番外編:美味しいランチには罠がある

 ぽかぽかと温かい日射しが降り注ぎ、庭の木々が気持ち良さそうに日光浴する中、フェーンベルグ邸の庭ではピクニックが行われていた。


「今日もいいお天気で良かったわ」

「気温もちょうどいいですねぇ~」

「ぼくセシリア姉さまのとなりー」

「あ、こら! ちゃんと靴を脱げっ!」

「ちょっとノーマン、広げるの手伝ってちょうだい」


 木陰に敷いた大きな布の上にいるのは、セシリア・エマ・ジーン・ノーマン・アメリアだ。今日はジーンの希望でピクニックランチをする事になったのだ。いつぞやのルイスとセシリアのピクニックを思い出して『ぼくもピクニックしたい』とジーンが言い出したのだ。


 円を描くように丸くなって座った五人の中央にはランチを彩る美味しそうな食事がある。豊富な種類のサンドイッチ、ミートボール、一口サイズのフライもある。どれも外で食べやすいようにと配慮されていた。もちろん料理長であるノーマン渾身のランチだ。


「セシリア姉さま、これ! ぼくがとったの!」


 ジーンが嬉々として差し出したのはきゅうりとミニトマトのカップサラダだ。透明なカップに入っているので見た目にも色鮮やかで可愛らしい。


 セシリアはそれを受け取ると早速口に運んだ。鮮やかな赤色のトマトは甘みが強く濃厚だ。きゅうりは瑞々しくさっぱりしている。柑橘のドレッシングも美味しいが、野菜そのものがとても新鮮だった。


「すごく美味しいわ。ジーンは美味しいお野菜を見つけるのが上手なのね」


 隣で目を輝かせて見上げてくるジーンに笑顔を向ける。セシリアに褒められてジーンはニコニコと嬉しそうにしていた。このピクニックのために野菜をとってノーマンのお手伝いをしたらしい。以前と違い、生で出しても問題ない野菜を選べたようだ。


「それにしても……セシリア様にランチに誘って頂けるなんて嬉しいわ」


 紅茶を淹れながらつり目がちな目を和らげて笑うのは、メイド長のアメリアだ。てきぱきと全員分の紅茶を準備している。


「本当本当ぉ~。ルイス様に自慢出来ますぅ~」


 アメリアから受け取った紅茶をセシリアに渡したのはエマだ。ピクニックが楽しみなのだろうか。ニコニコと嬉しそうに笑い、ちょっとジーンみたいだ。


「いやぁ、俺まで呼んでもらって悪いっすねぇ。マナーなんて分からんのでお目汚しになっかもだけどよ」


 胡座をかいてどっかりと座っているのはノーマンだ。セシリアからもマナーなど気にしなくていいと言われ、気楽にさせてもらっていた。


「一人で広いダイニングで食べるのは寂しいもの。それにジーンも皆とピクニックしたかったのよね?」


 セシリアが笑いかけたのは隣に座る小さな友人ジーンだ。彼はノーマンの一人息子である。四歳のヤンチャ盛りの男の子だが、セシリアの前ではとてもよい子にしている。


「うん! お父さんもアメリアお姉ちゃんもエマお姉ちゃんもいっしょでうれしい!」


 楽しそうにニコニコと笑うジーンに皆がほっこりする。きっと全員が可愛いと思っている事だろう。


 ジーンはアメリアやエマ……というより、屋敷全員に可愛がられているので『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と皆を呼んでいる。セシリアも『お姉ちゃん』の方が親近感があるので、そう呼ぶようお願いしてみたらなぜだか断られてしまった。


『セシリア姉さまはセシリア姉さまなのっ!』


 よく分からない理屈だったが、呼び方ひとつで子供に無理を言うわけにはいかず諦めた。


 そんなジーンが一つのサンドイッチを手に取った時、ノーマンがニヤニヤしながら声をかけた。


「お、偉いなぁ。ジーン、それはお前が収穫してきた人参が入ってっぞー」

「…………」


 それを聞いたジーンの動きが止まった。手に取ってしまったから戻せなくて葛藤しているようだ。収穫はしても食べるのは嫌らしい。


「好き嫌いはダメですよぉ~」

「美味しいから食べてみなさい」


 エマとアメリアの言葉を聞いてもジーンは微動だにしない。サンドイッチを手にしたまま、口をへの字にし泣きそうな顔をしている。人参嫌いは相当なようだ。


 セシリアはそんなジーンに助け船を出した。


「それじゃあ、ジーン。私と半分こしましょう?」


 セシリアはジーンからサンドイッチを受け取ると半分にちぎった。元々小さめに作られていたサンドイッチがさらに小さくなる。


 セシリアはその断面をジーンに見せた。息子の人参嫌いに手を焼いているだけあって、見た目には人参入りだとは分からない。さすが公爵家お抱え料理人のノーマンである。


「ほら、人参は見当たらないわよ。とっても美味しそうなサンドイッチね」

「…………」


 眉根を寄せてじーっとサンドイッチを見るジーンにセシリアは笑みを深めた。


「そういえば前に話をしたわね。一緒に食べるととーっても美味しくなるのよ」

「……本当に?」

「ええ、本当よ。試してみましょう……ほら、あーん」


 大好きなセシリアにサンドイッチを差し出され、ジーンは先程の泣きそうな顔が嘘のようにすんなりとサンドイッチを口にした。


「…………(おぉ! ジーンが人参を食った!)」

「……………(セシリア様のあ~ん……)」

「……………(ルイス様には言えないわね……)」


 ノーマンは感動に打ち震え、エマとアメリアは主人のヤキモチを心配する。


 もぐもぐといつもより咀嚼するジーンだが嫌そうな雰囲気はない。ジーンが飲み込むのを待ってセシリアが声をかける。


「美味しいでしょう?」

「…………うん」

「ノーマンさんはお料理上手ですものね。はい、もう一度お口を開けて」

「あーん」


 ひな鳥のように口を開けるジーンに皆が笑ってしまった。結局ジーンは人参入りサンドイッチをセシリアに食べさせてもらって全部食べきった。子供とは単純だが可愛いものである。


 残りの半分はジーンがセシリアに『あ~ん』して食べさせてあげていた。よほど半分こが気に入ったのか他の食べ物もセシリアと分け合っていた。ルイスが見たらそれはもう大変なことになっていただろう。


「なぁ……あれ、言わない方がいいよな?」

「ルイス様が超面倒くさくなるので言わない方がいいですぅ」

「ええ、その方が賢明だわ」


 エマ達はこの日の出来事を己の胸にしまい、ルイスには報告しない事にした。真面目なアメリアでさえルイスのヤキモチを危惧したのだ。


 もちろんセシリアの慈愛溢れるエピソードは、使用人だけには伝えられた。この屋敷ではセシリア愛がものすごく強いのだ。


 しかし使用人の中で箝口令を敷いた出来事が、まさかジーンからルイスに伝わるとは誰も予想もしなかっただろう。


 可愛い小悪魔は、今日も大好きなセシリアを巡ってルイスと火花を散らすのであった。

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