第四話〈不思議な少年〉


 祭りは七日間行われるが、本番以外は自由に行動ができるのだ。

 泰正は千景にあまり遅くならぬよう忠告だけすると、嬉しそうに礼を述べて友に会いに行くとはしゃぎながら飛び出していった。


 泰正も街へ繰り出し見物でもする事にした。

 

 紫倉宮の屋敷は高台にあり、都を見渡させる場所にある為、桜に包まれるかのような美しい都の様子がよく見える。


 うららかな空気とは裏腹に、世は常に不安定であり、虚ろであった。


 魂の休まる場所のないこの世は、常に人ならざる存在と背中合わせに在る。


 なので、人々は大抵魔除けとされる鏡を持ち歩いているのだ。

 泰正のような陰陽師達は魂自体が常人よりも力が強い為、より強力な魔鏡を持ち歩き、民を邪悪なものから守ることに一役買っている。


 〝人間共のニオイが強いな。うまそうだ〟


 脳内に響く低い声に応えぬよう、意識を己に集中させる。

 ゆっくりと歩を進めて、青と薄桃に染まる空を見上げて深く呼吸を繰り返す。

 行き交う人々は皆桜の美しさに目を奪われ、泰正に目を向ける者は然程おらず、おかげで良い気分転換になった。


 一刻は歩いただろうか。目に付いた休所に足を運ぶ。

 この休所は祭りの期間中に特別に作られれているのだ。

 対応するのは、英心の式神である。

 男の姿の式神に茶を頼むと、一瞬、泰正を見て狼狽えたが、すぐに奥の座敷に案内された。

 丸く切り取られた窓から庭の景色に魅入られていると、どこからともなく大声が聞こえてきて、思わず腰を上げると座敷から身を乗り出す。


 二階から階段を転げ落ちてきた男が顔面蒼白で叫んだ。


「逃げろ!! ここは危険だ!!」

「何があった!?」


 泰正は目立つことを避けてはいるが、流石に見過ごせず、男を支えて顔を覗きこむ。

 男は憔悴しきった目で、泰正にくってかかるように声を張り上げた。


「鏡が何かを呼んでるんだ!!」

「鏡? 魔鏡の事か? そなたは魔鏡師なのか?」

「そ、そうだ!! 祭りに集まった魑魅魍魎を封じる為の鏡なのに、な、なぜか鏡が呼び始めて」

「上だな?」

「あ、ああ」


 男を傍にいた者に預け、階段を上り扉が開け放たれた畳部屋へと滑り込む。

 

「なっこんな事が、あるわけが!」


 視界に入り込んだ巨大な鏡の放つ光の異様さに声を荒げる。

 それは、この鏡はかの地に繋がっている筈だ。

 だから、このような“人間”が出現する事など有り得ないのだ。


 泰正は、割れた鏡の前で仰向けに横たわっている少年に駆け寄ると、まずはその脈を確かめる。


 あどけない表情で意識を失っている男子は、身体にぴっちりとした白と紺の衣服を纏っており、歳は十五、六程だろうか。見たこともない珍しい格好をしていた。

 何にせよ、このままにしていては危ない。

 駆けつけた千景と共に休所を後にした。

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