第16話 孤児院 ~転機となったのは その2~
あれから更に二年の月日が経った。ルイス様による教育改革からまる三年だ。俺達の教育は現在進行形で未だ続いている。この間うっかり知ってしまったが、ルイス様はこの教育改革のデータを取っていた。
俺達はモルモットですかい?
今日はちび達を連れて街に買い物だ。孤児院最年長の俺は、腰の悪い院長先生の代わりにこうして保護者役になることが多い。付き添いはしているが、弟妹達も昔と違って一人でおつかいも余裕である。可愛い弟妹の成長がとても嬉しい。
……じじくさいというツッコミは余計である。
「アシュ兄ちゃん、仕立て屋で生地見てきてもいい?」
この子はシーラ。孤児院一の引っ込み思案で人見知りが激しかったが、自分で作った服を売るようになって、ハキハキした子に成長した。せがまれて一緒にレース編みを習ったのはいい思い出だ。ちなみに、うちの稼ぎ頭である。
「いいよ。荷物持ちにアデルを連れてきな。アデル、頼んだぞー」
「任せとけ、アシュ! じゃ、行ってくるな~」
護衛兼荷物持ちに行かせたのはアデル。孤児院一のヤンチャ坊主でいじめっ子だったが、すっかり頼りがいのある奴に成長した。軍に入りたいらしく、日々腕を磨いている。
「アシュ兄、今月少し余裕あるから苗買ってきてもいい? 今から育てれば初夏に収穫できるから食費が浮く!」
この守銭奴……いや、倹約家はうちの経営担当のイェンスだ。領主様――ルイス様の父親――からの孤児院運営費をやりくりしては貯金している。数年後のリフォームを夢見ているそうだ。経営手腕は大人顔負けで、傾きかけた店を見事復活させたりもした。インドア派だが自衛くらいは出来るから一人で行かせても大丈夫だろう。
「ついでにハンナに頼まれてた食材も買ってくるよ。また後でね~」
ハンナはうちの料理番。何を作らせても美味い。街にある食堂のメニュー開発を手伝ったりもしているそうだ。最近は、健康のためにと薬草にハマりだした。そのおかげで薬も作れるようになっていた。俺の次に年上なだけあって、世話焼きのしっかり者へと成長した。もはや孤児院のおかんである。
城勤めの侍女になりたいと言っていたリンダは、先月からフェーンベルグ公爵邸で見習いを始めた。住み込みだが、休みの日は必ず帰ってきて家事を手伝ってくれる。いずれフェーンベルグ家の御墨付きを貰えたら、お城の侍女試験を受けに王都へ行くそうだ。
手先が器用で物作りが得意なニックは、今日は留守番をしている。うるさい俺達がいない隙に、院長先生のために手すりを付けると言っていた。ニックの作る装飾が美しい家具や小物は、なかなか人気で売れ行きがいいらしい。
一人になった俺は、市場を気の向くままにぷらぷら歩く。店主と客の会話、すれ違う人の表情、商品の種類……様々なものに注意を払う。市場というのは絶好の情報源なのだ。当たり前の日常会話にも大事な情報が隠されていたりする。
「昨日酔っぱらいが酒場で喧嘩しててよぉ」
「いらっしゃーい! 今日は新鮮な魚がオススメだよ!」
「ねぇねぇ、新しく出来たカフェ行った? ケーキがすごく美味しいの!」
あ、そのケーキはハンナが監修したやつだ。
「聞いた? 王都で貴族の子供が誘拐されたんだって」
「お母さーん、あれ欲しいー」
「この間さ、がらの悪い人が街道沿いをうろついていたのよ。何だか怖いわ~」
「寄ってけ寄ってけー! 新鮮な野菜だぞ、」
あの子供は無事保護されたけどなー。そんで犯人は逃亡中。がらの悪い奴か……少し気になるなぁ。
途中、出来たてふかふかの蒸しパンを買い、市場の奥へと進む。
「ん?」
目を留めたのは、道の片隅に佇む子供だった。黒いローブで体をすっぽり覆っている。随分変わった格好だ。顔立ちからすれば女の子のようだが、何の感情もない顔で市場の雑踏を眺めている。
あのローブからすると…旅人か? 親でも待ってるのか?
何となく気になって屋台を覗くふりをしながら、その子を観察する。しばらく待っても親が現れる気配はない。いてもったってもいられなくなった俺は、気付いたら声をかけていた。
「どーした、お父さんかお母さんとはぐれたのかー?」
女の子はこちらを見るも無表情のまま。焦げ茶色の大きな瞳がじっと見上げてくる。
「あれ? 言葉……分かる?」
「…………(こくり)」
あ、頷いた。感情が読めない子だなー。よく見ればローブもぼろぼろ、髪もボサボサ。まさか孤児……?
