第五話〈苦い気持ち〉


 地に叩きつけられ、泰正は痛みに呻きながら、腕に抱えていた英心の様子を確認する。

 口元に手のひらを当てて、息をしているのがわかり、息をついた。


「泰正さん! 英心さん!」

「蓮!」


 駆け寄る男子を見て、彼はまごうことなき蓮だと視認して、口元を緩める。

 蓮は英心を見つめ、頷くと話始めた。


「英心さんは大丈夫です。もうすぐ忠行さんが戻ってくる筈」

「師匠に預けるのか? 英心は、鬼に憑かれたのではないのか?」

「もう大丈夫です、それより、泰正さんはしばらく主の元で身を潜めていてください」

「なんだと?」

「……先輩が、泰正さんを利用しようと考えてます」


 顔を曇らせて答えた蓮は、泰正に英心を寝かせるように伝えた後、付いてくるようにと促す。

 彼の後を追う泰正は、裏庭に歩を進める。

 そこには、顔見知りの女性が立っていた。

 天照一族の式神、紅紗である。


 紅紗は泰正に一礼をすると、蓮に目配せして、息を吐き出した。


「!?」


 泰正は、全身に風がまとまわりつくような感触にとまどうが、紅紗に腕を掴まれて引っ張られる。


 みるみる内に景色が変わりゆき、瞬く間に、別の場所に移された。

 軽くめまいがして、ふらついた足に力を入れて倒れずに済む。


 見上げると、見覚えがある屋敷の門があり、小さく声をあげた。


「天照氏の屋敷か」



 忠行は屋敷に残った蓮と共に、鏡の間の封印に勤しんでいた。

 集中力の限界まで術を行使して、封印がおわる頃には汗だくで膝をついた。

 心配した蓮に肩を支えられて、訊ねる。


「お主の言っていた男子が、英心を操っていたのか」

「道満も力を貸していたと思いますが、彼の思惑でしょう」

「そうか」


「道満……だと」


 掠れた低い声音の方に目を向けると、英心が目を覚まして床に座り込んでいた。

 鏡の間の封印を優先した為、放置せざる負えなかったのだが、目の焦点もしっかりしているし、問題はなさそうだ。


 忠行に目を向けた英心は、問いかけてきた。


「師匠、泰正は……」


 忠行は内心で息を呑む。

 蓮に視線を向けると、唇を震わせているのを見て、話あっていた通りに伝える。


 “泰正は亡くなった”と。



 英心は、師の口からはっきりと聞いたせいか、呆然として尻餅をついた。

 その様子に疑念を抱く。


「お前は道満に、泰正の死への絶望に、付け込まれたのではないのか」

「……はい、泰正が死んだのは、分かっておりましたが……師に問わずにはおられず……」


 そう言葉を濁し、英心は黙り込んだ。


 忠行は思った以上に英心が、衝撃を受けていたのだと改めて思案する。


 ――真実を知らせなければ、こやつは自害しかねん。


 だが、こちらにも事情があるのだ。


「英心」

「はい」

「鏡の向こうで、晴明が道満と戦っておる……鏡の封印を強化する事が手助けにななるのだ。ここにしばし残れ」


 英心は目を丸くして、蓮に顔を向けた。

 蓮は瞬くと、率直に告げる。


「晴明さんと道満が、決着をつける事が、この都を守る事に繋がるんです!」


 力強い言葉に、忠行と英心は視線を交わした。

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