第18話 孤児院 ~転機となったのは その4~

「ようやく片がついたな」

「まさかこんなに動き回るハメになるなんて……ルイス様が鬼畜過ぎる……」


 心身共に疲弊する俺とは違い、ルイス様はすっきりした表情だ。一仕事を終えたとばかりの顔だ。


 あの日、死神グリムリーパーことエマを助けたいと言った俺に、ルイス様はとある条件を突きつけてきた。彼女を囲っている人身売買組織を潰せというものだ。元を絶たねば普通の女の子として生きることはできないと言われれば、手伝わない訳にはいかない。


 あの七人組の誘拐犯もこの人身売買組織の末端だったらしい。あの後、リーダー格のスキンヘッドの男も捕らえ、最終的には組織の本拠地である王都まで行くこととなった。


 保護した子供はエマを含めて四人。まだ幼い子供もいた。調書によると、孤児を連れてきてはエマのように暗殺者として使っていたそうだ。足がつかないうえに、使い捨てることができるからと……腹立たしい話である。


死神グリムリーパーも含め、保護した子供達は明日には孤児院へ来るはずだ。拾ったからにはちゃんと面倒を見るんだぞ?」

「犬猫みたいにいわないでれますか。俺がきちんと育てますんで」

「ふっ、まるで親のようだな」


 ルイス様とエマの間に割って入ったあの時、エマは俺に気付いてギリギリで振り抜くナイフを止めた。初めて無表情が崩れ、動揺した顔を見せた。その顔は年相応のもので、とても冷酷な暗殺者には見えなかった。あんな顔を見せられたら放ってはおけない。


「……というか、今回の件、全て計算済みなんでしょう?」

「はて、計算とは?」


 あーもう、この笑顔マジでうさんくさいわ。本当末恐ろしい……いや、今でも十分恐いか。


「はぁ……あの時、子供に弱い俺が止めに入ったことですよ。あと、子供を助けるためなら組織を潰すのにも手を貸すことです。本当は誘拐犯よりも組織を潰す方が目的だったんじゃないすか?」

「さすがの俺も、あの場に死神グリムリーパーがいたのは想定外だ。あいつがアシュトンに対して敵意がなかった事も驚いたな」


 それ以外は否定しないって事は、当たりという事ですか……。俺もルイス様のこと分かってきたなぁ……。


 ルイス様が言ったように、よく分からないがエマは俺に気を許していた。軍の人から調書された時も、俺から離れようとしなかったのだ。蒸しパンをもらったのがよほど嬉しかったのだろうか。餌付けみたいだな……。


「でもまさか王都まで行くなんて……何だかんだで騒ぎを聞きつけた軍が駆けつけてくれて助かりましたよ。流石にたった二人で人身売買組織を潰すのは無謀ですって」

「ああ、軍には事前に情報をリークしておいたんだ。もう少し早く来ると思ったんだがな」


 …………前言撤回。軍が駆けつけたのもこの人の仕込みかよ。やっぱルイス様のことを知るにはまだまだ無理だった。


「だがこれで軍へ入った後、舐められる事はないだろうな」

「はっ……? 軍へ入る? 誰が??」

「言ってなかったか? 半年後の十五の誕生日に合わせて士官学校に入るんだ。それに合わせて俺とモーリスは王都の別邸へ移る。子供だとか次期公爵だとかでいちいち絡まれるのも面倒だからな。今回の件は良い箔付けになっただろう」


 えっ…まさかそっちが目的? 散々人のことを手の上で転がしておいて箔付けが目的っ?


 もうやだ……もう恐い……この人、どこまで頭が良いんだよ。




◆◆◆◆◆




 エマ達が孤児院にやってきてすぐの頃は、普通の生活というものに中々馴染めず、それはもう警戒していた。最年少の子でさえ獣のような目で威嚇するありさまだ。大人しく言うことを聞くのは食事の時くらいである。まぁ、ハンナの飯は美味いからな。


 四人の面倒は基本的に俺が見ていた。普通の暮らし方を教え、文字の読み方も教え、やってはいけない事を根気強く教えた。ケンカをすれば両成敗でげんこつもした。あいつらのケンカ……軽い殺し合いだからな……。


 数ヶ月が経つと、孤児院での生活にもそこそこ馴染んだようであった。そう簡単に手が出ることもなくなった。


 最年少のブリジットは、ハンナに懐いて料理の手伝いをするようになった。院長先生にも懐いて、よく膝の上に乗って本を読んでもらっている。


 ブリジットの2つ上のイザークは、ニックの作業を楽しそうに手伝っている。年相応に悪戯もするようになり、アデルに叱られることもしばしばだ。


 残るエマとディルクはあまり変化がみられない。


 エマは少しなら喋るようになったが、相変わらず表情が動くことはない。対してディルクは、笑顔の裏にすべてを隠してしまう。この二人は暗殺者として人を手にかけた事がある分、普通の暮らしからは一線引こうとするのだ。まぁ、四六時中世話を焼いたおかげで、俺には何とか警戒を緩めてくれている。


