【後日談】
都の凍てつくような寒さは、年々身にこたえていたが、今年は事情が少しだけ違っていた。
「できたぞ! 泰正、成春!」
「ああ!」
「父上が作られた菓子!!」
三人は直衣に身を包み、成春以外は烏帽子をかぶっている。
興奮する息子の姿は珍しくて、泰正は思わず笑いながら頭を撫でてやった。
英心は、自らが作った菓子を乗せた陶器の皿を、泰正と成春が座している前の卓に置く。
椿の葉を合わせ、餅の粉に甘葛をかけて包んだ菓子であった。
泰正は頬を緩めて、向かいに腰を落ち着けた英心に声をかけて確かめる。
「椿餅だな、綺麗な形だ」
「ああ。幼なじみだというのに……ろくに誕生日を祝って来なくてすまなかったな」
泰正は両手をかざして顔を振った。
「何をいう? 私だって、祝いなんて……あ!」
――誕生日祝いの菓子、まさか!
昔、勇気を出して英心の誕生日に手作り菓子を渡そうとした記憶が蘇り、頬が熱くなる。
あの時は結局渡せなくて、清太呂に全てあげてしまったのだ。
「清太呂の奴め!」
「怒らないでくれ、泰正」
苦笑する英心にどう言うべきか悩みつつ、長い息を吐き出して言葉を飲み込む。
――後で清太呂には文句を言わなければ。
泰正は英心に改めて向き直り、感謝の気持ちを伝えた。
「私の誕生日を覚えててくれただけで十分だ……ありがとう、英心」
「ははっさあ、食べてみてくれ」
「そうだな! 頂きます」
「いただきます、父上」
成春も一緒に丁寧に手を合わせる。
泰正は、目を輝かせている成春に一個渡してやると、詰まらせないようにゆっくり食べなさいと忠告してやる。
成春は頷くと、椿餅を黙々とほおばった。
泰正も一口頬張り、程よい甘さと柔らかさをじっくりと味わう。
茶で喉を潤すと、素直に「おいしかった」と感想を伝えたら、英心は口元を緩める。
「良かった。成春はどうだった」
泰正の隣に座っていた成春は眠っていたので、英心が隣の部屋へと運び、戻ってきて再び座した。
泰正は開いた戸口から見える庭を眺めて口を開く。
「今年は幸先が良いな。千景は無事に母上に会えたし、斎王も想い人に逢って、心を通わせたというし。佐々斬は清明殿のおかげで、動けぬようだし」
「そうだな……しかし、私が千景の母上に会えないのはわかるが、お前が会えないのは解せぬ」
「いや、仕方があるまい。母上は、千景よりも強い力をお持ちであるが故に、斎王を手伝われる身だ」
千景は特別に斎王の元にて過ごしており、春に都に帰ってくる予定だ。
泰正は師として、愛弟子の幸福が続くのを祈った。
英心は扇子を手にすると、もう片方の手のひらを軽く叩きながら、問いかけてきた。
「泰正、何かして欲しい事はないか」
「いや? 菓子を貰ったし、特には」
「贈り物の品は、上質な狩衣を仕立てたから、後ほど取りに行こう」
「は? そんな物まで用意を!?」
「はははっ」
楽しんでいる様子を見て、泰正は観念して顔を振る。
――私の誕生日なのだから、良いか。
そっと腰を上げて、英心の傍らに座ってみた。
無言で英心を見つめていると、頬に指を添えられ、唇をなぞられる。
「ん……」
英心の指が熱くて、つい声を出してしまうと、恥ずかしくなった。
頭を撫でられて抱き寄せられる。
この仕草は甘えなさいという、合図なのだ。
――英心、あたたかい……鼓動が伝わる。
「今日はお前を祝う日だ。いつもよりも甘えなさい」
「そ、そんなふうにいうな……もう、黙っててくれ!」
「ははっすまない。わかった……泰正」
「ん……」
こうして温もりを確かめあうのが、一番の幸せに思えた。
都の外では戦がある。いつ都も脅かされるのかはわからないが、いかなる事があろうとも、愛する人を、大切な人達を守りたいと願う。
抱きしめ合いながら、掠れた声音で言葉を交わす。
「また、私をお前の父上と母上の元に連れて行ってくれ。改めて挨拶がしたい」
「もうなんども足を運んでいるだろ」
「バレていたか」
額をこすりつけて微笑みあうと、視線が絡み、熱い吐息が重なる。
冬が過ぎ去ったかのように、常春のような空気が流れる。
泰正は、雪を溶かす春が好きだ。
英心は、春の温さに靡かない冬に惹かれていた――いま、その冬は春の中で甘えて溶けようとしている。
「……泰正」
英心は、泰正を掻き抱き、ゆっくりと押し倒す。
「英心……」
泰正は英心に身を委ね、瞳を閉じた。
二人の心はこれからも深く繋がり、その魂は、闇を照らすように輝き続けるだろう。
〈不可侵の陰陽師~冷徹陰陽師の盲愛~完〉
陰陽師盲愛奇譚 青頼花 @aoraika
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