番外編:ロイドの受難

 王都にある国軍士官学校では、十五歳から入隊が認められている。入隊する年齢の上限は決められていないので、様々な年齢の人間が同じ学び舎へと集う。ここで二年ほど基礎を学んだ後、各隊へ配属される仕組みとなっていた。


 ロイドは、十六歳で国軍士官学校へ入隊した。東の地の田舎の村出身だ。村では山賊の討伐や害獣駆除などで山に入る機会が多かったので、人より多少体力はついていると自負していた。


「おらぁ、足が止まってるぞー! 必死で動かねぇと実戦じゃ死ぬぞっ!」


 本日は模擬戦形式の訓練だ。実戦を想定して一対一、一対複数など様々なシチュエーションで訓練をしていた。教官は第四部隊の副隊長が来てくれている。彼は結構熱血的な事でも知られていた。


 この学校は、軍の建物と隣接して作られている。国の優秀な守り手を育てるために、各隊の隊長・副隊長が時々教官を務めてくれるのだ。国の最精鋭である彼らが来ると、学生達の張り切り具合も違うというものだ。


「はっ!」

「……っ!」


 ロイドが同期から一本取った時、ロイドのすぐ横に年若い軍人が現れた。


「キミ、剣を扱い慣れてるねー」


 あまりの突然の出来事にロイドは目を見張った。彼はロイドとそう歳が離れている感じではなかった。ニコニコと楽しそうに笑っている。


――この隊服、騎士学校の生徒ではないよな?


 ポカンと口を開けたまま目の前の人物をさっと観察する。


 国軍士官学校と軍の服のデザインはほぼ同じだ。大きく違うのは色くらいである。生徒ならグレーの服なのだが、目の前のにこやかな軍人は黒の隊服を纏っている。というと、どこかの部隊に属している者だろう。そう思った時、胸元の徽章きしょうが目に入った。


――これっ! 副隊長の徽章きしょうっ! しかも精鋭揃いと名高い第二部隊っ!


「し、失礼致しました!」


 ロイドは慌てて敬礼をした。


 今まで講義で各隊の仕事内容や徽章きしょうについては学んでいる。第二部隊とは、仕事内容こそ極秘のものが多いが、精鋭揃いのエリート集団で知られていた。王族警備の第一部隊と共に憧れを集める隊だ。若き隊長が率いているとは聞いていたが、副隊長もこんなに若い人だったとは。


 副隊長殿は、ロイドの緊張を感じ取ったのかより笑みを深めた。その笑顔は人懐っこさを感じさせる。


「あー、そんな固くなんないでよ。ところでさー、俺と一戦してみない?」

「えっ? あ、あの……」

「うん、やろやろー。そんじゃ、よろしくお願いしまーす」


 そう言って副隊長殿はさっさと訓練用の剣を手に取り構えてしまった。こうなるともう退く事は出来ない。半強制的に副隊長殿と模擬戦をすることになってしまった。


 訳の分からないまま、畏れ多くも訓練用の剣を構える。さっきまで一緒に訓練していた者も固唾を呑んで見守っていた。


 副隊長殿の構えはとてもリラックスしたものだった。しかし、柔軟性に富んだ構えでどの方向も隙がない。力量の差は計るまでもなかった。


 結果は言うまでもなく惨敗。相手は息一つ乱さなかった。


「ロイド、お前ついてるな! ディルク副隊長と手合わせなんてうらやましい!」

「第二部隊は少人数で仕事が忙しいから、俺達の指導には滅多に来ないんだぞ」

「すっげぇ強かったな! かっこよかった~!」


 訓練後の夕食で、同期達はまだ興奮冷めやらぬ状況であった。それもそのはず、隊長・副隊長は、指導する事はあってもその腕を振るう事は滅多にないのだ。噂によると力量差があり過ぎて半分以上の生徒が辞めてしまった事があったとかなんとか。一説には、病院送りになった生徒がいたとかなんとか。


 同期達がその滅多に見られない実技に興奮する中、ロイドは昼間のことを思い出していた。


 先の先まで読むような無駄のない動き、剣だけではなく体術も織り交ぜた実戦的な戦い。本物の軍人とはこうも違うものかと実力差をまざまざと思い知らされた。


 そうか、あの人はディルク副隊長と言うのか。ニコニコと笑う雲の上の人を思い浮かべる。


「うん、いい経験させてもらった。もっと頑張ろう!」


 ロイドは高揚する気持ちを抑え、気合いを入れ直した。もっと強くなるんだ、そう心に決めて夕食をかき込んだ。


 あれから一週間後、今日の模擬戦はいつも通り士官学校の教官が監督をしていた。そう何度も隊長副隊長クラスが指導に来ることはない。月に一度誰かが来てくれればいいほうだ。


 ロイドはさっそく同期と訓練を始めていた。ディルク副隊長の真似は出来ないが、自分流に出来ることをアレンジして剣を打ちあう。あれ以来、相手の動きと状況をよく見るようになった。そのおかげで、剣筋を読むのが上手くなった気もする。


 そんな時、訓練場に大きなざわめきが起こった。


 なんと第二部隊の若き隊長・銀髪の貴公子が現れたのだ。確か名前は、ルイス・フェーンベルグ……公爵家当主でもあったはずだ。滅多に指導には来ない第二部隊が短い期間に二人も立て続けに来てくれるとは、随分珍しいこともあるものだ。


