第十四話〈師を想う〉
千景は師の荷物をまとめ終わり、いざ紫倉宮英心の屋敷へと出向こうとしたのだが、屋敷の門を叩く音が聞こえたので、警戒した。
そっと門に向かうと、知っている男の声だったので、仕方なく門を開ける。
立っていたのは、紫倉宮英心だ。
千景に会釈をすると、門をくぐり抜けて、話しかけてくる。
「荷物はもうまとめてあるのか」
「え、あ……はい」
千景はこの人の雰囲気が苦手だ。
柔和に見えて、どこか威圧的だからだ。
「運ぶのを手伝おう」
「はい?」
一方的に言い放った英心が、庭を超えて寝殿に突き進むので、千景は慌てて追った。
泰正の屋敷は、千景の為に蒸し風呂を増築した際に、大幅な改築を行なったため、門と寝殿しかない。
牛車が必要であれば、借りているし、何よりも泰正を訪ねるような客人はいないのだ。
英心は泰正の幼なじみではあるが、疎遠になっていたのもあり、右京にある泰正の屋敷には滅多に訪ねては来なかった。
中に上がる英心に続いた千景は、彼の図々しさに呆気に取られ、口を尖らせる。
「英心様、いくらなんでも失礼じゃないですか!」
「すまない。どうしても中に入る必要があった……つけられていてな」
「え!?」
英心は、何者かに後をつけられていたというのだ。
千景は締めた戸の外を伺うように、顔を向けるが、英心に肩を掴まれて顔を振られる。
どうやら本当らしい。
部屋の中心で向かいあって、二人は言葉を交わす。
英心が険しい顔つきで問うた。
「祭りの際、休所で何があったのか、答えよ」
「休所?」
問われた内容について、千景はすぐに彼の話だと気づく。
――蓮は、魔鏡師の主に引き渡せたけれど、英心様に気づかれたの……?
蓮のような異質な存在は黙認されている為、騒ぎを起こしたり、帝が命令をしなければ、捕らえるようなことはない。
魔鏡師は万年不足しているし、“異人”は貴重な人材なのだ。
千景は、英心が帝から命を受けているのだと推測したが、首を横に振ると、淡々と答えた。
「何もありません」
「変わったことは?」
「特には」
「真か?」
心を射抜くような鋭い英心の瞳から、千景は視線を逸らさず、頷く。
――泰正様の為にも、蓮の事は話せない。
しばし睨みあったが、やがて英心から視線を逸らして、彼は苦笑を漏らすと肩を竦めた。
「まあ良い。今は泰正の必要な物を運ばなくては……ひとまずは数日分の着替えを。他は私の式神に取りにこさせよう」
「……ありがとうございます」
頭を垂れながら、千景は内心で助かったと何度も呟いた。
二人は連なって屋敷から出ると、空から白鳩が羽ばたいてきて、地上につくと女人に変わる。
英心の式神、結縁であった。
彼女は一礼をすると、焦っている様子で英心に言葉をかける。
「英心様、泰正様の事ですが、困った事が起きました」
「どうした?」
「賀茂忠行様が泰正様を預かられる事に……」
「何?」
――そ、そんな……!
二人のやり取りを聞いた千景は、泰正の身を案じて息を呑み、両手を口元にあててよろけた。
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