第20話 頑張ったご褒美は……
「まぁ、ルイス様! お帰りになっていたのですね」
部屋を訪れたルイスを出迎えたのは、セシリアの輝かんばかりの笑顔であった。セシリアは、あとは寝るだけだったらしく、ゆったりとした夜着を纏っていた。花湯に入ったのか、どこか甘い香りも漂っている。
――マズイ、夜という事を失念していたっ!
モーリスと理性云々の話をしたばかりなのに、目の前には薄着で無防備なセシリアがいる。大変眼福ではあるが、これでは自分の理性が持たない。
「あー……えーと……少し話をしてもいいか?」
「はい、もちろんです」
警戒心ゼロの無防備なセシリアの姿に、ルイスは鋼の鎧で理性を保とうとした。
ソファへ並んで腰をおろすと、ルイスは当たり障りのない会話を始めた。半分以上勢いで来てしまったため、いきなり例の指輪を渡すのも変だと考えたのだ。
「『王家の秘宝』は、無事取り戻すことが出来たよ。レスター商会は『王家の秘宝』を不当に所持・売買した罪で取り潰しとなった」
「無事解決したのですね。あの、お怪我はされてませんか?」
セシリアの気遣わしげな視線に自然と頬が緩む。この愛らしい婚約者は、なんと心優しいことか。
「大丈夫だ。今回は第一部隊もいたしな」
「アデルさんが在籍している隊ですね。イザークとブリジットもアデルさんは強いと言っていました」
そういえば年少組の二人はセシリアに懐いていたなと思い出す。おそらく一緒に遊んだ時にでも聞いたのだろう。
そして孤児院繋がりでちょうどいいと思い、本題を切り出した。
「ニックからこれが届いたんだ。一緒に出来上がりを見られればと思ってこんな時間に来てしまった」
そう言ってルイスは懐から小さな箱を取り出した。箱はそのまま飾れるくらい細かい装飾がされていて美しい。細部まで手の込んだところはさすがニックというところであろう。
「まぁ! あの指輪ですね!」
「開けてみるといい」
ルイスは箱をセシリアの小さな手に乗せた。わくわくと期待に胸を弾ませながら箱を開けるセシリアがとても可愛い。
箱の中には二つの指輪が並べられていた。指輪はツタの透かし細工で作られていて、花をモチーフにした台座にはあの時選んだ石が嵌め込まれていた。
ルイスのものはセシリアの瞳の紫の石、セシリアのものはルイスの瞳の青い石が嵌め込まれている。頼んでおいたチェーンもしっかり入っている。よく見れば、メインの石のほかにも小さな石がいくつか嵌め込まれていた。
「綺麗………」
「へぇ、小さい方の石はセシリアが選んだ青い石が嵌められているのか」
二人ともあまりの完成度の高さに魅入ってしまった。とても街の店に置いてある商品には見えない繊細で美しい指輪だ。紫の石には小さな青い石を、青い石には小さな紫の石が――まるで二人が寄り添うような輝きがあった。
「セシリア、手を出して」
「あ、ありがとうございます」
青い石の指輪を手に取ったルイスに、セシリアは迷うことなく左手を差し出した。指輪はセシリアの細く美しい指にするりと入っていった。ちらりとルイスを見れば、石と同じ青い瞳が目に入る。海のような深く澄んだ青だ。
「サイズもぴったりです。本当に素敵……」
「似合っているよ、セシリア」
左手を嬉しそうに眺めるセシリアを見て、ルイスはとてつもない充足感を感じた。自分の瞳の色の指輪を身に付けているなど感激しかない。
「ルイス様! ルイス様の分は私が付けてもいいですか? あ、でもルイス様はネックレスにされるのでしたね」
「いや、せっかくだから今夜は指にはめるよ。付けてくれるか?」
ルイスの言葉にセシリアは、ぱあっと明るい笑顔になった。お揃いの指輪するというのが嬉しくて堪らないらしい。
セシリアは、いそいそと紫の石の指輪を手に取った。少し大きめの指輪はやはり男性用のものだ。
差し出されたルイスの左手へと触れる。剣だこが出来ているルイスの指は大きくてたくましい。少し緊張しながらその指に指輪をはめた。こちらも見事にサイズはぴったりだ。
「これはいいな。セシリアがすぐ傍にいてくれるようだ」
ルイスの何気ない一言にセシリアは、顔がかぁっと熱くなるのを感じた。そして自分の指にある指輪を眺める。青い石はセシリアが一生懸命選んだものだ。それは、先程見たルイスの瞳の色とうり二つであった。
――ルイス様が……傍に……………っ!
ルイスは自分の無意識の口説き文句で、隣のセシリアが悶えているとは気付いていない。そのまま別の話題へと方向転換してしまった。
「あぁ、そうだ。父上から手紙が届いたんだ。『二人で見ること』と書いてあってな」
ルイスは懐から一枚の手紙を取り出して、裏面に書かれた意味深なメッセージをセシリアに見せた。
「まぁ、何でしょうか。……まさか、滞在中に何か粗相してしまったのでしょうか」
「それはないから大丈夫。粗相しまくりなのはうちの両親だから。多分結婚式についてだと思うが……」
ルイスは苦笑しながら手紙の封を切った。中には一枚の手紙。流麗な文字は間違いなく父のグレアムのものであった。
『我が息子ルイスと可愛い義理娘セシリアさんへ
元気にしているかい?
