第22話 とある部下の一日

 初めまして、ルイス様の部下です。第二部隊に配属されてまだ一年にも満たない新人です。


 今日は我々が所属する第二部隊を紹介したいと思います。まずは簡単に第二部隊の説明から。


 国軍・第二部隊はルイス・フェーンベルグという若き隊長が率いています。隊長は、由緒ある公爵家の当主でもあり、顔良し・頭良し・強さ半端なしという非常に優秀な方です。ご令嬢方にもモッテモテです。ええ、それはもう羨ましいくらいに。


 し・か・し、うちの隊長は性格に少々――正直に言うとかなり難があります。


 冷酷、非情、、残忍、鬼っ! 国軍内では密かに魔王と呼ばれているくらいです。ちなみに第二部隊の副隊長であるディルクさんは悪魔と呼ばれております。人が良さそうに見えてやる事エグいんです、あの人……。


 そんな魔王と悪魔に支配……いえ率いられた第二部隊は、秘密裏に動く事の多い機密部隊です。国敵になりそうな人物を調査したり、王族暗殺を未然に防いだり。あまり公に出来ないような事案を担当しています。


 半年ほど前には、そこそこ大きな犯罪組織を捕らえる仕事がありました。長年この王都の裏に蔓延っていただけあって結構手強かったのを覚えています。最終的には隊長自ら潜入調査をされて、内と外両方から崩すことに成功しました。それでも取りこぼしが出てしまい、残党処理はいまだに継続中です。


 第二部隊では、一度潜入調査をするとしばらく内勤となります。顔バレしている可能性を考慮しての事です。裏の世界では情報がすぐに行き交うので、今後の仕事を見越しての対策です。


 隊長がここしばらく書類とばかり向き合ってるのはそのせいです。まぁ、書類といっても分析・証拠探しといった特殊なものばかりですが。


 そして今は隊長の婚約者が襲われた事件を追っています。この事件は元々、第四部隊が担当していたのですが、我らが魔王様が力尽くで捜査権を奪ってきました。後日見かけた第四部隊の連中がボロ雑巾のようだったのには心から同情します。


 そんな訳で我々は、先日からこの事件解決に向けて本格的に動き出しました。


 王都民に扮して噂や目撃情報をさらったり、深夜の酒場でさりげなく話題にして反応を見たり。第四部隊で集めた情報も、一から洗い直しました。


 しかし、すぐに泣きたくなるような出来事が起こりました。婚約者に会えない魔お……隊長の機嫌がどんどん悪くなっていったのです。


 今まで政略的と思われていた隊長の婚約ですが、どうやら隊長の熱烈な一目惚れだったという事がこの前判明しました。女性嫌いと知られているので驚きましたが、そこまで惚れているのなら隊長がここまで機嫌が悪くなるのも頷けます。


 そして、泊まりこみとなって三日目……とうとう事件が起きました。


 早朝、第二部隊の宿舎からふらりと隊長がいなくなったのです。最初は散歩かと思ったのですが、騒がしい声に嫌な予感を覚え駆けつけた先で見たものは……それはもう凄惨な現場でした。


 朝の自主鍛錬で集まっていた部隊員をたった一人で殲滅(殺してはいない)していたのです。訓練場にいた死屍累々のしかばね(殺してはいない)の中には、どこかの隊の副隊長までいたそうです。腕利き揃いの彼らを、うちの隊長はクールと評される鉄仮面で憂さ晴らしとばかりに一人で殲滅(何度も言うが殺してはいない)したのです。しかも、手加減をしていたぶるようにじわじわと追い詰めたとか……。


――ひぃっ!! これはマズイ! このままでは我々も危ないっ! 怖いっ! 怖すぎるっ!


