第24話 報告会
「『セシリア様を公爵夫人にお迎えし隊(命名エマ)』の事、教えてくれないとか酷くないっすか!? そんな楽しそうな事、俺だけ仲間外れなんてー!」
「わりぃ、てっきりもう誰かが伝えてんのかと」
「ひどいっ!」
賑やかな声が響くのは使用人の休憩室だ。
アシュトンはついこの間までルイスの命令で長らく留守にしていた。そのため、『セシリア様を公爵夫人にお迎えし隊(命名エマ)』の事を今まで知らなかったのだ。のけ者にされたと嘆くアシュトンにノーマンが謝るも、逆効果のようでさめざめと泣き言を言っている。
「俺、今朝知ってダッシュで植栽いじったんすよ。ピクニックするならお庭デート! これ、鉄板でしょ!」
早朝、この休憩室に朝食を食べに来たアシュトンは『セシリア様を公爵夫人にお迎えし隊(命名エマ)』の成果報告が今晩あると告げられた。もちろんセシリアがピクニックを計画していることも耳に入っていた。ルイス勅命で動いていたのだから別に成果がなくても誰も何も言わなかっただろう。しかしアシュトンは、そこから庭に出て一からトピアリーを作りあげたのだ。しかも四体も。
「あの短時間でよくもまぁあんな見事なトピアリーを作り上げたよな……」
「本当アシュトンさんって万能ですよね……」
「いじられキャラだけど何でも出来るすごい人ではあるんですよねぇ……」
テーブルに突っ伏してむくれるアシュトンにノーマンやメイド達が呆れ混じりの賛辞を贈る。
「はいはい、ではさっさと報告会を始めますよ。皆さん、その後の首尾はいかかですか?」
話が長くなりそうだと思ったモーリスは手を叩いて本題を切り出した。本日の定例会議は、婚約破棄を防ぐための経過報告だ。ルイスだけに任せていてはセシリアに逃げられる可能性が高いので使用人一同も気を配っているのだ。
「私はセシリア様が読まれる本を恋愛小説メインで揃えてみました。身分差を気にされているようなので本で意識改革をしてみようかと思いまして」
「実際は伯爵令嬢なんですから釣り合いは取れてますよね」
「そこんとこは記憶喪失中なんだからしゃーないだろ」
「でもでも! あの本、セシリア様結構ハマってらっしゃったわよ」
先陣を切ったのは生真面目なアメリアだ。次いで他の者も意見を述べ始める。
セシリアがアメリア推薦の小説を気に入っているのは本当だ。今では別シリーズを読むまでになっている。しかし、肝心のルイスへの意識改革が出来ているかは微妙であった。
次に我こそはと声を上げたのは料理長のノーマンだ。
「俺はルイス様の差し入れにハート型のクッキーを勧めておきましたぜー」
「…………我々への差し入れも同じでしたが?」
「ルイス様が知らなきゃ問題なし」
サムズアップして意気揚々と報告したノーマンにツッコミを入れたのはモーリスだ。今の所、ルイスには使用人にもハートクッキーが差し入れされている事は知られていない。ちなみにジーンにもあげている。ルイスがハート型クッキーの差し入れにとても喜んでいたので今後もそこは秘密にしなければならない。
「そういえば、お二人はいつの間にか挨拶のキスをするようになったわよね」
「最初はルイス様の下心満載な行動かと思ったが……セシリア様も特別嫌がってるようではないよな。恥ずかしそうにはしてるけど」
「あら、でも最近じゃセシリア様も慣れてきたようよ。見た目だけならラブラブよ!」
そう口にしたのは、他の使用人だ。お見送り、出迎えと毎回のようにしていれば使用人達だって見慣れたものだ。
最近のセシリアは前ほど恥ずかしがらずにキス出来るようになっていた。それが慣れなのかルイスに対する思いの変化なのかは誰も分からない。後者であることを願うばかりである。
「そういやー、ルイス様が不在の時は見るからに寂しそうだったよな。差し入れの提案したらえらいはしゃいでたし」
ルイス不在でセシリアが元気を無くしていたのは誰もが知っていた。泊まり込みとなったと聞いたあとも、早起きしてはダイニングへ行き、ルイスが帰っていないことにガッカリしていた。夜も出来る限り遅くまで起きていたようだ。
