番外編:ルイスの浮気……?

 グレアムから結婚半年の手紙を受け取ってから数週間後。フェーンベルグ邸を騒然とさせる大事件が勃発した。


 それは、ルイスが帰宅し、いつものようにセシリアとのただいまのキスをしてすぐの事であった。ルイスは『急ぎの案件です』と言われ執務室へと連れてこられた。


「帰宅早々なんだ? 帰ってきたらまずはセシリアを愛でたいんだが」


 両想いとなってからセシリアへの溺愛ぶりは加速し続け、とどまる所を知らない。セシリアとのスキンシップを邪魔されたルイスは大層機嫌が悪かった。


 そんなルイスを前にして眉を八の字にするのはモーリスとエマだ。困惑気味なのは不機嫌なルイスを恐れてのことではない。


「えっとぉ~…セシリア様がちょっとした誤解をしているんですぅ~」

「誤解? 何の話だ?」


 愛しい者の名前が出て、ルイスは話を聞く姿勢になった。それを見て続きを話し始めたのはモーリスだ。


「本日、郵便屋がいつものように手紙を届けに来ました。それを、たまたま裏口近くで遊んでいたジーンが受け取りました」

「それは別に構わないじゃないか」

「ええ、そこまではいいんです。ジーンは手紙を渡すべく我々を探しに来たのですが……」

「先にセシリア様とお会いしたようでぇ~、優しいセシリア様は、自分が渡しておくからと手紙を預かりましたぁ~」


 それの何が『急ぎの案件』に繋がるのか、ルイスはまだ話の先が全く分からない。


「それが…手紙の束の一番上にはセシリア様宛の手紙がありまして。必然的に目に入ってしまったようなのです。その手紙というが、例の侯爵家の次男からの手紙だったのです」


 その言葉にルイスの眉間に思い切り皺が寄った。


 例の、と言われた手紙が届いたのは、今回が初めてではない。かれこれ既に三度ほど届けられている。その内容は、清楚で儚げな美しさを持つセシリアへの恋文であった。


 なぜかセシリアは一部の人にルイスの妹や従妹などと思われていた。ルイス自身、社交界に女性を連れていく事がなかった上、セシリアも社交界デビューをしていないため、顔が知られていないというのが諸々の原因だ。


 ルイスと近しい者は直接挨拶をしているので、セシリアが婚約者だと知っている。しかし、それを知らない者からはこうして勘違いの末、セシリアに求婚の手紙がしばしば届けられるようになったのだ。


 例の手紙の主もセシリアをルイスの親戚だと勘違いしていた。『美しきフェーンベルグの姫君へ』と書かれていたことがあるあたり間違いないだろう。


 普段ならルイスが直々に会って『彼女は私の婚約者です』と威圧たっぷりの笑顔で断りを入れに行くのだが、彼の場合はタイミングが合わなかった。


 一度目は、セシリアが記憶を取り戻した直後。二度目は、囮捜査が忙しかった頃。三度目は、事後処理が忙しかった頃。要は、運が悪くルイスも忘れてしまっていたのだ。そのため、彼のアプローチは未だに続いていた。


