第十一話〈道満、満たされる〉


 道満は明かりを消して布団に潜り込み、“奴”を待っていた。

 ふいに風を感じたので気を張ると、勢いよく布団から引っ張り出されて声を上げた。


「小癪な真似を!」


 叫ぶ道満に、男は月明かりに照らされながら妖しく笑う。


 安倍晴明である。


「そんなつれない態度をされると辛いなあ」


 わざとらしくおどける口調の晴明に、道満は術をしかけた。

 黒い炎の小さな蛾が晴明を襲うが、さっと扇子でかきけされてしまう。


「チィッ」


 道満は舌打ちすると、次なる一手に出るべく、懐から呪符を取り出そうとするが、すさまじい力によって、布団の上に仰向けに押し倒された。


「うぐっ」

「観念しないか」

「く、うう……!」


 妖しく微笑み、覆いかぶさる晴明から目をそらせない。

 心臓が馬鹿みたいに速く脈打っているのを感じて、唇を噛みしめる。


 ――何を考えているのか、わからん男よ!


 そっと頬に手を添えられて、指の冷たさにぴくりと身体が震えた。


「愛の言葉を返してくれたというのに……お前らしいな、道満……」


 晴明の囁き声が脳内に甘く響く。


 ――な、ながされるな……!


 道満はきつく閉じた瞳をぱっと見開いて、晴明に疑問を投げつけた。


「妻がいる身でありながら、よくもあんなでたらめな恋文を書けるものだな!」

「おや。やはり気にしていたか。ふふふ……ハハハッ」

「な、何がおかしい!?」

「妻などおらぬ。回りが心配するので噂話を流したまで……私は、お前しか頭にない」

「……っ!?」


 抱きしめられて、耳元に囁かれる。


「あの時の口づけを、忘れたとは言わせぬ」

「な……!」


 ――し、知られていた!


 もはや爆音となった心音と己の荒い呼吸音を聞きながら、反論する気力もなく、ただ晴明の肉体の温かさに身を委ねた。


 ゆっくりと衣服をはぎ取られて、とうとう裸体を曝け出した時、恥ずかしさのあまり叫んでしまった。


「ひい!」

「静かに」

「せ、晴明……ま、まさか本当にするのか!?」

「もちろん、よく見えないのが残念だな。私も裸になっているぞ」

「明かりはつけるな!」


 慌てて叫ぶと残念そうにため息をつかれたが、絶対に認めるものか。

 髪の毛をおろし、いざ本番を迎える。 お互いの肌を弄るように絡み合い、濃厚な口づけを繰り返すが、やはりこいつは慣れていると怒りが込み上げてきた。


「お前! や、やはり、経験があるんだな!」

「想像に任せよう」


 晴明がから笑いする。


「男同士では、痛みがつらかろう。深く考えず、深呼吸を」


 額に口づけをされた道満は、不思議と落ち着いてきて、言われた通り深呼吸を繰り返す。


 ――ああ……体から、力が……。


「道満……!」



 晴明は道満を抱きしめる。


 二人は熱を交わして、お互いの想いを確かめあった。


 脱力した道満は、ぼんやりした頭のまま、晴明を見やる。

 晴明は、わずかに染めた頬を緩めていた。


 ――感じて……いるんだな……。


 道満は胸が震えるのを感じて、何故か視界が滲んだ。


 

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