第4話 賑やかな二日目の朝
ルイスの実家へとやってきた二日目の朝。セシリアは、嬉しい再会を果たしていた。
「セシリア様……本当に……うぅ……よくぞご無事でぇぇ………うわぁぁぁん」
「もう、コニーったら。いい加減泣きやんでちょうだい」
身支度の手伝いをしにきたのは、コニーという若いメイドであった。実は、セシリアはコニーと面識がある。
それもそのはず、彼女はセシリアが記憶喪失になるきっかけとなった事件の際に、共に街へ出掛けたメイドなのだ。
セシリアは記憶を取り戻してからずっと、このコニーの事が気になっていた。勝手にコニーから離れたせいであの事件が起きたのだ。自業自得なのにコニーが責められていないか心配であった。責任感に苛まれているかもしれないと思い、一目会って謝りたいと考えていた。
記憶を取り戻し、囮作戦を控えながら屋敷中を探した。しかし、どこを探してもコニーは見当たらなかった。
ルイスが忙しそうだったため、モーリスへ聞いてみたところ、コニーは自分の不甲斐なさを重く受け止め辞職を願い出たらしい。しかし、ルイスはそれを認めなかった。話し合いを重ね、コニーは本邸へ異動する事で何とか納得したそうだ。
「またコニーに会えて嬉しいわ。ここにいる間、お世話になるわね」
「は、はい! はいぃ! ………うぅ……セシリアさまあぁぁ……」
そんな訳で今回の滞在でようやくコニーとの再会を果たすことが出来たのだ。コニーは本邸への滞在中、セシリアの専属メイドとなっている。気心が知れた相手なのでセシリアとしては嬉しかった――のだが、ここまで泣かれると何だか申し訳ない気持ちになってしまう。既に再会した直後に、わんわん泣かれたのだが今もずっとこの調子である。
「えぇと……コニー、もうあの事は忘れましょう」
「そんな……無理ですぅぅ。わ、私のせいで……」
コニーがずびっと鼻をすすりながら唇を噛みしめた。それを見たセシリアは苦笑してしまう。
「もう何ともないもの。後遺症だってないし……ほら、傷跡だって分からなくなったのよ」
セシリアがそう言うと、コニーはセシリアの胸……もとい、傷跡をガン見した。今では縫合した跡も薄くなり、よく見なければ気付かないほど良くなっている。
「ああぁぁ……相変わらずお美しいすべすべお肌。そしてこの魅惑的な谷間……うへへへ……眼福です! ありがとうございますっ!」
「コニー………あなたが変わっていなくて安心したわ……」
傷跡の話だったのだが、コニーはなぜかセシリアの豊かな谷間をガン見して拝んでいる。しかも両手をワキワキさせ始めた。
泣きやんだのはいいが、あまりにもガン見されるので同性同士なのに妙に恥ずかしくなってしまった。セシリアは、さりげなく話を変えようと試みた。
「えぇと……ルイス様をお待たせしてしまうから、そろそろ着替えの続きをお願い出来るかしら」
「ハッ! そうでした!」
仕事モードに入ったコニーは、テキパキとセシリアの身支度を整えていった。公爵家に雇われるだけあり仕事はそつがない。ただ、少々おやじくさいだけだ。
その後、セシリアは迎えに来てくれたルイスに案内されてダイニングへとやってきた。グレアム達と四人で朝食を食べるためだ。
本邸には来客用の広めのダイニングの他に、主人一家が使用するダイニングがある。もちろん今回は身内での食事となるためプライベートの方のダイニングだ。
雰囲気は王都にある別邸のダイニングと似ていた。部屋にあるのは大きなテーブルと暖炉。使い勝手を重視したシンプルさだが、やはり上品な趣があった。
「うふふ。セシリアちゃんの食事は特別仕様よ」
「少食だって聞いてね。見た目にも可愛くプレート形式にしてみたそうだ」
二人の言葉に合わせるようにセシリアの前に配膳されたのは、至れり尽くせりの朝食であった。
ミニオムレツにミニサラダ、焼きたてパンまで可愛いミニサイズ。野菜のソテーは小さくカットされているが不格好ではない。他の三人とメニューは同じだが、サイズは全てセシリア仕様だ。見栄えが悪くならないようワンプレートに盛られているのもよく考えられている。
実のところセシリアは、この滞在で食事のことを憂慮していた。ルイスの両親を目の前に残すなどもってのほかだからだ。作ってくれたシェフにも失礼になってしまう。
驚いて隣のルイスを見れば、パチリとウインクをされた。それだけでルイスが事前に言ってくれたのだと分かった。
「あ、ありがとうございます。シェフの方にもご迷惑をかけてしまい……」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。厨房は楽しんでたみたいだから」
「そうそう。女の子向けのおしゃれなカフェみたいで新鮮だって言ってたよ」
