二章【愛憎の果てに】

第一話〈白と黒の関係〉



 蓮は、大きな鏡の前で正座をして、意識を集中させていた。

 やがて揺らめく鏡面に、ある人物が映し出され、話かけてくる。


『蓮、良くがんばったな』


 白い狩衣姿の安倍晴明が、穏やかな笑みを浮かべて蓮を褒めた。

 蓮は頬が熱くなるのを感じつつ、顔を振って答える。


「いいえ! 晴明さんが気づいて下さったので、助かりました。本当にありがとうございます!」


 素直にお礼を伝えると、晴明は囁くように笑い、頷く。


『私はただ、お前の力を借りただけ』

「そ、そんな馬鹿な! 僕には、晴明さんに力を貸すような能力なんてないです!」

『謙遜は必要ない、素直に己の力だと認めて、自信を持つと良い』

「あ……ありがとうございます」


 蓮は深々と頭を下げる事しか考えられず、困り果てた。


 ――こんなすごい人に褒められると、どうしたら良いのか分からないよ。


 鏡の中の晴明は、振り返ると声を張り上げた。


『泰正殿!』


 名を呼ばれた彼は、遠慮がちな声音で返事をすると、晴明の隣に姿を現す。 

 蓮を見て、頬を緩めた。

 血色も良く、鬼神は無事に祓えたようだ。

 蓮は安堵の息をついて話かけた。


「泰正さん、良かったです」

『うむ。蓮、お前がとっさに鏡を使って、私を救ってくれたと晴明殿から聞いている……本当に、ありがとう』

「い、いえいえ!」


 頭を下げる泰正に驚いて、蓮は慌てて手を振った。

 己のやるべき事をやったまでの事なのだから、大した話ではない。

 それに、泰正には面倒を見てもらった恩があるのだから、助けるのは当然だ。


 ふと、戸を叩く音が聞こえて、蓮は声を上げた。


「はい!」

「魔鏡師よ! 大変だ!」

「どうされたのですか?」


 尋常ではない忠行の声に、蓮は立ち上がり、戸を開く。

 目の前には、疲労困憊した様子で、忠行が佇んでいた。


「英心が、道満に連れて行かれた!」


『――道満!?』


 蓮が声を上げる前に、晴明が叫んだ。


 蓮は晴明に向き直り、彼の表情を見て不安になる。

 安倍晴明と蘆屋道満は、好敵手……そんな単純な関係じゃないのだと語っていた。


 ――この晴明さんの表情は……悲痛に見える。


 蓮はある憶測に確信が得られたと、唾を飲んだ。


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