第十六話〈二人の道〉

 正月の準備で忙しい視素羅木家に、緋那が千景を連れて突然訪ねて来た。

 結縁に茶をいれてもらい、部屋には、泰正、英心、千景、緋那の四人となる。


 緋那は、泰正と英心に文を手渡してきた。

 その内容に目を通して、訝しむ。

 英心が泰正に代わり、緋那に問うた。


「斎王からの文とは……何やら不思議な夢を見られたとのお話が書かれておりますが……本当に、斎王は、大津皇子の姉上“大伯皇女”の生まれ変わりだと?」

「うむ」

「大伯皇女は、大津皇子の想い人である筈……皇子の魂が、斎王の想い人に入り込んだというのは……」

「その想い人なのじゃが、既に話を通しておる」


 泰正は目を丸くする。


「さようでしたか」

「後ほど詳しく話そう。次は千景の話じゃ」

「はい」


 千景が口を開き、語り始めた。

 清太呂の商いの手伝いを通して、母と名乗る者より文が届いたのだという。

 泰正は興奮気味に千景に詰め寄る。


「誠か!?」

「はい、ですが会ってみないとわからないので……」


 千景が不安そうに視線を泳がせて、泰正を見据えた。


 この国にほど近い島では、未だに原始と変わらぬ生活を続けている人々が存在するという。

 千景の母は、神と交信する力を持ち、ある貴族に興味を持たれ、一時的に保護されたという。


「泰正、英心よ、斎王の想い人と千景を連れて、もう一度伊勢へと行って参れ、成春も連れて行ってかまわぬ」

「はい」

「承知致しました」


 こうして二人は、数奇な運命にて、再び伊勢へと参る事となった。


 緋那と千景が帰った後、泰正は英心と向かいあって語り合う。


「我らが留守の間、何もなければ良いが」


 英心の心配そうな様子に、泰正も同意する。


「都に戻った佐々斬殿が、何やら企んでいる様子だし、確かに不安はあるな。清明殿や、師匠に声をかけよう」

「ああ。そうしよう」


 微笑みあい、軽く唇を重ねた。


 正月は伊勢で迎える事になりそうだ。


 年を超える前に都を出立した。

 成春、千景、斎王の想い人――大津皇子の魂と同化したという、ある貴族の子息と共に二人は伊勢へと向かう。


「お世話になります、視素羅木様、紫倉宮様」

「いえいえ」

「なんの。無事に着くように用心深く進みましょう」


 礼を述べる子息に、泰正と英心は、笑顔で答えた。


 成春は、二人と手を繋ぎながら歩いているが、慣れない狩衣に足元がふらついている。

 ふと、空を見上げれば、蓮と久遠を思いだした。

 泰正は感慨深く冬の空を見つめる。


 ――以前、清明殿が言っていた。


 蓮や久遠が住む世界と、この世界はいずれ流れが繋がるだろうと。

 蓮達が住む世界では、陰陽師が使うような術は、発展しておらず、科学とかいう力が発達し、人々は自然との共存が下手らしい。

 緋那から訊いたのだと話されたが、果たして事実なのかは、確かめる方法はない。


 ――天照一族は、神の代弁者と言われているが、何故、帝に代わり、支配者にならぬのか。不自然だ……。


 だが、視素羅木、紫倉宮、佐々斬も、異質な存在なのだと、一族の史書を読めばわかる。


「母上、どうされましたか」

「……いや、なんでもない」

「泰正、大丈夫か」

「泰正様?」

「……」


 泰正は、自分を心配してくれる、皆の顔をそれぞれじっくりと見つめた。


 成春は、健やかに育ち、白い肌、うっすら赤くて丸い目がかわいらしく、言うことをきく素直な子だ。


 千景は、芯の強い女子に育ち、大切な愛弟子だ。


 ――そして、英心は……。


 己の心が、魂が求める……最愛の人だ。


 その最愛の人が、口元を綻ばせて呼びかける。



「泰正」

「英心……」


 名を呼びあうだけで、心が温まり、うららかな陽射しに照らされるような心地になった。


「行こう、英心」

「ああ。泰正」


 成春が歩く場所を変えて、泰正が間に挟まれ、成春と英心の手を握る。

 後には千景と子息が続く。


 古びた木々が連なる道に、枯れ葉が舞い散っている。

 それらが冬の澄んだ淡い日差しに照らされる光景に、自然と深い呼吸を繰り返すと、繋がる手のひらの温もりに瞳を細めた。




〈終章【心を紡ぎ我が世は華やぐ】了〉



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