番外編:ルイスvsサイラス再び
「へぇ~、やっぱりエロじじいには領主サマの鉄槌が下ったんだ」
サイラスは手にした号外を眺めながら楽しげに呟いた。
ここは王都の裏道にある小さな酒場。真っ昼間の今は、数えるほどの客しかいない。サイラスは、こうした小さな酒場で情報を売ることが多かった。
レスター商会が裏競売を摘発されてから数日後、サイラスはようやく王都入りした。レスター商会が潰されるのは分かりきっていたので、のんびり旅をしてきたのだ。
「違法な競売に参加した中には貴族もいた、ねぇ。これだから貴族は嫌なんだよ」
サイラスは貴族と軍人が大嫌いだ。大人となった今では、全てが悪い奴ばかりではないと知っている、それでも嫌いなものは嫌いなのだ。
「貴族でもセシリアちゃんは別なんだけどなぁ。あそこの屋敷、無駄に警備がすごいから遊びにも行けないし……ちぇ、つまんないのー」
サイラスは王都についてすぐ、セシリアに会おうとフェーンベルグ別邸へ足を運んだ。しかし、門扉は固く閉ざされていた。忍び込もうかとも考えたが、庭の手入れをしていた青年が見えたので断念した。
テーブルに突っ伏してふて腐れていると、誰かが向かいの席に座る気配がした。どうせ連れの男が買い出しから戻ってきたのだろう。
「俺の妻が何だって?」
聞こえてきたのは低く冷たい声。連れの声とは似ても似つかなかい。サイラスは勢いよく顔を上げた。
すると、目の前には目を惹く銀髪の青年が優雅に座っていた。こんなガラの悪い居酒屋に似合わない貴族オーラ満載の男だ。
――うげっ、なんでコイツがここに?
サイラスは不機嫌な態度を隠すことなく口を開いた。
「領主サマがこんなとこに何の用ですかね? 今は仕事が忙しいんじゃないの?」
「うちの者からお前が屋敷の前に来ていたと報告を受けてな」
それでわざわざ会いに来るとかどんだけだよ、そんな軽蔑の視線を向ける。そもそもフェーンベルグ領とは違い、王都で赤髪はさほど珍しくない。なぜ自分だと確信したのだろうか。
「赤髪
「うちの者は優秀なんだ。尾行されていたのを気付かなかったのか?」
公爵家こっわ、サイラスは内心でそう呟いた。
あの庭師の青年が尾行したのだろうか。サイラスは記憶力に自信はあるが、あの青年には会った覚えはない。どうやったかは分からないが、屋敷に来た赤髪
目の前の男が婚約者であるセシリア絡みとなると、血も涙もないのは周知の上だ。それは先程見ていた号外のレスター商会がいい例であった。
「あーやだやだ。どうせ会うなら可愛くて癒されるセシリアちゃんが良かった~」
「誰がお前に会わせるものか。何度も言うがセシリアは俺の妻だ」
相変わらず独占欲の強いルイスにムッと唇を尖らせる。
「けっ、まだ結婚してないくせに」
「半年後には結婚する」
サイラスの情報網ではルイスの両親へ顔合わせをした所までしか情報は入っていなかった。結婚が半年後と決まったのは、ついこの前なので無理もない。
サイラスとしては、面白くて可愛いセシリアをそばに置きたいが、本気で結婚出来るとは思っていない。相手は伯爵令嬢にして公爵家当主の婚約者なのだ。それでも改めて結婚について堂々と宣言されると面白くない。
「ちっ! んで、オレに何か用?」
「セシリアがお前に礼を言っていた。『改めて、指輪の情報ありがとうございました』だそうだ」
実はこのセリフの後には『王都にいらしたらお礼に美味しいお菓子をご馳走しますね』と続くのだが、ルイスはそこをきれいさっぱりなかったことにする。
それを察したのか、探るような視線を投げつけた後、サイラスは眉間に皺を寄せた。
「…………やっぱりアンタは嫌いだ。都合の悪いことは隠す。本当貴族とか軍人って最低だな」
「奇遇だな。俺もお前が嫌いだ。人の妻にちょっかいを出そうとする軽薄な奴はな」
そして、二人の睨み合いが始まった。
ルイスがただセシリアの伝言を伝えにやってくるはずがない。それに、セシリアであればお礼の言葉だけで終わらせるような事はしないはずだ。一度しか会ってはいないが、律儀で誠実で素直な性格なのはすぐに分かった。
「どうせオレをセシリアちゃんに会わせたくないんでしょ。お礼伝えて、さようなら~みたいな」
今度はルイスが美しい顔を盛大に歪める。まさか見抜かれるとは思っていなかったのだ。
「……ちっ! だいたい何でお前が王都にいるんだ」
「うっわ。それがアンタの素?」
「お前に取り繕う必要はない」
二人ともそこそこ態度が悪い。どちらも嫌悪感を抱く相手だからか、余計ガラが悪くなっている。
「セシリアちゃん、こんな男のどこがいいんだろ。顔? 顔だけだよね? 性格最悪だし」
「負け惜しみか? 俺達は相思相愛だ」
「最初は無理矢理婚約したくせに。情報屋のオレが知らないとでも? 最近じゃセシリアちゃん、モテモテらしいじゃんか」
情報屋であるサイラスの脳内には、ルイスとセシリアに関するものがいくつもある。この国に四つしかない公爵家の若き当主と、その婚約者の噂は事欠かないからだ。もちろん、ここ最近セシリアがルイス以外から求婚されているのも把握済みだ。
サイラスの言葉を聞いたルイスは、ふっと口の端をあげて僅かに微笑んだ。その笑顔には、どこか黒いオーラが見え隠れしている。
「セシリアに求婚してきた男には、夫である俺自ら事実説明に赴いている。こんなふうに、な」
ようは直接威圧をかけてまわっているという事だ。その意味にはサイラスもすぐに気付いた。
「それはご苦労なことで。嫉妬深くて独占欲の塊の性格最悪な男がセシリアちゃんの相手だなんてみんなビックリだろうね」
「人の妻の尻を追いかけるような下心のある奴には効果覿面だったな」
二人の間にはまたもや激しい火花が散る。
「言っておくけど、オレはセシリアちゃんを諦めないよ。もちろん恋人が第一希望だけど、普通にあんな友人が欲しいしね」
「そんな下心満載の友人は不要だ。俺がセシリアに会わせるとでも思うか?」
確かに現状は打つ手なしだ。屋敷の警備は厳重、おまけにセシリアはほとんど外出しないときた。今のところ、会う手段は皆無である。それでもサイラスは負けを認めたくなかった。
「ふん、情報屋を甘く見ないことだね」
セシリアと接触出来る手段は何かあるはずだ。このままこの男に負けるのは癪に障る。
嫌悪感の滲んだ目で睨んでくるサイラスを見て、ルイスは余裕の笑みで立ち上がった。
「我が家も甘く見ないでもらおうか。セシリアの周りは鉄壁の守りを敷いている」
サイラスが言い返す間もなく、ルイスはそのまま酒場を出ていった。自分は飲んでいないのにサイラスの分のお代をテーブルに置いていったのは、『王家の秘宝』のお礼ということだろうか。
「ちぇ~、あそこまで自信満々なんて腹立つー。独占欲が凄すぎて嫌われちまえ~」
絶対にセシリアとの仲を深めてやる。残されたサイラスは、そう決心すると心の底からルイスへ毒づいた。
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