「……邪魔」

「早い者勝ち~」

「「…………」」

「あー……はいはい、そこケンカしない」


 この二人は食事の席でさえこうしてケンカになりかける。この時はなぜか俺の隣の席を争って睨み合いが始まった。まぁ食事の席で暴れようものならハンナから拳骨くらうからな。


 俺のあとを付いてくるのは可愛い……可愛いのだが、早く他の皆にも心を開いてほしい。単純に二人の将来が心配である。この間なんて、街に買い物に行くから留守番をさせたら、いつの間にか俺の後を付いて……いや、あれは尾行だな。離れがたいほどに好かれたのは嬉しいが、本気の尾行は怖いからやめてほしい。


 さらに一ヶ月ほど経つと、ディルクは他の者とも接するようになった。中でもアデルと一緒にいることが多く、よく中庭で模擬戦をしている。男同士ちゃんばら遊びが楽しいのかもしれない。……ちょっとハイレベルだが。二人で切磋琢磨しあっている。


 エマの方はと言うと、いまだに俺以外とは距離を置いている。時々夜にうなされている事からすると、犯罪組織で受けた心の傷がまだ癒えないのだろう。


「エマはなー……長くあそこに居たみたいだし。俺が会った時にはもうあんな感じだったよ。笑ったのなんて見た事ないもん」

「そっかー。う~ん、笑えるようになればいいんだけどなぁ」


 珍しくエマが俺から離れている間、ディルクが色々と教えてくれた。ディルクも心の傷があるだろうが、あまりにも普通に話すのでちょっと驚いた。


 俺が頭を抱えてエマの育て方に悩み出すと、ディルクはじっとこちらを見据えた。


「………アシュって、素で善人だよなぁ」

「なんだそれ? 俺だって悪いことくらいしてるぞ。ハンナにばれないようにつまみ食いしたりとかな」

「あはは、なんだよそれ。ま、エマも俺も……ブリジットやイザークだって感謝してるって話し」


 突然訳の分からない事を言われたが、ディルクは楽しそうに笑っている。作り笑顔ではない。心からの笑顔だ。


 それにしても俺が善人とは……。善人というのは院長先生みたいな優しい人だろうに。


「子供の面倒見るのは当然だろ。感謝されるような事はしてないって。新しい生活に慣れるため頑張ったお前らの方が偉い」


 わしゃわしゃと頭を撫でてやるとディルクは恥ずかしいのか口をむにむにと動かした。こういう表情も出来るようになってよかった。


 そんなある日、ルイス様が孤児院へとやってきた。モーリスは王都への引っ越し準備で留守番らしい。いつもなら俺の後をエマが引っ付いてくるのだが、エマはルイス様が苦手らしい。一瞬で身を隠してしまった。


「アシュトン、卒業まで半年を切ったが……どうするのか決めてるのか?」

「あ~……もうそんな時期かぁ。うーん……エマ達のこともあるから、街で働きながらしばらくはここに通おうかなぁ」

「子供達は大分ここに慣れたようだが?」


 俺が答えられずに悩んでいるとルイス様は、ニコリと満面の笑顔を見せた。その笑顔に一抹の不安が過る。


「実はな、アシュトンに合う働き口を用意したんだ。院長先生にも許可は貰っている」

「……はい?」


 俺本人は初耳なのだが。しかもこの笑顔……マジで嫌な予感しかしない。


「アシュトン、君には俺の元で働いてもらう。二週間後、一緒に王都へ行くから準備しておくように」

「…………………はああぁぁぁっっ!?」


 俺の大声は孤児院中に響き渡ったことだろう。こんな大声出したのなんて、生まれて初めてだ。


 有無を言わさず契約書を渡された俺は絶句した。


 与えられた仕事は庭師。だが業務内容がおかしい。庭園の整備なんかはいいとして、情報収集・潜入・戦闘なんでもこなす使用人とはいったいなんなのか。


 この時になってようやく分かったのは、俺への教育は全てこのためだったという事だ。怖い……年下なのに怖い……怖すぎる。


 余談だが、俺が孤児院を強制卒業して二年後、エマがルイス様に雇われたとかで突然王都へとやってきた。


 今ではアデルは近衛である第一部隊の隊長補佐、ディルクはルイス様の第二部隊の副隊長。いったいどこまで計算して俺たちを教育していたのか。ルイス様の策略には一生勝てないと思う……。





 さらに余談だが、エマが雇われた経緯は意外だった。


「おい。……私も雇え」

「へぇ、俺を避けていたと思ったが……どこかで話しを聞いていたな」

「……私なら戦える。アシュには出来ない事も出来る」

「まぁね。アシュトンに殺しは出来ないだろうね。人が良すぎるからな」

「だから私がやる。雇え」

「物騒な話だな。うちで働くなら表向き使用人の仕事が出来ないと無理だよ。その言葉使いも直さないとな」


 俺がルイス様の使用人に強制任命されたあの日、エマが自分からルイス様に直談判した事はつい最近まで知らなかったのである。

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