第2話 顔合わせはすんなりと

「ごめんなさいねぇ。嬉しくてついはしゃいじゃって」


 到着早々、玄関ホールでルイスの母にもみくちゃにされたセシリアは、あのあとすぐルイスに救出された。現在は応接室へと場所を移動している。ここへ来るのも、実の両親を威嚇するルイスに抱き上げられての移動となった。


 まだ挨拶すらしていないのにお姫様抱っこを見られるとは恥ずかし過ぎる。二人からは微笑ましそうな目で見られ、穴があったら入りたいほどいたたまれない気分であった。


「それでは改めまして、セシリアさん。ルイスの父・グレアムだ。気軽に『お義父さんおとうさん』と呼んでほしいなぁ」

「母のレベッカよ。会えて嬉しいわ。私の事は『お義母さんおかあさん』って呼んでね」


 二人とも語尾にハートが付かんばかりの愛嬌たっぷりなお願いであった。もはや自己紹介ではなく完全におねだりである。


 目をパチパチとさせるセシリアの隣で、ルイスはあまりにも奔放な両親に頭痛を覚え、こめかみを押さえていた。ルイスが本邸をできるだけ避けていたのはこの二人が原因なのだ。本邸へ着いてセシリアに事前に謝ったのも、この両親の性格を熟知していたからである。


 エマとアシュトンがそそくさと逃げたのもこの二人に捕まると大変なのを身に染みて知っているからであった。グレアム達も孤児院へは足繁く通っていたので、彼らを我が子のように慈しんでいるのだ。


 セシリアは目の前に座る二人をさりげなく観察した。一目で分かったのは、フェーンベルグ一族の顔面偏差値がとてつもなく高いという事だ。美男美女過ぎて見とれてしまう。


 ルイスの父・グレアムは、ダークブルーの髪にルイスと同じアクアマリンのようなブルーの瞳。落ち着いた雰囲気と優しげな微笑みが、よりダンディーさを演出していた。大人の男性とは斯くやという包容力を感じさせる。


 母のレベッカは、美しいシルバーブロンドがとても印象的であった。成人した息子がいるとは思えない若々しさで大人の色気を感じさせる艶やかな美しさだ。しかし、黙っていれば魅惑的な美人だが、エネルギッシュな性格がそれを帳消しにしていた。


 どうやらルイスの瞳は父譲り、髪は母譲りのようだ。ぱっと見では父親似のようだが、よく見ると母親にも似ていた。こうして見ると、家族だというのがよく分かる。


 いきなりのお義父さん・お義母さん発言には驚いてしまったが、セシリアは居住まいを正して口を開いた。玄関ホールではレベッカに抱きしめられて、挨拶が出来なかったのだ。それに、何といっても今回はルイスとの結婚を認めてもらいたくてここへ来たのだ。ここが頑張りどころだと言い聞かせた。


「お初にお目にかかります。私はセシリアと申します。本日はルイス様との結婚を認めて頂きたくてお邪魔致しました。訳あって姓を名乗らない御無礼をお許し下さい」


 誠心誠意、心を込めて挨拶をすると頭を下げた。結婚を認めないと言われたらーーそう思うと手が震えてしまう。セシリアは手の震えを悟られないようにしながら顔を上げた。すると、予想外の光景が目に入った。


「やー、可愛いなぁ。癒やし系の娘……最高だね」

「んもぅ、ルイスったら! 何でもっと早く連れてきてくれないのよ!」


 これは……歓迎されていると思ってもいいのだろうか?


 気が抜けてしまうほど、のんびりとした二人の反応にセシリアは呆気に取られてしまった。どうしたらいいのか分からなくなり思わず隣のルイスへと視線を向ける。


 セシリアの不安げな瞳に気付いたルイスは、任せろと言わんばかりに頷いてみせた。そのあと、じろりと両親を睨みつけた。


「父上、母上。セシリアが驚いています。いい大人なんですから、もう少しキチンと出来ないのですか」

「ルイスは相変わらず小言が多いなぁ」

「そうよ。堅苦しくしたらセシリアちゃんだって居心地悪いでしょう」

「あなた達はいつもこうでしょう。奇抜な両親のせいで婚約破棄されたらどうしてくれるんですか」

「やだ、それは困るわ」

「うん、それは避けたいね」


 フェーンベルグ親子の視線が一斉にセシリアへと集まる。ルイスなど自分で言ったのに不安げな瞳をセシリアに向けてくるのはどういうことだろうか。


 突然、話しの中心へ引っ張り出されたセシリアは思わず背筋を伸ばした。三つの視線に注目され、追い立てられるように慌てて言葉を発する。


「い、いえ。私はルイス様と結婚したいです。それに、お二人はとても素敵なご両親だと思います」


 セシリアのこの発言に、三人は安心すると同時にほっこりと心を和ませた。今日もセシリアの愛らしさは健在である。


「おやおや、素敵だってさ。嬉しいねぇ」

「きゃー! グレアム、聞いた? 『ルイスと結婚したい』ですって。初々しくてなんて可愛いの!」

「……かっ……可愛すぎる……」


 盛り上がる両親をよそに、結婚したいと宣言されたルイスは一人幸せを噛みしめていた。散々婚約破棄を申し出られたあの日がまるで嘘のようだ。想いを通わせ合って以来、ルイスは今まで以上にセシリアに骨抜きになっていた。