「で、そいつからの手紙で何がどう誤解となるんだ? その手紙をセシリアが読んだわけではないんだろう?」


 モーリスとエマは苦虫を噛み潰したような顔でお互いを見た。よほど言いにくいのか少し間が空いたのち、意を決してモーリスが話し出した。


「『愛しいあなたへ』と書かれた手紙から、ルイス様への恋文と誤解されているようです」

「おそらく後ろの差出人までは見てないようですぅ~。まぁ、手紙の束は紐で括られてましたからぁ~」

「……………は? しかし、セシリアは普通だったぞ?」


 一瞬、目が点になりかけたが、先程のセシリアの様子を思い出し、冷静さを取り戻す。セシリアに特に変わった所はなかった。


 そんなルイスに、またも二人は気まずそうに顔を歪めた。


「それについてはセシリア様が仰っていましたぁ~。まぁ何というか……」

「エマ、変に拗れるよりはマシです。包み隠さず伝えましょう」

「そうですかぁ? じゃあ…『ルイス様は公爵家のご当主ですもの。第二夫人や愛妾がいてもおかしくないわ』だそうですぅ」


 ご丁寧にセシリアの声を真似たエマの言葉にルイスは一気に青ざめた。


「えっ…………まてまてまてまて! 何でそうなるっ!」

「さぁ、そこは私達も分かりません~。ぶっちゃけ、高位貴族なんて愛人がいてなんぼ、みたいに思っておられるのかとぉ~」


 ルイスの表情は青を通り越して真っ白になっていく。


 この国では一夫一婦制が普通だ。愛人がいる腐った貴族もいるが、ルイスは違う。セシリアだけを一途に想い続けているのだ。


 しかしながら、社交界に出る事なく狭い世界で育ったセシリアは大きな勘違いをしているようだ。素直なセシリアであれば、もしかすると本の世界などを鵜呑みにしている可能性も大いにある。


「う、浮気を……疑われているのか………まさか、そんなっ」


 血の気の引いたルイスを見て、モーリスとエマは気の毒そうに目を伏せた。二人にとってもセシリアの発言は予想外であったのだ。


 そして、モーリスは言いにくそうにしながら懐から一通の手紙を取り出した。今回の元凶の手紙である。


「さらに問題がございます。セシリア様の誤解を解くためにも、この手紙を見せれば良いのですが……」

「中を拝見しましたが……これ、かなり熱烈なアプローチなんですよねぇ~」

「『一目見てあなたに惹かれた』『あなたを思うと夜も眠れない』……最後には結婚の申し出が書かれているのです」


 以前届いた三通もかなりセシリアに熱を上げているのが分かる内容だった。二人の言うように、この手紙をセシリアに見せたらルイスの浮気疑惑は解けるだろう。


 しかし、それとは別の問題が発生してしまう。きっと律儀なセシリアは自ら断りの返事を書くに違いない。万が一……万が一でも相手に誤解されたら…………。


 ルイスの頭の中では嫌な想像がありありと浮かんだ。


「セシリア嬢、あなたが公爵の元を離れられないというなら私が攫っていこう」

「……そんな……私は……」

「あなたの事を心から愛しているんだ。どうか私の手を取ってくれないか?」

「…………そこまで私の事を……」


 見つめ合う二人、そしてセシリアがゆっくりと手を伸ばし――。


 そこまでリアルに妄想したルイスは、イスを倒して勢いよく立ち上がった。


「そうはさせるかっ! セシリアは俺の婚約者だ! そして半年後には妻になる! 俺以外の男になど触れさせてなるものかっ!」


 モーリスとエマは態度には出さないが、頭の中では首を傾げていた。ルイスの浮気疑惑から、どこがどうなってそういう話になったのだろうか。ツッコミどころ満載だが、面倒なのでそこには触れないことにした。


「ま、まぁ……そんな訳で急ぎの案件としてお伝えした次第です」

「こちらでは判断に悩んだのでぇ~、我らが主・ルイス様に指示を仰ぐことにしましたぁ~」


 ようは丸投げである。ルイス本人から疑惑を払拭してもらおうという魂胆だ。


「分かった。俺が今すぐセシリアの誤解を解いてこよう。いかに俺がセシリアを愛しているかじっくり教えてくる」


 ルイスはそう言うと元凶の手紙を手に、足早に執務室を出ていった。もちろん向かった先は、愛しい未来の妻・セシリアの元だ。


「…………アレ、大丈夫ですかぁ~?」

「エマ、主人をアレ扱いはやめなさい。私だって猛烈に不安を感じています……」


 残された二人は何とも言えない表情でルイスが出ていった扉を見つめるのであった。

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