第5話 お茶会

 仕事へ行くルイスを見送ったセシリアは、お茶会の準備が整うまで部屋で読書をして過ごした。ランチも兼ねられるよう、お茶会はお昼頃に行う予定であった。


 時間になり、コニーが呼びに来て案内された先では既にグレアム達が待っていた。


「今日は曇りだからちょっと残念だなぁ」


 グレアムの言葉はもっともである。二人に連れてこられたサロンは、王都の別邸にもあるサロンとそっくりであった。


 サンルームと一体化した温室のような広々とした空間。ガラス張りで光をたくさん取り入れる設計がなされているのも同じだ。甘い香りがほのかに香るのは、飾られている白百合からだろう。


 聞くところによると、このサロンを気に入った数代前の夫人のために、当時の当主が別邸にも同じようなサロンを作らせたそうだ。


 唯一残念なのは、グレアムが言ったように本日が曇天であることであった。


「でも少しは明るいから良かったわ。雨よりはマシよ」


 うふふ、と美しい笑みを浮かべるレベッカはポジティブ思考である。


 三人は、より明るさを求めるように窓際の席へと座った。グレアムが一人掛け、レベッカとセシリアは隣同士でソファへと腰掛けた。


 ガラス細工の美しいテーブルには、香り高い紅茶とサンドイッチやお菓子などが並べられる。


「やはり女性が増えると華やかでいいね」

「本当ね。ルイスは大人びていたから子供の時からお茶会に付き合ってくれなかったし」


 レベッカの言葉にセシリアの好奇心が刺激された。子供の頃のルイスの話を聞くならば、この二人ほどの適任はいないだろう。


「あの……ルイス様はどのようなお子様だったのですか?」


 セシリアの問いに二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。その様子は、悪戯を企む子供のようにも見えた。


「いいね。本人もいないし、ルイスの話をしようか」

「ふふふ。あの子はね、とーっても手のかからない子だったの」


 楽しそうに語り出した二人に、セシリアは少しドキドキしながら耳を傾けた。好きな人の幼少時なんて気になってしまう。


「一人息子だったから跡取りとしてそれなりに勉強させなくてはいけなかったんだが……」

「ルイスは全部さらりとこなしていったのよ。優秀過ぎて家庭教師の方が音を上げたくらいなの」

「まぁ、それはすごいですね」


 セシリアは驚きつつも、何となく想像がついてしまった。可愛らしい子供時代でも今のように何でも出来たに違いない。


「ああ、でも剣はさすがに一朝一夕では強くなれなくてね。私に負けて涙目になってたよ」

「懐かしいわね。確か……三歳くらいの時かしら? それから毎日必死に素振りしてたわよね」

「そうそう。大人用の模擬刀を使うものだから振り上げた瞬間に転んでたなぁ」

「顔を真っ赤にして『見てないよね?』なんて言ってたわよね」


 二人の話からその様子をありありと想像したセシリアは、『可愛い』と思った。父親に負けたのが悔しくて涙目になるなんて……健気で可愛い逸話だ。


「毎日の地道な練習の甲斐があって、十歳辺りからグンと強くなったのよ」

「腕力で勝てない分を上手くあしらったりして……あれは末恐ろしいと思ったね」

「あら、でも未だにあなたには勝ててないじゃない」

「まぁ、お義父様はお強いのですね」


 妻と義理娘の褒め言葉にグレアムは嬉しそうに微笑んだ。その優しそうな外見からは、剣を振るうようには見えない。


「父親としてのプライドがあるからね。でも、そろそろ危ないんだよなぁ」

「あら、そうなの?」

「ルイスは現役の軍人だよ? しかも隊長となれば国でも指折りの猛者だ。対して私は最前線から遠ざかっているからね」


 確かにルイスは強い。囮作戦の時に戦う姿を見たセシリアは、ルイスの圧倒的な強さをよく分かっていた。


 そんなルイスでも苦手なものがあるのだろうかと思った時、ふと気になる事を思い出した。この際だから聞いてみようと思い、セシリアは二人へ問いかけた。 


「そういえば……あの、お聞きしたかったのですが………ルイス様のナス嫌いには何か理由があるのでしょうか?」


 セシリアの言葉に二人は一瞬顔を見合わせた。それから耐えきれないとばかりに笑い出してしまった。


「ははっ、ルイスは随分かっこ悪いところを知られてるなぁ」

「ぷっ………あの子……まだナスが嫌いなのね……くっ……ふふっ」


 ツボにはまったのか笑い続けるレベッカの代わりにグレアムが話し出した。


「理由は特にないと思うよ。小さな時からナスは残してたからね。シェフが巧みにナスと分からないよう調理をしてもあの子は見事に見抜いてね。一時期は、ルイスとシェフの攻防が凄まじかったよ」

