第17話 それぞれの役割

 王都へと戻ったルイスは、セシリアを屋敷に送り届けるなり、そのまま仕事へと行ってしまった。やはり『王家の秘宝』の件で忙しいらしい。


 そんな中でもしっかり行ってきますのキスは欠かさない。使用人の前だろうと、どんな時でも甘過ぎるルイスには少し困ってしまう。


「無事に取り戻せるといいのだけど……」

「大丈夫ですよぉ~。ルイス様が自ら前線に出るそうですので~」


 セシリアの不安を掻き消すように明るい声で答えたのはエマだ。ルイス達の急ぎの帰宅に合わせて、エマとアシュトンも休暇を切り上げて戻ってきたのだ。


「ルイス様はお強いから大丈夫だと思うけど……危険はないのかしら」

「ルイス様率いる第二部隊と、王太子様率いる第一部隊で共闘するそうですよぉ~。『王家の秘宝』を王族が取り戻したという建前を作っておくそうですぅ~」


 もちろんそれもルイスの策であった。表向き名の知れたレスター商会を、軍が潰したとなると外聞が悪い。裏競売という名目だけでは決め手に欠けるとの判断だった。


 『王家の秘宝』が長年行方不明という事実を公にすることは出来ない。そのため、つい最近『王家の秘宝』が盗まれたというテイで動くことになったのだ。


 『王家の秘宝』を不当に所持したという理由があれば、堂々とレスター商会を潰せる。王族自ら奪還すれば、面目も立つし市民へのパフォーマンスともなる。


 これを孤児院で聞いた者達が、僅かな間に練られた綿密すぎる計画に戦慄したのは言うまでもない。


「本当は私も暴れたかったですぅ」

「ふふ、エマが強いのは知っているけど今回はルイス様達のお仕事なのでしょう」


 セシリアに宥められるが、エマの仏頂面が直ることはない。本当ならば、セシリアを狙うゴドウィンを自らの手で捕まえたいのだ。


「まぁ、私の代わりにルイス様がぶちのめしてくれると思いますけどぉ~」

「そうね。ルイス様ならきっと無事に指輪を取り戻して下さるわ」


 二人の話は微妙にかみ合っていない。セシリア本人は自分が秘かに狙われているとは知らないのだ。


「紅茶でも淹れて一息つきましょうかぁ。お菓子も持ってきますぅ~」

「あら、それならエマも一緒にお茶をしましょう。エマの家族とはあまり話せなかったから色々聞きたいわ」

「ぜひともご一緒させて下さい! やったぁ、セシリア様とお茶ぁ~♪」


 狸じじいをぶちのめせないのは癪だが、そちらはルイスに任せるとしよう。自分はあくまでセシリアの専属メイドだ。セシリアが心穏やかに過ごせるようにするのが役割なのだ。


 エマはセシリアと楽しい楽しいお茶会をするべく、心を弾ませてキッチンへと向かうのであった。



◆◆◆◆◆



 時同じくして、軍の執務室では戻ったばかりのルイスが忙しく書類に目を通していた。


「隊長、指輪はレスター商会の地下倉庫に入りました。潜入しているジャン先輩からも『王家の秘宝』で間違いないと裏付けが取れています」


 ルイスに状況を報告してきたのは、新人隊員のロイドだ。連日の忙しさに忙殺されているらしく、目の下にはうっすらとクマが出来ている。


「よし。潜入しているのはジャンだけだな?」


 この問いかけにロイドは分かりやすく目を泳がせた。それを見たルイスが険しい目を向け、先を促すように無言の圧力をかける。


「あの………ディルクさんも行ってしまいました。あと第一部隊隊長補佐のアデルさんも……」

「………あいつらっ!」


 今回の件は、どうしても潜入が必要であった。指輪が本物か、突入時はどこに指輪があるか。内部情報が不可欠だったのだ。


 ルイスは休暇中ということもあり、どの部下の手が空いているか正確に把握出来なかった。そのため、副隊長であるディルクに『適した人物を』とだけ指示したのだ。それを楽しいことが何より大好きなディルクは、都合よく解釈しやがったらしい。


 一瞬にして冷気を纏ったルイスにロイドはビクリと身を震わせた。憐れな新人は、条件反射ですぐに頭を下げる。


「すみませんっ! 止められませんでしたっ!」

「はぁ……構わない。だいたいお前が悪いわけではないだろう。第一部隊の方にも俺から伝えておく」


 ルイスは溜め息をつきつつも、戦闘力の高い自由人二人を思い浮かべた。ディルクとアデルが潜入したのなら、指輪の確保はまず問題ないだろう。むしろ引っ掻き回して面倒が増えないかが心配だ。


