ。やがて一人の男が姿を現す。


 こいつは、キッチンにいた奴だな………って!?


「うっそ! いたいけな子供相手に包丁投げるのかよっ」


 料理でもしていたのか、男は手にしていた包丁を問答無用で投げつけてきた。迂闊によけたりしてはルイス様やモーリスに当たりかねない。そう判断した俺は、手近にあった分厚い本を盾に使う。ああ、本がもったいない。


 防御すると同時に、空いている片手で腰に隠したナイフをすばやく取り出す。包丁が刺さったナイフを投げ捨て、一足飛びで男へと接近する。


「殺すつもりだったなら……当然殺される覚悟もあるよね?」


 ピタリと男の喉元にナイフを突きつけニコリと笑いかける。もちろん殺しをする気などない。それでも脅しには十分であった。


「ぐっ……!」


 男が怯んだ隙を見て、すばやくみぞおちに拳をめり込ませる。痛みで体勢を崩したら、あとは腕を締め上げて一気に縛り上げれば修了だ。その途中でハンナ特製チョコもプレゼントしておく。


「あと二人か。予想以上の動きだな」

「ええ、実に鮮やかな手際ですね」

「あと一人ですよ。二階で就寝中の人には、偵察の時に特製眠り香を窓辺にプレゼントしてあるんで半日は起きませーん」

「「 ………… 」」


 あ、何かすごい目で見られてる。どうせ制圧するなら、偵察の時にやったっていいじゃん。


 補足するならあの香も試したことがある。香とは言うけど、煙なし・匂いなしの優れもの。ハンナよ、お前は何を目指しているのだ……。


「さて、あとは地下に一人だったかなー」


 頭に入っている見取図を思いだしリビングを出る。確か地下室へ続く扉はキッチンの隣だったはずだ。


 ちょうど角を曲がったところで、廊下に一人の人物が立っていた。


「あれ……きみ、この前の」


 そこにいたのは、市場で会ったあの不思議な子。すっぽり体を覆うローブ姿はあの時のままだ。


「何でここに? まさか攫われてきたのか?」


 地下室から逃げてきたのだろうか、そう思い一歩踏み出そうとしたら、モーリスに強く腕を引っ張られてたたらを踏んだ。そんな俺を横目にルイス様が前に出た。


「ほぉ、死神グリムリーパー……お前まで我が領に来ていたのか」

「はっ? ちょっ……なに変装取ってんすか!」

「アシュトン、下がりなさい。あれはあなたではキツいですよ」

「はぁっ!? いやいやいや、あんな小さな子が死神グリムリーパーな訳ないって」


 死神グリムリーパーとは、ここ数年で一気に名前が知れ渡った正体不明の暗殺者だ。正体不明というのは、その存在を見たものがいないからだ。だが、目の前の子供はどう見てもまだ小さな女の子。暗殺者になど到底見えない。


 一人動揺しまくる俺を女の子が静かに見つめてくる。しかし、ルイス様が剣を抜くと一瞬で目つきが変化した。


――ギィンッ!!


 金属同士がぶつかり合い鈍い音が響く。


 ルイス様が踏み出すのは分かったが、剣を振り切った瞬間はまったく見えなかった。それに反応した女の子の動きもだ。


 呆気に取られる俺をよそに、二人は容赦なく相手を攻めたてる。お互いを殺す気でいるのではないかという気迫だ。


「噂通りの腕だな。その歳でよくもまぁ……よほど修羅場をくぐり抜けてきたのだろうな」


 ルイス様の言うように女の子の強さは目を見張るものがある。ルイス様の読みにくい太刀筋にも対応し、絶妙な力加減でいなしているのだ


「……だが、まだまだ甘いな」

「………っ!」


 ルイス様の目が獲物を射殺すように鋭さを増した。気付いたら俺はモーリスを振り切って飛び出していた。

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