第十話〈英心の危機〉


 清明は、佐々斬の気持ちを汲み取り苦笑する。


 ――帝の考えなど、とうに見抜いている。


 あの異空間には、魑魅魍魎の類がごまんといるのだ。

 己を制御しようとする輩に、意識を向けるのは当然であろう。

 道満がにやついて佐々斬を見据えている。

 やはり、知っている様子だ。


「さて。佐々斬殿、貴殿はどのような用事で来られたのかな」

「……それは」


 清明の問いかけに、佐々斬は口ごもり、困っている様子である。

 仕方なく、手招いて耳元に囁いた。


(帝の意図を教えてくれれば、私が力を貸すが)


 提案を聞いた佐々斬は、顔を振ると、ため息をつく。

 やがてゆっくりと頷いた。

 清明は口元を緩めて佐々斬に茶を用意するように、式神にいいつけた。




 町の様子を観察しながら歩いていた英心は、ふと何かの気配を感じて顔を上げる。

 光る物が目の前にただよっていた。


「蝶?」


 光る蝶が英心を誘う。

 まるで夢の中へ導かれるような感覚に陥り、勝手に足が動きだす。


 辺りに霧が立ち込め、声が響いてきた。


 “英心……、英心”


 ――誰だ?


 “こちらへ……こちらへ……”


 ふわふわと舞う蝶は光を増していく。

 視界が真っ白になり、光に包み込まれた。


 罠だと理解してももう遅い。

 白い光の中に、人影が出現して、英心の行く手を阻む。


「……っ」


 現れたのは、長い髪をおろした、白い衣をまとう、美しい男であった。


 英心は、微動だにできず、ここはあの世ではと唾を飲み込む。


 男の出で立ちは、まさに神そのものであるからだ。


 “お前を傍におけば、泰正は私のものとなる”


 ――泰正を……!?


「……あ、あ……」


 言うべき言葉があるのに、声を出す事は叶わず、全身から力が抜けて膝をついてしまう。


 ――泰正……! に、逃げろ……!


 英心は唇を噛み締めて、意識を失った。

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