第18話 魔王、商会を潰す

 裏競売が開催される当日、ルイスは全体の指揮を任されていた。本来なら王太子殿下が指揮するはずだったのだが、彼は変装して一足先に会場へと潜入している。ディルクがよこした例の招待状を使用してのことだ。


 この王太子殿下というのが、どこかのお気楽副隊長を彷彿とさせるような自由奔放な方で、ルイスや第一部隊の隊長が説得するのも聞かず、自らが潜入すると言い張ったのだ。次期国王が最前線に出ていってしまうとは誰が想像しただろうか。付添人に扮した護衛が憐れでならない。


「意外と人が多いな」

「貴族までいやがったぞ。こりゃ後処理は大変だ」


 窓辺でレスター商会の出入りを見張っていた部下からそんな声が聞こえてくる。


 裏競売の会場であるレスター商会は、王都でも大商店として賑わう店だ。人通りの多い立地にも関わらず、閉店後の店に競売参加者が次々と入っていっても不信感は持たれていないようだ。おそらく商品の搬入とでも思われているのだろう。


 ジャンからの事前報告では、開催時間は二時間ちょっと。懐中時計を確認すれば、客の入りが落ち着いてから三十分ほどが経過している。招待客もあらかた揃った頃だろう。


「よし、そろそろ頃合だな」


 ルイスの呟きに部下達が一斉に動き出す。


 第一部隊・第二部隊を率いて待機所を出たルイスは、手早く指示をしてレスター商会の出入り口全てを封鎖していった。突如現れた大勢の軍人に、行き交う人々が不安そうな目で足を止める。そちらまでは手が回らないので市民を規制するのは第四部隊に依頼してある。


 予定通り包囲網が整ったのを視認したルイスは、よく通る声で突入の狼煙を上げた。


「では行くぞ。殿下の安全が最優先だ」

「「「「 はっ!! 」」」」


 押し入るように中へ入ると、すぐに数人の見張りがルイス達の行く手を阻む。部下が制圧しようとするのをルイスは片手を上げて制した。自分がやるという合図だ。


 ダガーナイフを問答無用で振りかざしてきた相手に、ルイスは最小限の動きで回避した。相手がたたらを踏んだ隙に、足を払い地にねじ伏せる。腕を買われた見張り役もルイスが相手ではまるで勝負にならなかった。


「こいつら全員拘束しておけ」


 ものの数分で数人の見張りを制圧したルイスは、部下にその場を任せ、競売場のある地下へと進んでいった。その後ろに多くの軍人が付き従う。


 やがて階段を下りきったところで重厚な扉へと行き当たった。この先が裏競売の会場だろう。


 今のところ、ディルクやジャン、アデル達からの接触はないが、彼らほどの腕なら突入に気付いているだろう。フッと一瞬だけ笑みを浮かべたルイスは重厚な扉を勢いよく開け放った。


「動くなっ! 王家への反逆、および国宝の不法売買の罪で拘束する!」


 会場は突然の乱入者にシンと静まりかえった。


「行け。全員逃すな」

「「「「 はっ!! 」」」」


 指揮官の指示で軍人達が会場へとなだれ込む。そこでようやく自体を理解した参加者達は、一気に混乱へと陥った。後ろめたい事がある者こそ血相を変えて逃げていく。実に分かりやすい。


 その騒ぎの中、王太子殿下を探す。すぐに見つかった彼は、護衛――第一部隊の隊長とその部下――を従え、悠然とした笑みでステージの方へ向かっていた。よく見ればアデルもいる。あれなら手を貸す必要はなさそうだ。


 そう判断したルイスは、別の人物を見つけるべく、混乱の中に視線を凝らす。すると、背後に人が近寄る微かな気配を感じた。ルイスは、振り返らずにその人物へと声をかける。


「ディルク、随分と楽しそうだな?」

「あれ、気配消したのにバレちった~」


 現れたのは自由人1号のディルクであった。潜入していたためか、会場の係員に扮している。


「あんまり驚いてくれないんですね。ちぇ~、せっかく服まで借りたのに」

「遊んでないで仕事をしろ。関係者として拘束してもいいんだぞ?」

「へーい。『王家の秘宝』は舞台袖にあります。アデルが殿下と合流して奪取する予定です」


 そんなことは見れば分かる。そう言うかのようにディルクを一瞥する。凍てつくほどの殺気を向けられたディルクは、自分の想定した楽しい展開になっていることにほくそ笑んだ。


「うんうん、俺の報告はお気に召してもらったようですね。いやぁ、頑張った甲斐があった」

「やはり潜入したのはそれが目的か」


 二人は余裕で話しているように見えるが、その最中にも雇われ警備員を数人返り討ちにしている。近くで客を取り押さえていた隊員が、二人の強さを目の当たりにして畏怖の視線を投げかけてくる。


