四章完結〈幸せな目覚め〉

 身体の怠さに目を覚ました泰正は、誰かに抱かれているのだと気づいて身じろいだ。

 目の前に、英心の寝顔が見えて叫んでしまった。


「うわっああっ」

「……ん」


 勢いで英心の腕から抜け出したが、腰に力が入らず、中途半端になり、丁度臀部の部分が、英心の顔にくっつく。


 むにい。


「ひいっ」

「泰正……?」


 泰正は、目を覚ました英心に尻を見られて絶叫した。


 後ほど身なりを整えた二人だが、英心は笑いっぱなしで、泰正は居たたまれず、離れて座っていた。


「い、いつまで笑うつもりだ!?」

「いやいやすまない……ただな、もうすこし落ち着いたらどうだ?」

「……くう」


 俯いて唇を噛み締めて、俯くしかない。


 ――なんて、なんて恥ずかしい……! せっかくの、英心との初めてだったというのに!


「泰正、そう拗ねないでくれ」

「拗ねているわけでは」

「なら、顔を見せて欲しい」

「……っ」


 ゆっくりと近寄る気配に心臓が跳ねる。

 何を今更緊張をしているのだと、己に苦笑するが、どうしても顔を上げられない。


 そっと肩を抱き寄せられ、英心の低い声音が鼓膜を震わせた。


「お前をもっと知りたい。それに、世間のお前に対する印象を変えたいのだ」

「な、なんの話だ?」

「……お前は、鬼神をその身に宿したばかりに、わざと冷淡な態度をとっていたのだろう。そのせいで、誤解されつづけていたのだから……」

「英心」


 思わぬ言葉をかけられた泰正は、胸が震えるのを感じて何も言えなくなる。

 それは、お前のせいではないと言ったところで、この男は納得しないだろう。


 頭が回らなくて、肩に添えられる掌に己の手を重ねた。

 英心の手は、やけに熱い。

 ふと、脳裏に過去が、走馬灯のように蘇る。


 ――まさか、英心とこのような関係になるとは……。


 未だに夢なのではないかと、現実を疑う己がいた。

 ……だが、この手は本物だ。


「静かだな」

「ああ」


 指を絡めて、しばしこの静かな時を味わった。



 平安京にひっそりと在ったこの屋敷には、間もなく人の出入りが激しくなる。


 特に泰正と英心を訪ねる者がおおく、庶民も貴族も関係なく、ひっきりなしに押しかけてくる。


 英心は必ず泰正に話を振り、できるだけ会話に混ぜようとした。

 泰正は、こんなにも多くの人と話すのは初めての経験で、最近は疲労感が強くて、日が落ちるとすぐに眠くなる。



 二人を見かねた清明は、労おうと酒を携えて顔を出した。

 清明は今、自分の屋敷とこちらに往復しており、道満との仲は良好である。


 出迎えた蓮に挨拶をして、道満も誘うが、気乗りしないらしく、断られてしまった。


 清明は並んで座る二人をにこやかに眺めて、酒をあおりながら話す。


「二人のおかけで、随分とにぎやかになったものだ。負担ばかりにならぬよう、気をつけた方が良い」

「はは……清明殿には、何かと助けられてばかりで……」

「感謝します」


 困ったように笑う英心とは真逆に、泰正は真剣な表情で礼を述べる。


 そんな対象的な二人を見つめて、頬を緩めた。  


 ――やれやれ。ひとまずは、落ち着いて良かった。


 良かったといえば……。


 英心と言葉を交わしている泰正を見据える。


 ――良かったなあ。泰正。


 清明は笑いあう二人を肴に、酒を飲み干す。


 新たな世界が開いていく。


 それは、漣のように広がり、やがては各々の運命を飲み込むのだろう。


 願わくば、幸福に満ちているようにと……祈った。




〈四章【焦がれを抱きて】了〉


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