ありがたい言葉にセシリアは恐縮しっぱなしであった。機会があればシェフにお礼を言おうと心に誓う。ルイスにもあとでしっかりお礼を言わねばならない。
「うん、朝から癒されるなぁ」
「本当ね。目の保養だわ」
「父上、母上。あまりセシリアをじろじろ見ないで下さい」
セシリアを見てほんわかする両親に、ルイスは鋭い視線を向けた。
「あらやだ。見られてたら食べにくいわよね」
「いやぁ、義理娘ができて嬉しくてね」
ルイスは朝から頭痛に襲われることとなった。セシリアの一挙手一投足に可愛い可愛いとはしゃぐ両親。これではセシリアの気が休まらないだろう。
「セシリア、うちの両親が本当にすまない」
「えっ?」
「見られてたら食べにくいだろう」
ルイスの言葉にセシリアはきょとんとしている。嫌がっているという感じは微塵もしない。
「いえ、もともと大勢での食事は経験がないので……楽しいものですね」
――天使か……天使がここにいる。
セシリアは、母と死別している。後妻となった継母と異母妹からは冷遇されていた。唯一の肉親である父は仕事を理由に家族を顧みなかったらしい。確かにそんな状況で育ったのであれば、大勢での食事は楽しいと感じるのだろう。
ルイスが密かにセシリアの可愛さに悶絶していると、ルイスの両親が一つの提案を口にした。
「ねぇねぇ、セシリアちゃん。それなら今日は私達と三人でお茶をしましょう」
「そうだね。お義父さんとお義母さんと楽しくお茶をしようじゃないか」
良いことを思いついたと言わんばかりの顔をしている両親に、待ったをかけたのはルイスであった。
「なぜ俺が数に入っていないのですか? セシリア一人であなた達の相手などさせる訳がないでしょう」
ルイスの睨みをものともせず言葉を返したのはグレアムだった。
「ルイスは領内の視察に行くんだろう? 帰ってきたのは久しぶりなのだから仕事が忙しいじゃないか」
「領主代行が同行するなら半分の時間で済みます。お茶の時間くらい作れますよ」
「いやだなぁ。とっくに代替わりしたのだから、ここの正当な領主はルイスじゃないか。私に頼らないでしっかり領民の話を聞いておいで」
グレアムは、のんびりしているようだがルイスには痛い正論ばかり並べてくる。確かに領地に不在がちな領主であれば、こういう機会に顔を見せるのは大事だろう。領主代行に頼るのもあまり得策ではない。ルイスは若い分、親に頼っているなどと甘く見られてしまうからだ。
「それに、街の様子も様変わりしているかもしれないよ。よくよく見ておくとためになると思うけどなぁ」
(訳)「セシリアさんと街にデートに行くつもりなんだろう。新しい店もたくさん出来ているんだ。仕事ついでに下見をしておけばセシリアさんに良いところを見せられるよ」
のんびりしていてもグレアムは、やはりルイスの父である。息子の考えていることなどお見通しだ。そして息子の扱い方も熟知していた。
ルイスもしっかり父の裏の言葉を理解していた。
――セシリアとのデート……。
「ここが今、人気の店だよ」
「まぁ! とても素敵です!」
スマートにエスコートする俺。隣には目を輝かせる可愛いセシリア。
「セシリアが好きそうな店だと思ってね」
「そこまで私の事を考えて下さるなんて……。ルイス様、大好きです!」
うなぎ登りの好感度。惚れ惚れとした瞳で俺を見つめてくる可愛いセシリア。
――ものすっごく良いっ!!
何なんだっ! あんなの可愛すぎるだろっ! 大好きって………くそぅ、セシリアが世界一可愛いっ!!
リアルな妄想を繰り広げたルイスはニヤける口元を隠した。頭の中では世界一可愛いセシリアが微笑みかけてくる。
ちなみに本物のセシリアは、レベッカに勧められてミニクロワッサンを美味しそうに頬張っている。(妄想の中で)セシリアに夢中なルイスとはかなりの温度差だ。
グレアムは穏やかな笑みで妄想に浸る残念な息子を見ていた。チョロい息子はあとひと押しで落ちそうだ。
「そんな訳だから、しっかり仕事をしておいで。一日で終わらせれば残りの滞在はゆっくり出来るだろう?」
ここでもグレアムはルイスの心をしっかり揺さぶった。残りの滞在がゆっくり出来る
もちろんルイスもその意味をしっかり把握した。多少の我慢で得られる幸福は計り知れない。
マイペースな両親の相手をさせるのは申し訳ないが、猛ダッシュで終わらせれば半日程で仕事は片付くだろう。全てはセシリアのため……そうしてチョロい息子は一瞬で落とされた。
「分かりました。セシリアを置いていくのは気が引けますが、最速で片付けてきます」
こうしてルイスを除いたお茶会は、あっさりと決められたのであった。
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