番外編:大繁盛の裏では

 ニックの店は、家具からアクセサリーまで販売する、ちょっと変わった店として知られていた。常連からは、修理を依頼されることもある。


 そんなニックの店には、ここ最近女性客が大挙としてやってくるようになった。


「あ、ねぇ! これこれ! 噂のやつ!」

「へぇ、領主様と婚約者様も作ったんだぁ。素敵~」


 人だかりが出来ているのは、とあるコーナー。


 『指輪・ネックレス・イヤリングに加工します』と作った張り紙に、『恋人同士でお互いの髪や瞳の石を身に付けると幸せになります』とうたい文句を付け足したのは商売上手なイェンスであった。


「お姉さんは、イヤリングね。お兄さんが、ネックレス。はーい、ではデザインはこちらから選んで下さい」

「え、彼女さんへのプレゼント? 素敵ですねー。それなら石のサイズを小さめにして、イヤリングとネックレスのセットだとより映えますよ~」


 朝からせっせと注文の品を作っていたニックは、カウンター奥の作業スペースから、いつもより賑わう店内を見た。カウンターではイェンスが会計を、商品のそばではイザークが接客をしている。


 イェンスは根っからの商売人なのでやり手なのは分かる。たまに店番も任せているので手慣れていても驚きはしない。


 しかし、まだ幼いイザークがイェンスのようなセールストークをしているのが不思議でならない。いったいいつの間にあそこまで口達者になったのだろうか。守銭奴が二人いるようでちょっと怖い。


 ルイスとセシリアが指輪を購入してから、ニックは忙しい日々を送っていた。原因はイェンスだ。あいつは、いつの間にか石を使ったアクセサリーのところへでかでかと張り紙をしたのだ。


『領主様と婚約者様も御愛用!』


 この張り紙はとてつもない集客効果を呼んだ。ルイスとセシリアが街で仲良くデートしていたのも大きかったのだろう。二人の仲睦まじい様子に、領民の購買意欲がググッとそそられたらしい。おかげさまで、ニックの店には連日多くの客が訪れるようになった。


 ニックが作業スペースに戻るとほぼ同時に、裏口の扉が開く音がした。現れたのは、我らがおかん・ハンナである。


「大繁盛ね~。ほら、昼ご飯だよ。どうせ忙しさにかまけて食べてないんでしょ。シーラも心配してたよ」


 そう言いながらハンナは近くのテーブルにバスケットを置いた。世話焼きなところは本当におかんである。


「ありがと。ねぇ、ところでさ……イザークはいつからあんなになったの?」


 ニックの言葉にハンナが店内を覗く。視線の先は、笑顔で的確にセールストークをするイザークの姿があった。


「やだ、イェンスが二人いるみたい」

「でしょ。僕、馬車馬のように働かされてるんだけど……」


 元々ニックは、積極的に商売をしていない。気が向いたら商品を作るという方が性に合っていた。


「イザークのことだから見て覚えたんじゃない? あの子、アシュ兄みたいに器用だから」

「あー確かに。よく僕の作業も見て真似してるなぁ」


 合点がいったニックは遠い目になった。可愛い弟分は、成長期なだけあり吸収力も半端ないようだ。


「ま、技術が身につくのは悪いことじゃないからね。私らだってルイス様にそう教わったじゃない」

「まぁ、それもそうだね……」


 そのまま帰って行くハンナを見送ったあと、作業の合間を見ながらランチをつまむ。全て食べ終わる頃には客足も落ち着き始めた。閉店まであと少しだ。


「ニック兄ちゃん、手伝うよ」

「うん、ありがと。そんじゃ、台座に石を嵌めてって」


 隣に座ったイザークに、装飾を終わらせた品を渡す。イザークは慣れた手つきで台座に石を嵌め込ませていった。お客が怪我をしないか触り心地もちゃんと確認してくれている。


「確かに……イザークはアシュ兄ちゃんに似てるかもなぁ」


 ポツリと呟くと、イェンスが顔を覗かせた。


「でも性格はディルクの悪影響を受けてるよね。人のからかい方とか、ディルクそっくりだもん」


 ニックはイェンスの言葉に自由人のディルクを思い出した。


 エマと同じく元暗殺者ではあるが、ディルクは人付き合いが上手かった。それでも昔は獣のような目をしていたのをよく覚えている。


「今やあのディルクもルイス様のとこの副隊長だもんね。意外と真面目に仕事してたのは驚いたけど」

「………あれ真面目っていう? まぁ、ディルクだもんね」


 思い出すのは、ついこの間の出来事だ。部下と思われる人を連れて突然現れ、自分の番とばかりにさりげなく自己紹介をしていた。あまりにもナチュラルすぎて気付くのが一瞬遅れてしまった。


 そんな時、黙々と作業をしていたイザークが顔を上げた。


「ディルクは何でもこっそりやるんだよ。オレとブリジットを守るためにいろいろやってたし。エマの仕事もこっそり手伝ってたんだよ!」


 イザークが言っているのは暗殺者として育てられていた時のことだろうか。ディルクもエマも暗殺者だった頃の話しはほとんどしない。でも確かにディルクの性格なら周りに気付かれないよう行動しそうだ。


「ああ見えてディルクは家族を大事にするんだ。エマだってそうだよ。だからオレもみんなを手伝うの!」


 にぱっと無邪気に笑うイザークに、ニックはよしよしと頭を撫でた。


 イザークもブリジットも何だかんだでディルクに懐いている。その背景にはこういうところがあったらしい。


 それにしても、まだ子供のイザークがそれを理解しているとは。普段は猛獣並みに悪戯好きだが、家族思いな所が泣けてくる。


「イェンス、イザークを見習ってよ。家族なんだから、たまには無償で手伝って欲しいもんだね」

「うーん、耳が痛い。ま、今回は忙しくさせちゃったし、ボランティアで働くとしますか」


 そうして三人はしばらく忙しい日々を過ごすのであった。

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