第13話 公爵様vs幼子
素敵なサロンでお茶を楽しんだ後、ルイスとセシリアは公爵邸散策を再開した。
もう一つのサロンやギャラリー、応接室などを案内してくれた。やはり公爵家なだけあり、どれも素晴らしいものばかりで見応えがあった。地下にも部屋はあるらしいが、リネン室やワイナリーなど、ほとんど使用人が使う部屋のため今回はスルーとなった。
最後に案内されたのはダイニングだ。六人は座れる大きなテーブルがあり、部屋の隅には暖炉もある。やはりシンプルながらも品の良い趣があった。
ルイスはダイニングテーブルを撫でながら懐かしむように話した。
「セシリアが怪我をする前は、ここで食事をしていたんだ。体調も良くなってきているし……リハビリも兼ねて食事はここで取るようにしてもいいかもな」
「えぇ、ぜひお願いします。いつも部屋まで持ってきて貰うのは悪いと思っていたんです……」
申し訳なさそうに目を伏せたセシリアを見て、ルイスはいつもの残念具合を発揮した。
――申し訳なさそうな表情も可愛い……。
「それなら料理長に直接話そうか。すぐ近くがキッチンなんだ」
そう言ってルイスは、残念思考を表には出さずに、一度廊下へ出てキッチンへとセシリアをエスコートした。キッチンはダイニングから歩いてすぐの所にあった。
「ノーマン、いるか?」
そう言ってキッチンの扉を開けると、中には少し体格のいい男性がキッチン台を拭いていた。どうやら後片付けをしていたようだ。男性は、ルイス達を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「ルイス様にセシリア様。こんな所まで見学ですかい……いやはや、お恥ずかしい」
「片付け中に悪いな。セシリア、彼は料理長のノーマンだ。ノーマン、今夜から食事はダイニングへ準備してくれるか」
紹介されたセシリアは、ノーマンへ丁寧にお辞儀をする。本来であれば貴族令嬢が使用人に頭を下げるなどあり得ない。セシリアのこういう身分関係なく礼儀正しい所も使用人に好かれる要員の一つだ。
「ノーマンさん、初めまして。セシリアと申します。いつも美味しいお食事ありがとうございます」
「こりゃご丁寧に。随分お元気になられたようで、良かった良かった……よしっ、今夜はご馳走にしねぇとな」
ニカッと笑う姿は人当たりの良さを感じさせる。セシリアも釣られるように自然と笑みを浮かべた。
軍人のようながっしりとした体格のため怖がられることも多いノーマンだが、セシリアは平気のようであった。
実際は『初めまして』ではないのだが、記憶を失っているので仕方ない。ノーマンもその辺りは理解しているのでセシリアに配慮して話していた。そんな時、勝手口の扉が勢いよく開いた。
「お父さん、とってきたよー!」
元気にキッチンに入ってきたのはジーンであった。手にはトマトやきゅうりが入ったカゴを持っている。頬に少し土が付いているが、気付いていないようだ。ノーマンの元へ駆け寄り一生懸命カゴの中身を見せていた。
「おぅ、えらいぞー」
「いっぱいとれたよ」
「あら……ジーン?」
ノーマンの陰でよく見えなかったがジーンだと気付いたセシリアは、思わず小さな友人の名前を呟いた。ノーマンに頭を撫でられて嬉しそうにしていたジーンも、声をかけられてようやくセシリアに気付いたらしい。ぱあっと満面の笑顔になった。
「セシリア姉さまっ! みてみて! ぼくがとったの!」
「あ、こら! 汚れたままで……セシリア様に失礼だろうがっ」
ノーマンに言われて気付いたのかジーンはセシリアの少し手前で慌てて急停止した。自分が土で汚れているのに気付いたがセシリアの元に行きたいのかそわそわしている。そんな可愛い反応に、セシリアの頬も弛んでしまう。
「大丈夫よ、いらっしゃい。お手伝いをしてたのね」
セシリアは目線を合わせるようにしゃがむとジーンを呼んだ。嬉しそうに近寄ってきたジーンの頬に付いた土をハンカチで拭ってやる。
「うん、おてつだいしてたの! みんなのごはんにするんだ」
先程ノーマンにしていたようにジーンはセシリアにもカゴの中身を見せた。
「まぁ、とても美味しそうね。ノーマンさん、私のご飯にも出してもらえませんか?」
そう頼まれたノーマンは困ったように苦笑した。それもそのはず、ジーンの採ってきた野菜は少し傷付いてたり、熟れすぎたりしているものがほとんどだ。とても未来の公爵夫人に出すものではない。まだ幼いジーンでは食べ頃を見分けるのが難しかったのだろう。
「えぇ? ……う~ん……」
「何かに使う予定でしたらすみません……」
躊躇っているノーマンを見て、セシリアは無理を言ってしまったと受け取ったらしい。
決して食べ頃とは言えない野菜でも、優しいセシリアなら美味しいと言うだろう。成り行きを眺めていたルイスは、婚約者の優しさに笑みを浮かべ口を挟まずにはいられなかった。
「ノーマン、腕の見せ所だぞ」
「………分かりましたよ。夕飯の材料にします」
「お父さん、ぼくのやさいちゃんとおいしくしてね」
セシリアから離れたジーンは、持っていたカゴをノーマンへと渡した。自分で収穫した野菜を食べてもらえるとあって上機嫌であった。笑顔がとても可愛い。
ジーンにほっこりしているとセシリアはふとある言葉が引っかかった。
「………あら? ………お父さん……??」
起ち上がったセシリアは、今更ながらに気付いた関係性にノーマンとジーンを交互に見た。ジーンはきょとんとしている。確かに、よく見れば優しげな目元が似ているような気がしなくもない。
