一章完結第二十二話〈闇に誘われて〉



 泰正は、意識が浮上するのを感じて目を開けると、晴明が覗き込んでいるので、身をすくませる。


「大丈夫だ」


 晴明が泰正を気遣い、優しい笑みを浮かべた。

 その腕に抱き抱えられていると、ひどく安心してしまい、つい込み上げる想いを口走った。


「晴明殿、私は、望むものが手に入らない人生でした……陰陽師としての才能もなく、憧れて嫉妬し、焦がれた相手に、想いを伝える資格もなく、挙げ句、その想い人に嫌われている……こんな師の弟子である千景が、かわいそうで仕方がない……」


 重苦しい吐露に、晴明は瞳を閉じて顔を振り、泰正の背中を擦ってくれた。

 何も言わずとも、温かな心根が伝わり、泰正は涙で瞼を濡らした。


 しばし感傷に浸り、落ち着くと、晴明に促されて座敷に通される。


 なんら変哲もない部屋に見える。


 ――ここは、一体どこなのか。


 目線で晴明に訴えると、彼は笑みを深めて頷いた。


「話せば長くなる……まあ、こちらに座って、ゆっくりされると良い」


 ※


 賀茂忠行の屋敷に留まったままの英心は、この手で命を奪った、泰正の亡骸の行方が気になって仕方なく、師が戻るのをいまかいまかと待っていた。


 座っている余裕もなく、狭い部屋の中を行きつ戻りつしては、拳を震わせて、脳裏に蘇る光景に苦悶する。


 ――まさか、まさか……泰正の想い人が、己だったなんて……!


 英心は過去の記憶を思い出していた。


 視素羅木泰正は、同じ師の元で修行する幼なじみの陰陽師だった。

 彼は何かと英心と張り合っては、失敗を重ね、師から呆れられて、能無しなどと呼ばれるようになり、卑屈になっていった。


 ――両親を無くしてからは、誰も寄せ付けない、冷たい空気をまとうようになった。


 泰正の両親は、怨霊もしくは、物怪に殺されただとか、なぜか泰正が殺めたという親殺しの噂が流れ、一時、彼は世間から姿を消した時期もあったが、再び現れた時には、千景という女子を弟子に迎えていて、血色はよくなってはいたが、弟子とともに誰も寄せ付けず、庶民からも怖がられていた。


 弟子との関係も冷めていた様子だったし、孤独な男だった。 


 ――まさか、お前がそんな風になったのは、両親の死だけでなく、私を想い苦しんでいたせいでもあるのか。


「何故、想いを話してくれなかった」


 英心は声を絞り出して、膝をつく。


 こうして、疑問をつぶやいたが、本当は分かっていた。


 泰正が鬼に憑れたのは、英心への想いにつけこまれたのだと。

 鬼に飲まれてしまえば、想い人を手に入れようとして、想い人に危害を加える。


 ――だから、お前は……私を遠ざけ、周りからも距離をおいて……あんな、孤独に……!


「う、ぐうう……!」


 こらえきれない涙が溢れて止まらず、英心は呻き声をあげながら、さらに泰正へ心を傾けた。


 ――お前が、鬼に憑れた原因は、あの文を見て、色恋だとわかり……師が封じると言っていたのに、何故か私は……お前を殺すと決めてしまった……!


 ――お前の想い人が、私だと教えてくれたなら……私は……私は……!


「……泰正、泰正……!」


 爪を床に食い込ませて何度も引っかき、泰正を何度も呼ぶ。

 うわ言のように呼び続けていると、どこからか、足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 座り込んだまま後ろを見ると、そこには漆黒の狩衣を来た男が佇み、隣には髪の毛が短い、端正な顔つきの男子が並んでいた。


「あ、貴方は……いや、お前は……」


 英心は、薄く笑む男を見据えながら名を叫ぶ。


「蘆屋道満!」


 蘆屋道満は、口端を吊り上げて肩をゆすった。


「いかにも。己は蘆屋道満だ」

「何故、師の屋敷に」

「そんなのどうだっていいよ」


 彼の隣に佇む美男子が、肩をすくめて口を尖らせる。

 淫靡な雰囲気を醸し出す彼は、着込んだ薄衣を風に揺らして、英心に近づいた。

 腰を折ると、英心の目を覗き込む。


 ――この男子からは、禍々しさを感じる。


「ねえ、英心さん。貴方は自分が憎いでしょう?」

「な、何?」


 英心は心臓を跳ねさせ、目を逸したが、内心で己に問うた。


 ――そうだ。憎い。私のような愚か者は、命を断つべきだ……!


「英心さん、僕達が貴方に罰を与えてあげる……」

「罰を?」

「英心よ、そやつの手を取れ!」

「……っ」


 蘆屋道満の強い言葉に従い、英心は震える手で男子の手を取り、握りしめた。


 ――罰を、こんな私に、くれるならば……!


 愉悦に満ちた男子の笑みを見つめて、英心は口元を緩めた。


〈一章【鬼神に取り憑かれし者】了〉

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