第三話〈白装束の鬼〉

 泰正は英心に置き手紙を残し、屋敷を去った。

 場所は、左京のとある屋敷。

 文を渡してきた童に、かつて泰正が住んでいた屋敷に偵察に向かわせた。

 後ほど別の式神を通して伝えてもらう手筈だ。


 周囲に警戒しつつ、日当たりの悪いある屋敷にたどり着いた。

 門番には童の式神が使われており、嫌な予感がして目線を泳がせると、門が重苦しい音を立てて開かれていく。

 姿を見せたのは――漆黒の陰陽師であった。


「道満! お前が絡んでいたのか!」

「ハッ今更気づいたのか」


 馬鹿にしたように笑う奴に、泰正は頭痛を感じて顔を振る。


 ――普段から姿が見えない事が多かったが、してやられた!


 憤りが隠せず、唇を噛みしめて睨みつけていると、別の人物が道満の後から現れたので神経を尖らせた。


 強装束をまとう初老の男が佇んでいた。

 泰正と目が合うと、白粉を厚く塗り、太い眉が描かれた顔を綻ばせ、鉄漿を塗りこんだ歯を覗かせる。

 紅をさした唇を開くと手招いた。


「さあ。こちらへ……」


 扇子を仰ぎながらついてこいと促す、不気味な笑みを浮かべた貴族の男の後に続く。

 今すぐに千景を返せと怒鳴りつけたい衝動に負けそうになる。


 ――冷静になれ!


 隣に並んでのこのこついてくる道満が腹ただしい。

 奴はへらへら笑うだけでまともに目線さえあわさない。


 通された部屋には、三人の男が並んで座っていた。

 皆、異様な鬼の面をつけており、予想するに、出迎えた貴族よりも地位が高いのであろう。


 彼らはろくに口もきかず、ひたすら酒を勧めてきた。

 泰正は千景の無事を確かめたいと懇願するが、酒を煽れとさしだすので、思わず声を荒げた。


「いい加減になされよ!! 千景の無事を確かめるまでは酒は口にせん!」


 三人の鬼面の輩は、顔を見合わせる。

 泰正の後に控えていた先程出迎えたあの男に、隣の部屋へと導かれた。

 道満が戸口を開く。

 隙間から見えたのは、穏やかな顔でねむる千景の姿であった。

 泰正は息を呑み、道満を睨みつけた。


「貴様! お前が、千景を!?」

「まあそう怒るな。とにかく大人しくすれば、無事に返すからな?」

「……っ」


 ――なんという事だ! もっと、千景を気にかけるべきだった!


 唇をかみしめて、みずから隣の部屋に戻り、鬼面共に言い放つ。


「卑怯者め!! 私は、あの子を守るためならば、なんでもするが……万が一にも手を出せば容赦はせぬぞ!!」


 泰正の怒声を聞いた鬼面共は声もなく肩を揺すり、手を伸ばしてきた。

 道満とあの男は沈黙して成り行きを見守っている。


 泰正は衣服に手をかける連中を睨みつけた。


 ――まさか、私の身体を……!? 下衆め!!


 脳裏には英心の顔が浮かび、頭を振ってかきけす。

 いまは、千景を無事に取り戻す事が最優先だ。


 とうとう裸体を曝け出したその時、どこからともなく鈴の音と、唸るような声が響いてきた。


 チリン……リン……


 “ヨクモ、ヨクモオッ”


「……っ」

「この音? 声は?」


 鬼面共は息を呑むだけだが、泰正は声を上げて反応すると、視線を泳がせる。

 その正体は、鬼面共のすぐ後に立っていた。

 泰正は、目を見開く。


 ――白装束の、鬼?


 正確には、奴らと同じく鬼面をつけていた。体格からして男だ。

 白装束は鬼面共に術をかけたらしく、またたくまに薙ぎ倒す。

 裸体の泰正を抱きしめて、部屋から飛び出そうとした。


「待たぬか!!」 


 戸口で一括したのは、案内人の貴族の男だ。

 道満はにやついているだけで何もしない。

 泰正をかかえて跳ねた鬼面は、男の顔面を踏み台にすると、華麗に塀を乗り越えた。


「うわっ」


 泰正は優雅な所作で地におろされ、驚愕する。

 いつのまにか、鬼面が地に落ちており、白い着物が頭にかぶさってきたのだ。


「お、おい!?」


 どこを見ても、だれもいない。

 泰正は着物をだきしめながら、ひたすら首を傾げていた。


 ――まさか、式神か?


 それにしては、気配が異様であったのだ。





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