第十一話〈永響〉

 泰正は、ふいに誰かに呼ばれた気がして、腰を上げた。

 なんとなく「英心?」と呟いた瞬間、風が吹いて目の前に結縁が現れた。


「結縁!?」

「英心様に異変がありました! 清明様の元へお連れいたします!」

「な、なんだと?」


 わけのわからぬまま、結縁に腕を掴まれ、座敷から引っ張り出される。

 いきなり背中を押されたと思いきや、絶叫が聞こえて慌てて振り返った。

 目の前に、見知らぬ人物が背中を向けて立っていた。


 白い衣をまとう髪を下ろした者は、結縁に危害を加えたのだと認識した時にはすでに、彼女は倒れてしまった後だった。


「な、何者だ!?」

「こうして顔を合わせる事ができて嬉しいよ」

「……っ」


 ――まるで、心臓を鷲掴みにされるかのような声だ……。


 ふらついた泰正は、ゆっくりと振り返った彼に支えられる。

 その目を見た瞬間、すぐに“この世の者ではない”と理解した。


「放せ!」

「できない。お前の愛しい男を預かっている」

「……なっ、まさか、英心を!?」


 鋭利な光を瞳に宿す男は、口元を緩め、泰正の肩を掴んだ。


「私は、お前をずっと手に入れたいと願い、今日まで思いを抱いてきた……私と共に、永遠に在ろう」

「……っ」


 泰正は、この男の手を振り払う気にはなれなかった。


 ――英心を助ける事が優先だ!


「分かった。行こう」

「泰正……」

「や、泰正様……いけません」

「結縁、英心を必ず助け出すからな。安静にして待っていろ!」


 男に腰を抱かれ、泰正は嫌悪感に顔が歪む。

 英心以外に触れられたくない。


 ――わ、私は何を……?


 戸惑う泰正の心を見抜いたかのように、男は薄く笑む。


「我慢するな。私に触れられた者は、誰もが欲深くなる」

「勝手なことをいうな!」

「さあ。行こう」


 男が白い掌を宙に翳すと、みるみるうちに、空間に裂け目が入っていく。

 その様子に泰正は目を瞠る。


 ――このような力を持つとは、やはり人ではない。


「名乗るのを忘れていたな、泰正」

「ん?」

「私は、永響なきょう。玉響の想いから生まれた者だ」

「玉響の……想い?」


 なんと奇妙な存在であろう。

 永響に導かれ、泰正は異空間へと身を投じた。

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