ノーマンもルイスもセシリアが知っているものだと思っていたので少し反応が遅れてしまう。セシリアの反応を見て何とかおおよそを察したようであった。
「セシリア、ジーンはノーマンの息子だよ」
「セシリア様、いつもうちのやんちゃ坊主がお世話になってます」
そう言われてセシリアは、またもノーマンとジーンを交互に見て、さらには確かめるようにルイスを見た。なぜかルイスとノーマンには微笑ましそうな目を向けられた。
「知らなかったです……」
「ジーンの事は皆知ってるからな。エマ達も改めて言わなかったのかもしれない」
「あー……それに気遣われてっかもなぁ」
ノーマンの意味深な一言に小さく首を傾げると、ノーマンは言葉を続けた。
「俺が働いている間、一人にする訳にはいかんので親子共々住み込みにさせてもらってんですよ。手の空いた奴が面倒見てくれるんで助かってんですが……」
「最近はセシリアの所に入り浸りらしいがな」
「あっちは行くなって教えたんですけどねぇ。ヤンチャ盛りで困ったもんで……いやはや、申し訳ない」
新たな事実にセシリアは目を丸くした。そういえば以前、寝間着姿のジーンが玄関ホールに来た事があった。今思えば住み込みだったからなのか。
一般的に使用人が住み込みなのは珍しくはない。だが、ジーンのように使用人の子供が邸内を自由に歩き回るのは普通なら厳罰ものだ。フェーンベルグ邸は、その辺は寛容なのだろう。
「そうだったのですね。でも、私はジーンが来てくれると嬉しいですよ」
「セシリア姉さまー!」
セシリアの言葉に喜んだジーンは、またもセシリアに駆け寄ると甘えるように抱きついた。ルイスがそれを見てじとりとした目つきに変わる。
「すんませんねぇ。セシリア様は優しいんで、すっかり甘えちまって……」
「ジーン、セシリアは俺の婚約者だからな」
「でもぼくのほうがなかよしだもん」
「……ぐっ」
「ルイス様……四歳児に言い負けんで下さいよ…」
セシリアはぎゅっと抱きついてくるジーンの頭を撫でてやりながらルイスを見上げた。ジーンに反論できなかったのか、むすりとした表情をしている。普段の凛々しい姿とは違い何だか可愛らしい。
「ルイスさまにはぼくのとってきたやさいあげない」
「ほぅ……人参が食べられないお子様がよく言うな」
「にんじんケーキはたべれるもん」
「すり潰してあるからだろ」
セシリアから離れたジーンは噛みつかんばかりの勢いでルイスに食ってかかっていった。子供のような言い合いを始めた二人を尻目にノーマンが小声で話しかけてきた。
「本当すんませんねぇ。妻は一年前に病死しちまって……セシリア様に母親を重ねてんのかもしれねぇなぁ」
「まぁ……」
ノーマンが小声だったのはジーンを気遣ったのかもしれない。先程の『気遣われてっかも』というのも奥様の事だったのだろう。
「お母様の代わりには程遠いとは思いますが、私で良ければ遊び相手になりますよ。実は可愛いお客様が来てくれるのが毎日とても楽しみなのです」
そう言って微笑んだセシリアにノーマンは「そりゃあ、ありがたい」と笑って答えた。
「そういえばセシリア様は苦手な食べ物はありますかい?」
「え……? いいえ、特には」
セシリアにはこれといった好き嫌いはない。あえて言うなら少食というくらいだ。それもノーマンが工夫してくれるので公爵家での食事で困ったことはない。
ノーマンはニヤリと笑った後、声を潜めたまま話を続けた。一瞬だけノーマンの視線がルイスの方を向いた気がした。
「ここだけの話……ルイス様はナスが苦手なんですぜ」
「そうなのですか?」
「食感とか味とか……全部苦手みたいです。何とか克服させようとしましたが無理でしたね。内緒ですぜ」
あの何でも完璧そうなルイスにも苦手な物があったとは意外であった。ルイスを見るとまだジーンと子供みたいな言い合いをしている。その様子は年の離れた兄弟のようだ。
「にんじんたべなくてもへいきだもーん!」
「そんなんじゃいつまでたっても大きくなれないな」
「うぅーーいじわるっ! セシリア姉さま~」
どうやら決着が着いたようで、むくれたジーンがセシリアの足下に抱きついてきた。よほど人参が苦手らしい。好き嫌いは良くないがまだ子供なのだから仕方ないのかもしれない。
「はいはーい、そこまで。ルイス様、子供相手なんでほどほどにして下せぇ。ジーンも人参食べなきゃ強くなれねぇぞ」
「にんじん……きらい……」
涙目のジーンを見下ろしてセシリアは苦笑した。無理強いは可哀想だが、克服しておいて損はないはずだ。
「最初はすごく小さくして食べてみるのはどうかしら。シチューとかハンバーグに混ざってたら食べられるかもしれないわよ」
「………」
「じゃあ、私と半分こにして食べましょうか? 一緒に食べればきっと美味しいわ」
「……本当?」
「ええ。お昼は一人だからジーンが一緒だと私も嬉しいわ」
優しく笑うセシリアを見上げ、ジーンはぱあっと明るい顔になった。
それとは逆にじとりとした目をする男が一人……。
「いやぁ、ルイス様すんませんねぇ。まだ四歳なんで大目に見てやって下せぇ」
「セシリアと半分こ……」
「最初から半分に切り分けて出しますんで」
「セシリアとランチ……」
「朝晩は一緒でしょうに」
セシリアを独り占めして満足そうなジーンは、ルイスの方を見て勝ち誇った顔をしていた。
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