「隊長のお目当てはあそこですよー。さっき外から鍵かけといたんで、すぐには逃げられないはずでーす」


 ディルクが指をさした先は、会場を見下ろせる位置に作られた特別席であった。そこには、いかにも裕福そうな格好をした初老の男が青ざめた顔で会場の混乱を見下ろしている。彼こそルイスが探していたレスター商会の狸じじい、ことゴドウィンだ。


「女を侍らせて高みの見物か。悪趣味で救いようがないクソじじいだな。あそこから蹴落としてやる」

「いやいや、殺すのだけはやめて下さいよー」

「…………」

「ねぇ、聞いてます? そんな事して隊長が捕まったら、セシリアさんと結婚なんて出来ませんからねー」


 去りゆくルイスから盛大な舌打ちが聞こえたような気がした。あの人なら完全犯罪をやってのけそうだ。ディルクはそう思いながらも追う事はしなかった。


「いやー、予想以上にブチ切れちゃったなぁ。ご愁傷様~」


 ディルクは特別席で慌てふためくゴドウィンを見上げ、唇を弧に歪めた。あそこはもうじき会場より混沌とした場所になるだろう。


 バサリと上着を脱ぎ捨てたディルクは忍ばせていた副隊長の記章を襟元に身に付ける。一応第二部隊の所属だと目印を付けておかなければ、うっかり敵と認識されかねない。


「さ、そんじゃ~俺も久しぶりに暴れるとしますか♪」


 そうして楽しげに笑ったディルクは、混乱の中へと静かに消えていった。



◆◆◆◆◆



 翌日、王都では号外が街中を駆け巡っていた。


『王家の秘宝を盗んだレスター商会会長・ゴドウィンを逮捕。王太子殿下の見事な活躍で無事取り戻す』


 王太子殿下の華麗な捕り物劇は大きな話題となっていた。現場を目撃していた市民の話もあり、噂は瞬く間に広まったのだ。


「いやぁ、隊長が捕まったって号外が出なくて良かったね~」


 第二部隊の執務室で号外を楽しげに眺めるのはディルクだ。


 レスター商会の建物内の立ち入り調査など、表向きの後始末は第一部隊が請けおう事となった。ディルク達第二部隊は、指輪の入手経路など裏側の処理を任されている。


「…………ゴドウィンがボコボコにされてたのを見たんですけど」


 向かい側にいたロイドが怖々と口を開く。外で見張りをしていたロイドは、連行されるゴドウィンが憐れなほどに叩きのめされていたのを目撃していた。顔の形が変わるというのはああいう事を言うのだろう。


「隊長には例の噂の真偽を伝えただけなんだけどなぁ。やっぱり隊長はセシリアさんにベタ惚れなんだね~」

「ディルクさん……その噂って……」


 ロイドは嫌な予感をひしひしと感じた。ディルクがとてつもなく良い笑顔なのが恐ろしい。


「やっぱりアイツ、セシリアさんを欲しがってたみたいでさ。『ベッドでぜひとも可愛がりたい』なんて気持ち悪い世迷い言を言ってたから、一言一句そのまま隊長に伝えておいたんだー」

「ひぃ! ディルクさん、そこはもう少しオブラートに包みましょうよ!」


 えへ、とディルクが可愛らしく笑う。どう見ても悪魔の微笑みにしか見えない。


 その件については、孤児院でアシュトンが爆弾を投下したがために、ルイスのブリザードが凄まじかったのをロイドはよくよく覚えていた。『軍の隊長が殺人』なんて号外が出なくて本当に良かった。


 ちなみにそのルイスは、王太子殿下や第一部隊隊長との話し合いでここにはいない。


「突然書き置きを残していなくなるなんて血の気が引きましたよ。普通隊長が不在なら副隊長のディルクさんがいないとダメじゃないですか」

「敬愛する隊長のために情報収集しとこうかと思ってねー。もう、俺ってば健気~」


 ロイドはディルクの言い分に気が遠くなった。絶対にディルクは、ルイスがゴドウィンをぶちのめすのを見たかっただけだろう。そのためにゴドウィンの懐へ潜入したに違いない。やり方がエグいあたり、悪魔の呼び名は伊達ではない。


「セシリアさんに手を出そうとするエロじじいが悪いよね~」

「それもそうですけど、『王家の秘宝』を競売にかけようとするのもマズイですよ……」


 そう口にしながらも、ルイスの大義名分はディルクの言う方が正しいだろうと納得する。


「ま、あれだよ。『魔王を怒らせるべからず』ってやつだね~」


 声を出して楽しげに笑う上司を見て、ロイドも同感だと思った。そして『悪魔にも要注意』と心の中で新たな教訓を深く胸の内に刻み込んだ。

 

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