二人がすぐに帰ってしまったから私もレベッカも寂しいよ。
さて、今回の件はあらかた聞いているよ。二人ともお手柄だったね。
『王家の秘宝』が数百年ぶりに王家に戻ったのはとても喜ばしいことだ。
王太子殿下が取り戻したという功績も非常に大きかったことだろう。
そこで、頑張った二人に私達からご褒美をあげることにした。
結婚は一年ではなく半年後とする。
それまで二人ともさらに精進するといい。
それでは、また遊びに来てくれるのを心から待っているよ』
「「……………」」
二人で手紙を読んだがルイスもセシリアもすぐに理解が追いつかなかった。二人して確認するようにもう一度読み返してしまう。
「………半年後」
先に呟いたのはルイスであった。呆然とした感じで、まだ手紙を見つめている。結婚が一年後と決まって一番落ち込んでいたのはルイスなのだ。セシリアもそれを知っているので嬉しいご褒美であった。
「ルイス様、半年後で――」
「やった! 半年後だ!!」
声をかけようとしたセシリアを遮り、ルイスはセシリアを抱きしめた。
「頑張った甲斐があった! 半年……あと半年で結婚だ!!」
「ひゃ………ル、ルイス様っ」
喜びを爆発させたルイスは、セシリアを抱きしめたままその首筋に顔を埋めた。ルイスの銀髪が頬を撫で、くすぐったさに思わず声を上げた。
「最高のご褒美だ! あと半年で俺達は夫婦だ!」
「ふふっ、ルイス様頑張りましたものね」
少年のようにはしゃぐルイスに、セシリアも嬉しくなった。ルイスの背中に手を回し、ぽんぽんと宥めるように叩いてみる。
ふいにルイスが顔を上げた。その顔は麗しい笑顔を浮かべていて、想像以上に近い距離にドキリとしてしまった。
「ル・イ・ス・!」
今は二人きりだからそう呼ぶようにと訂正される。有無を言わせない感はあるが、頑張ったルイスを労うためならこれくらい何でもない。
「良かったですね、ルイス」
「ああ。半年後か………」
ルイスは目の前で微笑むセシリアを見つめた。あと半年でついにセシリアが妻となる――こんなにも嬉しいことはない。
「何だかこの指輪もご褒美みたいですね。少し早いですけど夫婦になったみたいです」
照れながらはにかむセシリアの愛らしさは目を奪われるほどであった。それは一瞬でルイスの理性を瓦解させた。
――可愛いすぎかっ!
心を落ち着かせようと、抱きしめたままのセシリアの髪を指で梳く。さらさらの亜麻色の髪が指の間をすり抜けていくと、花湯の甘い残り香がふわりと鼻腔をくすぐる。ルイスは香りに誘われるように顔を近付けた。
「…………セシリア、キスしてもいいか?」
「えっ? えぇっ?」
どこか酔ったようなルイスの熱い瞳にセシリアは動揺した。真剣な眼差しから冗談ではないことを察する。もちろん嫌なわけではないが、改めて聞かれると答えづらいものがあった。
「あ、あの………い、今ですか………」
戸惑うセシリアにルイスは優しげな微笑みを向けた。しかし、その青い瞳の奥には抑えきれない激情が浮かんでいた。
「ここ数日、仕事を頑張ったんだ………ご褒美ということでどうだろうか」
ルイスは、そう言うとセシリアの返事を待たずに頬へ口付けた。動揺するセシリアを落ち着けるように、反対の頬へも優しく口付けていく。
「今回は中々に疲れてね。俺としても労いが欲しいんだ」
そして今度は、チュッとリップ音をたてながら眉間や目尻にも唇が触れていく。セシリアはたまらずに待ったの声をかけた。
「あ、あの………ルイス…………んっ」
名前を呼ばれたルイスは、その瞬間に我慢出来なくなり奪うようにセシリアの唇を塞いだ。驚きで腰が引けてしまったセシリアだが、ルイスの力強い腕が離れることを許さなかった。
「……………んぅ……」
想いを通わせ合ってから何度こうして唇を重ねてきただろう。セシリアは恥ずかしくてもルイスとの口づけを拒むことは出来なかった。最近ではもっと欲しいなどとも思っているのだ。
ルイスの舌に合わせるように、セシリアも舌を動かすと口付けは一層激しいものへと変わっていった。与えられる甘く痺れるような快感に、セシリアの意識もぼうっとしていく。
そんなセシリアを見下ろしてルイスは楽しげな笑みを浮かべた。
「セシリア……半年後は覚悟しておくように」
見慣れたはずのルイスの麗しい笑顔は、壮絶な色気を滲ませていた。その色気にくらくらと酔ってしまいそうだ。
ぼうっとした頭では何を覚悟するのか分からないが、何でもいいと思えた。小さくコクリと頷くセシリアを見て、ルイスは一層艶やかな笑みを浮かべた。
そうして二人はお互いの想いを確認し合うように、また深いキスを交わした。何度も何度も――。
そんな二人を見守るのは青と紫の石。絡み合う二人の手には、お揃いの指輪が輝いていた。
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