「えぇと………今も苦手と言うことは……」

「うん? ルイスの勝ちだね。根負けしたシェフはルイスの皿からナスを消す事にしたみたいだ」


 微笑ましい勝負のような、熾烈な争いのような……判断に迷い返す言葉がなかった。何だか少し前に人参を嫌がっていたジーンのようだ。


「あの子は、とっても頑固なのよ。軍に入るのだって勝手に決めちゃったんだから」

「え、そうなのですか?」

「びっくりするでしょう。十五の誕生日と同時に王都に行っちゃったのよ」

「私達には『軍に入るので別邸へ引っ越します』っていう一言だけ。全く気付かなかったよ」


 二人は当時を思い出し呆れたように溜め息をついた。それほど突然で驚いたのだろう。


「それからは中々帰ってこないし、いつの間にか隊長にまでなってるし」

「それだから、ルイスがここで過ごしたのは結局十五になるまでだね。私達も帰ってくるものだと思ったから部屋も子供の頃のままだし」


 ルイスが幼少時代を過ごした部屋……何となく見てみたいと思ったセシリアに、レベッカが上品に微笑みながら声をかけてきた。


「気になるのなら、せっかくだから見せてもらいなさいな。セシリアちゃんの頼みなら喜んで見せてくれるわよ」

「いえ、さすがにそれは……そんな恐れ多くてお願いできないです」

「大丈夫よ。あ、でもルイスのことだからセシリアちゃんに何かしそうで危ないわね」


 レベッカの冗談めかした言葉に、セシリアは昨夜の出来事を思い出した。見るからに大人の色気を漂わせたルイスにベッドへ押し倒されたのだ。


 カーッと、どんどん頬を赤く染めていくセシリアに二人はピンときた。


「あらぁ、もしかして既にルイスが何かしたのかしら」

「我が息子ながら堪え性がないな」


 ルイスがセシリアを溺愛しているのは二人もよく分かっていた。本邸に来てからだけでもものすごい溺愛っぷりを見せつけられている。


 初心な反応をするセシリアを見て、レベッカが困ったように首を傾げた。


「セシリアちゃん、多少大目に見てあげないと………初夜が大変よ」

「えっ……?」


 いきなりの話題にセシリアは驚きを隠せなかった。初夜……言葉の意味は知っている。結婚後、夫婦で過ごす初めての夜。


 しかし、セシリアは言葉以上の意味を知らなかった。普通であれば、貴族令嬢なら母や乳母もしくは侍女からある程度の知識を教えられる。だが、セシリアには教えてくれる人がいなかった。


 それゆえ、セシリアはレベッカの言う話がいまいちよく分からなかった。夫婦になれば寝室を共にする程度にしか理解がないのだ。


「貴族って無駄に初夜を神聖化するでしょ? 私もね、育ちのせいでそう思ってて。それに若い頃は恥ずかしくて。でもそのせいでグレアムったら」

「おやおや、そんな昔のことを言うのかい。まぁ、きみは恥ずかしがり屋で奥ゆかしかったからね。そこが可愛かったんだけど」


 二人は見つめ合って楽しげに笑っている。そこはかとなく桃色の雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか。


 初夜の話でこの空気になるのが分からなかった。不思議そうにするセシリアを見たレベッカは、さらに赤裸々な言葉を続けた。


「とにかく男に我慢させると後が大変なのよ。初夜の後は足腰立たな――」


 レベッカが恥ずかしげもなく自分の体験談を話し出した時、サロンの扉が大きな音を立てて開いた。


「母上っ! セシリアに何て話を聞かせてるんですかっ!」


 そこにいたのは怒れる姿のルイスであった。急いで帰ってきたのか珍しく息を切らしていた。あまりの剣幕にセシリアは動揺してしまったが、親ともなると余裕の対応であった。


「あら、帰ってたの? おかえりなさい」

「おやおや、もうそんな時間か」


 悪びれもしない両親にルイスは鋭い目を向けなながらセシリアの傍へと歩み寄った。


「ルイスがいかに我慢してるのか教えてあげようと思って。ほら、経験者の話はためになるでしょ?」

「そうそう。男なんて所詮愛しい女性には――」

「両親の色情的な話なんて心底どーでもいいんですよっ!」


 親子三人で言い合いを始める中、セシリアは一人蚊帳の外であった。今の話のどこに色情的な要素があったのかも分かっていない。


「セシリアには俺が教えるのでいいんですよっ!」

「おや、ルイスはそういう趣味か」

「やだぁ、自分好みに育て上げる気ね」


 ああ言えばこう言う口達者な両親にルイスの怒りのメーターもぐんぐん上がっていく。心を落ち着かせるように大きな溜め息をつくと、ルイスは早口に話し始めた。


「セシリアはもう十分に俺好みです。仕事から帰れば嬉しそうに出迎えてくれて、数日会えないと寂しそうにしてくれるんですよ。可愛くて、心優しくて、世界一愛らしい自慢の婚約者です」


 なぜか突然褒め殺してくるルイスの言葉に、セシリアは耳まで赤くなった。穴があったら入りたいとはこういう気分なのだろう。


「ルイス様、お義父様とお義母様の前でやめて下さい……」


 絞り出すように懇願するも、なぜかルイスは真剣な表情で切り返してきた。


「セシリアの愛らしさなら永遠に語れるんだが?」

「いえ、お願いですから絶対にやめて下さい」

「そうか? それなら二人だけの時に語るとしよう」


 セシリアはいたたまれず手で顔を覆い隠した。ルイスはといえば、恥じらうセシリアを愛しげに見つめている。


 二人の世界を醸し出すルイス達を見て、グレアムとレベッカはニヤニヤしていた。幼少時からクールな息子の溺愛っぷりは見ていてとても楽しい。義理娘の初心で可愛らしい様子は見ていてとても癒される。


 ルイスの乱入で可愛い義理娘とのお茶会はお開きとなりそうだが、グレアム達はいいものが見られたと満足そうに微笑むのであった。

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