第二話〈不安に苛まれて〉


 ――英心が、連れて行かれた……?


 会話を聞いていた泰正は、晴明の隣に座り込み、思案する。


 ――何故、道満が、英心を。


 泰正は思考の海に沈み、混乱する頭を冷やそうと試みた。


 己が鬼神に飲まれ、英心に襲いかかったあの時を、鮮明に覚えている。

 彼は、容赦なく泰正を殺そうとしたのだ。


 蘆屋道満に何を吹き込まれとしても、英心の意思で、彼に付いて行った可能性は否めない。


「師匠、道満は一人でしたか」

「晴明殿……?」


 晴明が忠行に問いかけたのを見て、泰正は蓮に視線を移す。

 蓮は忠行に向き直り、同じ質問をして、焦った様子だった。


 泰正はふと脳裏に蘇った記憶に、合点がいく。


「あの男子か!?」


 蓮が泰正に顔を向けて、頷いたのを見て、確信する。


「……っ」


 胸騒ぎに心臓が早鐘を打ち、口の中がひどく乾く。

 泰正は晴明に疑問をぶつけた。


「英心は、どうなるのですか」

「心配されるな。彼らの思惑は把握している」

「と、いうと」


 晴明は短い息を吐き出し、前を見据える。


「こちらから招けば良い」


 晴明の発言に、泰正だけでなく、蓮も師も、怪訝に思ったに違いない。


 だが、晴明の笑みは晴れやかであり、その言葉を信じざる負えなかった。


「清明殿、私は英心を助けたい」

「分かっている」


 清明は、泰正の背中をさすりながら頷くと、鏡の向こうの二人を手招いた。


 数日後。


 賀茂忠行の屋敷に、和泉氏の使者が訪ねてきた。

 出向かえた忠行は、手渡された文を開き、目を通すと唇が震えた。


 書かれていたのは、英心を人質に取った旨と、引き換えに、安倍晴明の元へ導けという内容である。


 ――何もかも分かっていたか。


 この文を書いて寄越したは、間違いなく、道満であろう。


 忠行は深く息を吐き、使者を見据えて声をかけた。


「承知した。三日後に参られよと伝えてくれ」

「はっ」


 使者は口元を吊り上げて頭を垂れた。


 屋敷を後にする使者の首に、黒い痣が浮かび上がっているのが見えて、忠行は身を震わせる。


 鏡の間に向かうと、蓮に清明を呼ぶように言い放つ。


 再び姿を見せた清明は、忠行の言葉に耳を傾けて静かに笑う。


 忠行は、不安に隠しきれない震えを声音ににじませて、清明に問うた。


「お前の策は、抜かりないのだろうな」

「師匠、心配されるな。これは、私

 と道満の問題でもあるのですから」


 清明の言葉は冷静だが、力強く、忠行は無言で頷いた。

 今は、この弟子を信じるしかあるまい。

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