 誰もが稽古をつけてほしくてそわそわする中、ロイドは手を止めることなく同期と打ちあいを続けた。この間の訓練で自分の力不足は十分に分かっている。隊長を相手にするなど無理な話だ。まずはよそ見などしないで一戦一戦から少しでも多くのことを学ぶのみ。


「………っ!」


 ロイドは打ちあい中、ピリッとしたものを感じて周囲に視線を走らせた。打ちあいをしながら激しく動く視界の中、一瞬、ルイス隊長と目が合った気がした。指導のため視線を感じることはあるが、今日はいつもと何かが違う。不思議に思いながらも打ちあいへと意識を戻す。それが軽い殺気だとはまだ学生のロイドは分からなかった。


「ルイス隊長の指導、すげーな」

「踏み込みの仕方を変えただけで力の乗せ方が全然ちげぇの」

「俺も俺も! 脇を締めて手首を固定しただけで剣筋安定した!」

「戦う姿も見てみたかったなー」


 ディルク副隊長の時と同じく、訓練後の夕食の席ではルイス隊長の話題で持ちきりとなった。剣を振るう姿は見られなかったが、彼の指導は的確なものだったらしい。


 残念ながらロイドは指導を受けられなかったが、同期達の話からも凄い人だというのがよく分かった。遠目に見たが、とてつもない美形だったのを記憶している。


「ルイス隊長憧れんなー」

「俺も! あ、でもコンラッド隊長もかっこいいよな」

「ロイドは? 誰に憧れる?」


 パンを口にした瞬間に声をかけられて、ロイドは咀嚼しながら考えた。ゴクンとパンを飲み込むと、同期の問いに自信満々に答える。


「ディルク副隊長かな。直接手ほどきを受けて凄い人なのがよく分かったし」


 この時のロイドはまだ夢と希望に胸を膨らませる学生だったのだ。


 この後、卒業と同時に憧れのディルク直々に引き抜きされるとは思いもしなかっただろう。さらに、そのディルクが悪魔と呼ばれる程、えげつない人物であるとは知るよしもなかったのであった。




◆◆◆◆◆




「隊長、たーいちょー! 士官学校に中々良さそうなやついましたよ。周りを見る目が長けてて……まだ荒削りですが、あれは伸びますよー」


 ニコニコと楽しそうに話すのは第二部隊副隊長のディルクだ。仕事が落ち着いていて暇だ暇だとうるさかったので、朝から士官学校の教官として仕事を与えていたのだが、戻るなりこれである。


「お前がそこまで言うなんて珍しいな」

「隊長も見れば分かりますって。あいつ欲しいなー。俺の補佐に入ってくんないかなぁ」


 ディルクは元・暗殺者だ。それ故、基礎能力がとても高い。士官学校時代は、へらへらしながらも常にトップを走っていた。そんなやつがまだ軍人でもない学生を補佐に望むなどよほどの人物なのだろうか。


「仕事も落ち着いてますし、隊長も見てきて下さいよー。たまには指導に行かないと他の隊に睨まれますよ?」

「確かにな。うちはあんまり指導に行けてないからな」

「もうちょっと人数増やさないとー。だ・か・ら、ちょーっと行ってきて下さいよ♪」


 本当にディルクがここまで押すなんて珍しい。興味をそそられたルイスは、一週間後にある模擬戦訓練の日に教官の仕事を引き受けることにした。実に一年半ぶりである。


 ルイスは、訓練場で打ちあう学生達を眺めた。ディルクからはどんなやつか聞いていない。というか何も言ってこなかった。おそらく見れば分かると言うことなのだろう。


――あいつか……。


 目的の人物はすぐに見つかった。確かに、ディルクの言った通り、周りを見る目が他より抜きん出ている。動きも悪くはない。そう思ったルイスは少し試してみることした。


 ほんの僅か、ほんの一瞬だけ殺気を放ってみたのだ。実戦経験の浅い学生が気配を察知するなど無理であろう。ディルクのように死線を掻い潜ってきていれば話は別だが。


「………っ!」


――ほぅ、これに気付いたか。しかも気を取られて剣筋が乱れることはない。


 ルイスは思わぬ人材の発見に機嫌を良くしながら指導を終え、執務室へと戻った。そんなルイスを待っていたのはディルクであった。


「どーでした? 悪くないでしょう?」


 よほど気に入ったのか開口一番やたら食い気味に尋ねてきた。


「そうだな。確かに伸びしろは高そうだ。………欲しいのか?」

「さっすが隊長! 欲しいっす!」


 即答で答えたディルクはとても楽しそうであった。


 ディルクは強い者が大好きだ。暗殺者として戦う術を教え込まれ、常に死線に身を置いてきたからかもしれない。よく強い者を見つけては戦いを挑んでいる。孤児院でアデルと仲が良かったのも本気でやり合えるからだろう。


 副隊長の任を与えてからは、意外にも育成に積極的だった。ただ強いやつを育てたいだけと思ったが、事務仕事も指導していたのには驚いた。もしかすると兄貴分のアシュトンの面倒見の良さが移ったのかもしれない。決して自分の仕事を楽したいという意図でないことを祈りたい。


「分かった。あちらの教官にはお前の推薦だと話をしておこう。ちゃんと面倒見ろよ?」

「やったー♪ 俺の仕事が楽になるー♪」

「……………」


 ルイスは名も知らない学生に同情を覚えた。きっと彼は強くなるだろう……色んな意味で。

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