「セシリアさん、私達は君がお嫁に来てくれるのは大歓迎だよ」

「ええ、私もよ。貴女みたいに可愛いお嫁さんなら大賛成よ」


 結婚は賛成だと言われ、セシリアはホッと胸を撫で下ろした。二人から優しげな微笑みを向けられ、セシリアも笑みを浮かべる。しかし、続く言葉に大いに困惑することになる。


「それでそれで! 『お義母さん』って呼んでくれるのかしら?」

「私の事も『お義父さん』って呼んでくれるよね?」

「あー、もうっ! 父上っ! 母上っ!」


 全く懲りない両親に、ルイスは諫めるような声を上げた。そして、ガミガミと叱りつけるように説教を始めてしまう。まるで親子が逆転したような光景だが、実はこれがフェーンベルグ親子の日常でもあった。


 統治は優秀だが少々のんびりした父、社交は完璧なのに普段はエネルギッシュ過ぎる母。そんな両親の荒波に揉まれて育ったルイスは幼少時からかなりしっかりした子供となった。


 セシリアは普段見ることのない、ルイスの姿に小さく笑ってしまう。こんな素敵な人達と家族になれるなんて夢のようだ。そうして三人へと声をかけた。


「あの……不束者ふつつかものですが、末永くよろしくお願い致します。………お、お義父様、お義母様」


 セシリアのもたらした破壊力は色々とすごかった。頬を染めて恥じらう姿。遠慮がちながらも懸命に言葉を紡ぐ姿。


 セシリアのこの一声で三人はピタリと言い合うのをやめた。親子だけあってタイミングも仕草もそっくりである。


「や……やだ……可愛い過ぎっ! お義母様………すっごくいいわ!」

「本当だね。いやぁ、お義父様……いい響きだ」


 グレアムとレベッカもセシリアの可愛らしさにもうメロメロであった。元々優しそうな目元が、さらに下がってしまっている。


 親しみを込めて『お義父様』『お義母様』と呼んでみたのだが、二人の反応が想像以上でセシリアは妙に気恥ずかしくなり俯くしかなかった。


 そんなセシリアを見てルイスは申し訳ない気持ちになる。両親がセシリアを気に入るのは予想していたが、ここまではしゃぐとは想定外であった。ルイスは心底疲れたようにげんなりしながら、セシリアへ声をかけた。


「セシリア……気を遣わせてすまない。あの二人はいつもああなんだ……」

「いいえ、とんでもないです。歓迎して頂きとても嬉しいです」


 慌てて顔を上げたセシリアは、気遣ってくれるルイスに何でもないことを伝えた。セシリアからすれば本当に素敵な両親にしか見えない。明るく優しく……そして、とても仲睦まじい。自分もルイスとこうなりたいと思ったくらいだ。


 そんな中、場を仕切るようにパンパンと手を叩く音が響いた。音の主はグレアムであった。全員の視線が集まったのを確認すると柔和な笑みを浮かべた。


「さて、色々話したいところだが……二人とも長旅で疲れただろう。今日はもう休むといい。まだまだ話す機会はあるしね」

「そうね。ルイス、セシリアちゃんの部屋は貴方の部屋の隣にしておいたわ」


 散々疲れさせた原因の二人にルイスは溜め息をついた。しかし既に時計の針は遅い時間を示している。緊張、その他諸々で疲れているだろうセシリアを早く休ませたい。そう思ったルイスは当たり前のようにセシリアを抱き上げた。


「お気遣いありがとうございます。それでは我々は休ませて頂きます。長旅と心労で疲れておりますので」

「きゃっ! ルイス様、自分で歩けます。下ろして下さいっ!」


 突然抱き上げられたセシリアは悲痛な声を上げた。しかし、そんな反応すら可愛くて仕方がないと言わんばかりに、ルイスはニコニコと楽しそうな笑顔でセシリアの言葉を受け流してしまう。


 グレアムもレベッカも微笑むだけで止める気配はなかった。


「それじゃ、また明日」

「おやすみなさ~い」


 ひらひらと手を振るグレアムとレベッカにセシリアはルイスの肩越しにはなるが何とかお辞儀をした。


 こうしてルイスの両親への顔合わせは、無事に終わることが出来たのであった。

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