終章【心を紡ぎ我が世は華やぐ】

第一話〈二人の新たな日々とうごめく影〉


 都は冬を越え、またうららかな季節を迎えた。

 都の片隅には、変わった輩が住む屋敷が在る。


「視素羅木様、先日はありがとうございました」

「まさか私らのような者を助けていただけるだなんて!」

「あ……いや……私は、陰陽師として当たり前の事をしたまで」


 泰正は、座敷にあげた老夫婦にしきりに頭を下げられて、すっかり参っていた。

 少し前の泰正であれば、上から目線で素っ気なく答えていたが、今はもうそんな態度を取る必要はない。

 英心に助言を受けてからは、ごく普通に会話をするようにと気をつけている。 


 ――だいぶマシにはなったかな。


 ようやく来訪者を全て対応し終えた時には、日が暮れていた。

 そろそろ英心が清明と共に戻る頃だ。


 英心は最近、泰正に対して束縛が強い。

 彼なりに悩んでいる様子で、ある日から、たびたび清明と二人だけで何処かに出かけるようになった。


 気になるし心配ではあるが、二人を信じているので、口は挟まない。


 結縁が出迎えて、英心を部屋に連れてくると、泰正は戸口を開いて迎えいれる。


「泰正……!」


 破顔した英心が、躊躇なく抱きしめてきた。

 力強いが力加減はされていて、ただ、温もりだけが衣越しに伝わる。


「え、英心、落ち着け」

「……あ! すまない!」


 慌てた英心は、泰正を離そうとするが、なかなか肩から手を退けない。

 泰正は苦笑して、英心の背中に腕を回して優しくさすった。

 英心が息を呑み、戸惑った声を発する。


「泰正?」

「わ、私はかまわないが、夕餉を食べないか?」


 しどろもどろに伝えると、英心は何度も頷いて泰正の腰を抱きながら、部屋に足を進めた。

 泰正はこうした英心のさりげない所作にまだ慣れず、頬が熱くなってしまう。

 最近は一緒に食事をするのが難しいほどに多忙であったので、貴重な時間である。


 今夜は珍しく英心が清明の話を口にした。


 何でも、忠告をされたという。


「私達の仲を認めぬ者達がいるようだ」

「……それは、分かっている」


 泰正は瞳を伏せると思案する。


 ――都が荒れた件は、私が要因であると気づいている者が増えているからな。


 帝は未だに不安定の様子で、以前よりも鬼神についての機密が漏れやすくなっている。


 特に貴族は泰正を疎ましく思い、不安を取り除くために動き始めているようだ。

 英心も認識はしている様子で、いつも泰正を気遣ってくれていた。


 ひとまず、都は平穏にはなった……そうなると、人々は刺激を求めるものだ。


 ある貴族の屋敷にて。


「最近、視素羅木殿の美しさが、ますます際だっておらぬか」

「誠にのう。目の毒じゃ」

「何をいうておる。目の保養であろう」

「まさか我らが手を出す前に、志倉宮殿にとられてしまうとはなあ」


 酒をあおりながら、勝手な事を述べている内の一人が、平然と言ってのける。


「夫の為ならば、我らに艶姿を見せてくれるかも知れぬのう」


 その考えに賛成の意を示すかのように、男達は笑い声を上げた。


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