女の子を怖がらせないようにしゃがんで目線を合わせる。
「誰かとはぐれたなら一緒に探すぞー?」
「…………(ふるふる)」
「んー? もしかして、一人で来たのか?」
「…………(こくり)」
「あれ。んじゃ、迷子ではない…?」
「…………(こくり)」
「うわ、悪い。余計なお世話だったなー」
「…………(こくり)」
頷くんかいっ! 迷子扱いして悪かったな。
「悪い悪い、お詫びにこれやるよ。出来たてふっかふかで美味いぞー」
買ったばかりの蒸しパンを差し出すと、女の子は無表情のまま受け取った。だが、どうしたらいいか分からなそうに蒸しパンを凝視する。こんな庶民的なものを食べたことがないのだろうか。
「熱いからこうやってちぎって食べるといい。……うん、やっぱ出来たては美味い」
「…………」
俺が食べたのを確認した後、女の子は蒸しパンをふにふにと触りだした。くるくる回しながら観察した後、くんくん匂いを嗅ぐ。それからようやく手についたパンを舐めた。
「………………っ」
無表情のままだがほんの少し目を見開いた。分かりにくい表情の変化だったが、伊達に人間観察はしていない。どうやらお気に召したようだ。はむはむと蒸しパンを食べる仕草が小動物みたいで可愛い。
「一人なら路地裏には入るなよー? そんで暗くなる前にちゃんと帰るんだぞー」
ぽんぽんと頭を撫でると、無表情ながらもじっとこちらを見上げてきた。それから、こくりと頷くと蒸しパン片手に人混みの中へと消えていった。
◆◆◆◆◆
翌日、孤児院にルイス様とモーリスがやってきた。この二人が突然来るのはもう慣れたものである。弟妹達は一緒に来た先生達とそれぞれ勉強を始めていた。
「ほい、これ。課題のやつです」
ルイス様に書面を渡す。細々と書き込んだそれをモーリスも一緒になって覗き込んでいた。
「……へぇ、図面だけでよくここまで」
「おや、本当ですね。これは中々……ふむ……」
ルイス様に出されていた課題とは『侵入経路と脱出経路を示す事』という謎課題。渡されていたのはフェーンベルグ公爵邸のという見取図。ルイス様の部屋まで『侵入』して無事『脱出』する方法を考えよという課題だ
ちなみに、
いったい俺は何をさせられてんだろうか。領主様の家に侵入する経路を考える課題など、意味が分からない。
「アシュトン、詳しく説明してくれるか?」
「へいへい。まず敷地内への侵入は、比較的使用人の数が減る昼がいいかと思います。西側の大きな木は、邸内から死角にあり、庭師もあまり行かないエリアなんで、そこを使うといいでしょう。
建物内への侵入は、使用人達が会議をする22:00前後がベスト。ルイス様の部屋からの脱出は、陽動と時間稼ぎとして窓を開けてから、隠し通路で裏門手前まで出る。あとは塀を飛び越えて脱出完了」
本当この課題はいやらしい。
「すごいな、隠し通路まで見つけたのか。案外いけるんじゃないか……よし、アシュトン。この方法で――」
「しませんよっ!」
いま絶対試してみようとか言おうとしたな。なに言い出すんだこの人。わくわくしながら言うんじゃねーよ。
「ルイス様、流石に公爵邸への侵入はまずいです。ここまで育てた貴重な人材が失われるのはもったいないです」
「そうか…それもそうだな」
えっ……俺、死ぬこと前提? 何かさらりと公爵家の使用人の怖さを垣間見た気がすんだけど。
「それでは、次はここの侵入経路を考えてくれないか? 想定する相手は六人前後。十分な武器を保有している。対して侵入する側は三人」
そう言って一枚の見取図を渡された。どこにでもある二階建て民家のようだ。リビングや寝室など、人がいることを想定してマークが印されている。
「侵入する三人のうち、動くのは一人だけだ。もちろん六人全員を制圧する方向で考えてくれ」
「はぁ? それって一対六ってこと?」
「そうなるな。メインで動く人間は、アシュトンの力量を基準にして構わない」
ルイス様は挑発するように形のよい唇の端を持ち上げた。
この顔は……難題を出して楽しんでやがるな。モーリスも楽しそうに笑っていやがる。三年の付き合いでこの二人の性格はよーく把握済みだ。
「……はいはい、やってみますよ……ったく」
「提出は三日後で。期待しているよ。なぁ、モーリス」
「ええ、アシュトンなら出来るでしょう。とても楽しみです」
ちっ! 本当この二人性格悪いな。
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