第十二話〈甘い吐息を重ねて〉

 とうとう運命の夜を迎えた泰正は、寝床でジッとしていられず、掛け布団を頭から被り、這い出て部屋の隅で固まっていた。

 蝋燭の明かりも灯さず、わずかな月明かりに照らされる中で息を潜める。


 緊張から身体の震えが止まらない。



 ――ほ、ほんとうに来るのか……!? き、来たとしても、どうするつもりだ……!?


 その時、耳が何かの音をとらえた。

 何かをこするような音だが、泰正にはわかる。

 これは……。


 ――足音……!


 やがて足音は部屋の前でとまり、ゆっくりと戸口が開く音が響いた。

 泰正は瞳を閉じて、どうなるのかと微動だにしない。


「泰正」

「……っ」


 緩やかな風が吹き込み、背後に気配が忍び寄る。

 そっと被っていた布団を取られ、背中から包み込む温もりに硬直してしまい、声も出ない。

 頭が真っ白になって、己の呼吸がやけにはっきりと鼓膜に響く。


 英心は無言で泰正の胸元に手を回してきて、その熱さに身震いする。


「……え、英心、やめてくれ」


 やっと声が出せたものの、震えている上に、蚊の鳴くような声で泣きたくなった。

 英心が笑いながら耳元に囁く。


「何を恥ずかしがる? あの文に答えただろう。何より私達は夫婦だ」

「……っ」


 夫婦という言葉に、泰正の胸は高鳴り、口から心臓が飛び出しそうだ。

 瞳を見開いて思わず叫ぶ。


「帝の戯れであろう!?」

「ははっなんだ、元気じゃないか」

「ひっ!?」


 いきなり肩を掴まれて身体を反転させられてしまう。

 泰正は、目の前に迫る愛する男の顔に見惚れてほう……と、息を吐いた。

 先程の緊張感とはうってかわって、今は頭がふわふわしている。


 ――ど、どうしたんだ……私は……?


 英心の瞳が細められて、せつなそうな吐息を吐き出す。


 ちゅっ。


 小さな可愛らしい音が響いた……唇を塞がれたのだ。

 泰正は抱きしめられて身動が取れず、されるがまま、口づけを受け止めた。


 瞳を見開いたまま、口の中に入り込むぬるりとした舌に求められるままに、己の舌を絡める。


「……んふ、うふ……!」


 ――い、いきがあっ舌が、あ、あつい!


 英心の舌使いは激しくなり、それに合わせる泰正も、己の舌をせわしなく動かす。


 恥ずかしい水音が静かな空間に響き渡り、いつの間にか泰正は英心の背中に腕を回して、口づけに夢中になっていた。


 ――英心……英心……!


 泰正は身体中から力が抜けてしまい、英心に抱きついた体勢のまま、仰向けに寝転がる。


「……ふはあ」

「ん……泰正……!」


 やっと口づけから開放されて浅い呼吸を繰り返す泰正に、英心が優しく甘い笑みを向けて、とうとう烏帽子を脱いで、髪を解いた。

 泰正もとっくに髪を晒してはいたが、すっかり己の格好に無頓着になっており、胸元がはだけている事実に、今更気づいて慌てる。


 ――い、いつの間に……!?


「泰正」

「な、なん、なんだ?」

「あの男よりも、気持ち良かったか?」

「……あ、あの男?」


 問われた意味が理解できず、英心に覆い被さられた状態で視線を交わして困惑した。

 ふと脳裏にはある光景が蘇り、息を呑む。


 ――永響の顔が、迫ってきて、私の唇を塞いだ……!


 意識が朦朧としていたのだろう。

 己の中の負を、彼が取り除いてくれたのは明白だ。


 英心は、永響との口づけよりも、気持ち良かったのかと問うているのだ。


「……っい、いえるかそんな……!」


 頬が熱くなり、思わず英心の胸を押すがびくともしない。

 さらに体重をかけられて、頬をなめられてしまう。


「ひう」


 まさか頬を嘗められるだなんて、思いもよらず、泰正はたまらず悲鳴を上げる。

 宥めるように頭を撫でられた次の瞬間、胸の敏感な部分を摘まれた。


「くふうっんンッな、何を……?」

「泰正……」


 英心の頭が胸元に寄せられるのを見た泰正は、慌てて声を荒らげてその頭を掴んだが、止められるはずもなく、突起の中心から快感が波のように全身に広がっていく。


「ふうぅう……あふう……っ」


 ――な、なんだあっこれはあっ!?


 英心を抱き込み、必死に快感に耐えようとするが、甲高い声を上げて悶る事しかできない。

 顔を天井へ向けて舌を突き出し、荒く呼吸を繰り返す。

 涙で視界が滲み、英心がよくみえない。


「英、心……! も、もう、ゆるしてくれえ」

「……んふ、かわいい声だ」


 きゅむ……と両方の突起を意地悪く指先で摘んで笑う英心に、泰正は恐怖した。


 ――ほ、本当に、この男、英心なのか……!?


 こんな英心見たことがない。

 泰正は胸を弄られる快感に、情けなく喘ぐだけで精一杯だった。


「た、助けて……」


 思わずそう呟いたら、英心が動きを止めて、頭を胸から上げる。

 泰正は、彼の顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


 傷ついたような目をしていたからだ。


「え、英心……」

「すまない泰正……つい、私はお前に夢中になってしまって……もうやめよう」

「……っ」


 ――や、やめる?


 泰正は焦り過ぎてうまく言葉を紡げない。

 口をぱくぱくさせた挙げ句、ガバッと英心に抱きついた。

 このままでは、英心がどこかに行ってしまう……。


「嫌だ!」

「や、泰正? どうし……」

「私はお前に触れてもらえて、嬉しいんだ……! だから、行かないでくれ!」


 とんでもない言葉を吐き出していたが、溢れ出る感情を止められるはずもない。

 どれほどの時を、貴方を想い過ごしてきたのか。


 縋り付いていると、ゆっくりと背中と頭を撫でられながら、耳元に囁かれる。


「いいんだな? 私と繋がっても」

「……っ、あ、ああ」


 何をされても構わない。

 衣を剥ぎ取られ、月明かりの中、お互いに生まれたままの姿を晒す。



 頬や額に優しく口づけをされて、だんだんと身体から緊張感が消えていくのを感じて、大きく息を吐き出す。


 泰正は英心にしがみついて、だらしなく口を開いて、快楽に浸かりながら愛しい男の名を呼ぶ。


「英心、えい……しん……」

「泰正、わかるか。私の、想いと欲望が……」

「ふ、うう」

「泰正!」

「むぐう」


 噛みつかんばかりに唇を塞がれた泰正は、英心の激しい想いに応え、自ら舌を絡める。


「「……っ」」


 きつく抱きしめあって、脱力して夢心地で名を呼びあう。


「泰正……」

「……英心」


 甘い吐息がとけあって、ひたすら口づけを交わす。


 ――ああ……私は、今とても幸せだ……!


 愛しい人と繋がったままの口づけは、天にも昇る心地を与えてくれた。


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