本人は無意識かもしれないが毎日のように『ルイス様は、今日お戻りになりますか?』とよくモーリスに尋ねていたのだ。あれで恋愛感情がないというのが心底不思議である。
「ふむ……経過は順調という所ですかね。とりあえず嫌悪感は抱かれていないようで安心しました」
モーリスが皆の報告から先行きは悪くないと結論づけた。
「………ルイス様、全然信用ないのな……」
水を差すように言葉を挟んだのは、アシュトンであった。婚約破棄云々よりも好感度から問題視されているとは、主人へ対しての忠誠と信頼はどこへいったのだろうか。セシリアに対してのルイスの残念具合は全員周知の上なので、アシュトンの呟きには誰も突っ込まなかった。
「エマ、あなたからは何かありますか?」
いつもなら嬉々として報告をあげるエマが今日はやけに静かであった。それを察したモーリスがエマへと問いかけた。
「……この間、セシリア様が何か変だったんですぅ」
「それはルイス様への態度がか?」
セシリア付きのメイドであるエマが言うなら一大事である。誰よりも傍にいるため、異変を察知しやすい。まさか我らが主は、何かしでかしたのだろうか(ひどい)。全員が真剣な眼差しをエマに向けた。
「ルイス様への好感度は確かに上がっていると思いますぅ~。変だったのは、何というかぁ……時折ぼーっとされたりぃ……物思いに耽っているというかぁ……もしかして記憶が戻りつつあるのかなぁと」
エマの話しに全員が目を見開いた。専属メイドのエマがそう言うのであれば……。
「記憶が戻られるのなら喜ばしい限りです。ですがエマはそのような感じではありませんね?」
モーリスの一言にエマは口を尖らせた。その仕草に、幼少時からの付き合いであるアシュトンは言いたいことを察して苦笑した。
「セシリア様が記憶を取り戻されたら犯人に気付いて心を痛めるじゃないですかぁ……。きっと傷付かれますぅ~」
この言葉には全員が苦い顔をした。
第二部隊の捜査とアシュトンの調査結果で犯人は既に割れている。もちろん使用人達にもそれは知らされていた。今は、犯人を確保しつつセシリアを世間的に守るための下準備をしている
記憶が戻ればルイスとの結婚は(そこそこ)間違いない。美しく心優しい公爵夫人を迎えるのには諸手を挙げて賛成しかない。しかし、エマの言うように犯人を知ったセシリアは傷付くだろう。使用人達もそれを察して押し黙ってしまった。
そんな中、明るい声で言葉を発したのはアシュトンであった。
「エマは本当セシリア様が大好きだよなぁ。大丈夫、ルイス様なら上手く説明してくれるって」
確かにルイスであればセシリアが傷付くのをよしとはしないだろう。セシリアが事実を知ったとしても最適な言葉選びで話しをするに違いない。セシリアへの態度は酷評されているルイスだが、そういう所では絶大に信頼されているのだ。
「アシュトンの言う通りです。ルイス様もセシリア様を傷付けたくないので穏便に事を済ませようと動いてらっしゃいます」
幾人かが同意するように頷く。
しばしの沈黙のあと、他に発言がない事から話しがまとまったと判断したモーリスは、始まりと同じように手を叩いた。
「さて、犯人捕縛につきましてはルイス様の方で調整中です。いつ誰が動く事になるかは分かりませんので各自心しておいて下さい」
「「「「 はいっ! 」」」」
モーリスの言葉は、戦闘を予期させるものであったが誰もが異を唱えることはない。フェーンベルグ公爵家の使用人は、全員が『戦える使用人』なのだ。
「屋敷内であろうとセシリア様の安全を最優先に。決して敵の侵入を許してはなりませんよ」
「「「「 はいっ! 」」」」
二度とセシリアをあんな目には合わせない。使用人達は誰もがそう思っている。
「それと、ルイス様への援護は引き続き継続ということで」
「「「「 イエッサー!! 」」」」
こうして使用人達の団結は一層強固なものになるのであった。
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