 そう感じたのは先輩達も同じだったようです。たまたま来ていたモーリスさんを見つけて泣きついたそうです。彼は快く『何とかしましょう』と言ってくれたとか。モーリスさん、マジでかっこいいです。


 婚約者の手紙でも持ってきてくれれば、隊長の機嫌も落ち着き、あと数日は持ち堪えられるかもしれない。その数日のうちに調査を粗方終えなければいけないという新たなプレッシャーには気付かないふりをします。


 あぁ、早く鎮静剤(婚約者の手紙)が届かないものか。そんな我々の切なる願いは大きく外れることとなります。


 なんと、婚約者本人が登場したのです! まさか本人を連れてくるとは……。あの魔王にしてこの執事ありというべきでしょうか。


 しかし、その婚約者さんにも驚愕でした。


 儚げで清楚な超美人。華奢だけど女性らしい体つきは眼福。纏う雰囲気は柔らかく、優しそうに微笑む姿は庇護欲が掻き立てられます。


『お仕事中に申し訳ありません。差し入れをお持ちしたので皆様で食べて頂けたらと』


 声も透明感があってめちゃくちゃ可愛い。見惚れてしまったのは自分だけではないはずです。


 思わず隊員全員で興奮してしまったら隊長のものすごい殺気で一蹴されましたよ。婚約者さんの後ろにいたメイドちゃんも殺気飛ばしてきたし。あの殺気……あの子も只者じゃないでしょ。


 隊長が近寄ると婚約者さんが安堵した表情を見せたのを自分は見逃さなかったですよ。隊長の一目惚れと聞いてたけど、どうやら一方通行の愛ではなさそうですねぇ。あんな美人に好かれるなんて超うらやましい。


 というか隊長もあんな顔が出来たんですね。女性に言い寄られてても嫌そうにしてる所しか見た事がないので衝撃的です。美男美女……うん、絵になるなぁ。


 隊長が婚約者を馬車まで送っている間、我々はそれはもう大盛り上がりでした。隊長の普段見せない笑顔よりも、セシリアさんの美しさに話しは尽きません。


「いやぁ、隊長の婚約者マジ可愛かったなぁ」

「目の保養ってああいう事を言うんだな」

「美人と可愛いって両立するんすね」

「すっげぇ癒やされた……あの子のためならこの仕事頑張ろう」


 差し入れもすごく美味しかったです。さすがは公爵家の料理人。最近忙しすぎて食事が疎かだったので体に染み渡ります。デザートまで入ってるなんて至れり尽くせりです。


 食べ終わる頃には、隊長がお見送りから戻ってきました。心なしか元気がない……いや、機嫌が悪いような気がしないでもない。


「隊長! 婚約者さん、めちゃくちゃ可愛いっすね」

「わざわざ差し入れに来るとかマジ優しい!」

「また来ますかっ??」


 興奮冷めやらぬ仲間達は、隊長に詰め寄るように近付いていきました。あの人達、空気読めないんでしょうか……。


 案の定、ディルクさんは笑顔のままさりげなく離れていきました。ディルクさんの危機察知能力は一級品です。これはやばい……仲間達の輪には加わらず、素知らぬふりで差し入れの後片付けをして我関せずの空気を醸し出します。


「……お前達、差し入れで腹も満たされただろう。訓練場に行くぞ」

「「「 えぇっ!? 」」」


 うわっ、いつもの隊長だ。背筋がぞわっとした。というかこの人達、婚約者さんを怯えさせて殺気くらったのも忘れてるんじゃ……。


 仲間達が凍りついている中、我らが隊長は言葉を続けます。貴重な笑顔(ただし目は笑っていない)で我々を見渡します。


「ここ数日デスクワークが続いて運動不足だろう? 腹ごなしに付き合ってやろうじゃないか。……お前達は書類をまとめておけ」

「はいは~い♪」

「か、かしこまりました」


 良かった……何とかディルクさんと共に危険を回避出来ました。ディルクさんのおかげです。


 テンションだだ下がり……むしろ連行される犯人のようにうなだれる仲間達に心の中で合掌しておきます。

 

 どんなに婚約者さんに優しくても隊長は隊長です。『魔王の機嫌は損ねるべからず』、これ大事ですね。今日はそんな事を再認識させられた一日でした。

 

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