「あの……隊長。ディルクさんからこれが届きました」


 ロイドがおそるおそる差し出してきたのは一通の招待状であった。ルイスが訝しげにしながら封を開けて中を開ける。どうやら裏競売の招待状らしい。


「あいつ……俺へのご機嫌取りのつもりか」


 勝手したことを怒られないよう、しっかり手柄をあげてくる辺りはさすがである。しかも、招待状を手に入れるほど深く入り込んだらしい。たった数日で何をしたのだろうか。頭の中では、優秀ではあるが問題児でもあるディルクが楽しげに笑っていた。




◆◆◆◆◆



 一方、嬉々としてレスター商会へ潜入したディルクは、商会長ゴドウィンの傍へ控えていた。


 数日前に馬車ごと襲撃されたゴドウィンを助けたことが雇われたきっかけであった。数人のごろつきをあっという間に倒したディルクの腕をたいそう気に入り、自らの護衛として召し上げたのだ。


 もちろん目的のためには手段を問わないのがディルクである。ごろつきを雇ったのもディルク本人であった。巧妙な自作自演で上手くゴドウィンの懐へ入り込んだのだ。別口で潜入したジャンなど、ゴドウィンの傍に余裕の笑みで控えるディルクを見て驚いたことだろう。


「会長~、競売の時は俺も会場の警備に出た方がいいですか?」


 ディルクは、葉巻を吸うゴドウィンへと話しかけた。黒い革張りのチェアには、いかにもな感じの肥えた男が白煙を吐き出していた。


 馬車が襲われてからのゴドウィンは、身の危険を感じたのかディルクを常に傍に置いていた。いつもは夜ごと金で買った女を連れ込んでいた奴が男と二人きりなど、随分な変わりようである。


「ふむ……会場で何かあっても困るからな。お前なら万が一騒ぎが起こっても鎮められるだろうて」

「ご期待を裏切らないよう頑張ります。当日は係員に紛れるので、俺にも服貸してくれますかー?」

「そうだな。準備しておこう」


 ゴドウィンの言葉にディルクは愛想の良い笑みを浮かべた。心の中では、「係員に紛れて隊長のところに行ったら楽しそ~。絶対やろう♪」などと考えていた。


 ディルクはこの潜入を非常に楽しんでいた。元暗殺者のディルクにとって、現場仕事は楽しいことこの上ない。危険であればあるほど、生きている実感が出来るというものだ。


 今回も当日にもっと楽しくなるために、ここへ来たくらいだ。そのためにはあの噂の真偽を確かめねばならない。ディルクは相手に合わせるような話題をさりげなく口にした。


「キレイなお姉さんが見られるのは楽しみだなぁ。仕事しながら目の保養が出来るってお得ですよね~」

「本当にお前は自由な奴だな。見ていて爽快だな」


 そう演じてるからね~、と内心で笑いながらディルクは慎重に少しずつ話題を誘導していく。


「そういえば知ってます? どっかの貴族令嬢が超美人らしいですよね。何でも女神に例えられる美貌だとか」


 ディルクの言葉にゴドウィンはニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「フェーンベルグ公爵の縁者の女だな。儂も噂しか聞いてはおらんが大層な美人とのことらしい……お目にかかってみたいものだ」

「え~、会長ほどの人なら公爵の縁者だろうと簡単に会えちゃうんじゃないですかー?」

「手に入れられないかは考えているさ。噂によると身体つきも中々に素晴らしいらしいからな……ぐふふっ」


 ディルクは、上手く誘導できたことにほくそ笑んだ。アシュトンの言った通り、セシリアに興味があるのは間違いなさそうだ。兄貴分の情報網に感心しながら、ディルクはさらに切り込んでいった。


「女神を抱くなんて神への冒涜ですよ~」

「ふん、女神がどんな声で啼くか楽しみでならんな。ぜひともベッドでじっくりと可愛がりたいもんだ」


 エロじじいという言葉がぴったりな下卑た笑みを浮かべるゴドウィンに、ディルクは適当な相槌を打った。


――言質はとーれたっと。これで一斉摘発は楽しいことになりそうだなぁ。


 あとはルイスへこの情報を送るだけである。あの絶対強者がブチ切れる様は、さぞや楽しいことだろう。この気持ち悪いエロじじいがどんな目に合うか今からとても楽しみである。


 ディルクは、地獄絵図となるのを楽しみにしながら競売の情報と共にゴドウィンの思惑も上司へと懇切丁寧に密告した。


――報告・連絡・相談。これ大事だからね~。さて、早く当日にならないかなぁ♪

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