第五話〈疑われて〉


 屋敷に戻った泰正は、少年を奥に敷いた布団に寝かせてやると、小窓から飛び込んで来た鷹に向き直る。

 鷹の足には紐でくくりつけられた生薬があり、手を伸ばして丁寧に取った。


 小さな竹筒に入った丸く黒い丸薬を少年の口に運び、水と共に飲ませた。


 この屋敷は、花祭りの間に招かれた陰陽師が寝泊まりする、領内に特別に用意された屋敷である。


 弟子の千景が部屋に入って来て、水入の木桶に清潔な白い布を浸して絞り、少年の額に乗せる。

 熱は然程ないようだ。鷹がちょんちょんと近寄り、少年の顔をじっくり観察すると高い声音で告げた。 


『疲労で倒れたようだな。先程の薬は気付け薬だから問題ない』

「すまないな、清太呂」


 木原清太呂、彼は医術を専門にしている一族の主であり、陰陽師の面倒を診ている医師の一人だ。 

 遠くにいる場合は、こうして式神を通して患者を診ている。

 鷹の目を借りた清太呂は、首を左右に振ると呆れた声音で答えた。


『全く、この件もどうせ内密にだろう?』

「ああ。ついでにこの子を助けるのを手伝ってはくれぬか」

『どうする気だ?』

「考えがある。千景よ、協力を頼む」

「はい! 泰正様」

「うむ」


 手筈を整えた泰正は、今夜の宴に備えてそちらの支度に取りかかり、時間まで余裕がなくなり焦って宴の場に向かった。

 この屋敷は、英心が宴の為にわざわざ用意した宴の場だ。

 紫倉宮しくらみや視素羅木みすらぎ天照てんしょう佐々斬ささきの四つの非官人陰陽師一族が、一度に集うのは珍しい。中でも、視素羅木一族である泰正が姿を見せるのは、良い話の種となるのだ。


 たくさんの使用人達が出迎えて奥の座敷へと案内する。

 既に他の一族は集まっていて、後は泰正を待つばかりであったようだ。

 深々と頭を垂れて謝る。


「申し訳ございません。お待たせいたしました」

「視素羅木殿、お気になさらず、座られよ」

「はい」 


 英心に促され、彼から見て左側の端の席に腰を下ろす。

 隣に座るのは天照一族である。

 今回も長の姿はない。

 代理の式神である紅紗べにしゃが、その豊な肉体を前屈みにさせると、前髪に隠れている目の内、見えている左目を細めて微笑む。


「おひさしゅうございます、視素羅木様」

「紅紗殿、お元気そうで何よりだ。緋那ひな様もご健勝かな?」

「はい。相変わらず」

「それでは、花祭りと、今宵の宴を祝して」


 英心にならい、皆盃を掲げて、酒を飲み干す。 

 宴が始まるとすぐに、ふいに佐々斬がおもむろに口を開いて、何かを英心に差し出した。

 何やら紙を広げている。文だろうか。

 目を丸くした英心は、何故か筆と紙を取り出してそれを佐々斬を介して手渡された。


「名前を書いて頂けないか」


 と言われて、ハッとする。

 あの文はもしや……と思い当たる節があったのだ。

 まさかとは思うものの、万が一予想通りであればやっかいな事になる。

 英心は筆跡を鑑定できるのだから。


 泰正は筆と紙を卓上に置くと、冷静に訊ねる。


「一体どういう事ですかな? 理由も分からず、名前を書けと言われましても、納得できませんなあ……その文が関係しているのでは? お見せ頂けないか」


 瞳を細めてそう問えば、英心は頷いて文を広げて見せた。


 ――それは、恋文である。


「どうされた?」

「あ、い、いや!」


 一瞬頭が真っ白になった泰正は、呼びかけにまともに答えられない。

 英心は冷たい眼差しで泰正を見やり、早く名前を書くように促す。


「顔色がすぐれぬようですが、具合が悪くなりましたか」

「だ、大丈夫だ。書くので、待たれよ」


――仕方ない……しかし、何故だ?


震える手でどうにか名前を書き記すが、英心の視線に耐えられず、焦って瓶子に残っていた酒をガブガブ飲み干してしまった。

 あっというまに酔いつぶれて、目を覚ましたのは明け方であった。

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