第四話〈戦い〉


 英心は無表情で清明の前に降りたち、片腕に抱えている男を放り投げた。

 その男は、師である忠行であった。


 泰正の目にも、彼は正気ではないとわかる。


 ――清明殿、どうでる!?


 今すぐにでも飛び出したいが、指示をもらえない限り、勝手には動けない。


 泰正は英心から目が離せず、晴明の所作には注意が向けられなかった。

 鏡を覗き込み、歯噛みする。


 ――英心……! 正気に戻れ!


 心の内で英心に必死に呼びかけるが、彼に届くはずもなく、虚しさがこみ上げた。


 ――例え、お前の意思で道満に付いたのだとしても……操り人形とは……己が恥ずかしくないのか!


 その時、英心が何かに当てられ、後方に吹き飛んだ。

 暗闇に消えた英心を見て「あっ」と、泰正は思わず声を上げる。


 今のは、晴明の術だ。

 晴明は道満と絶妙な距離を取りつつ、英心に呪符を投げつけたのだ。


「来る!」


 ――!?


 晴明の叫びが終わるやいなや、英心が消えた闇から巨大な鬼が出現した。


 泰正は、その鬼が英心なのだと瞬時に理解する。


「英心! 正気に戻れ!」


 いてもたってもいられず、泰正は鏡に体当りして、突き破った。


 晴明と道満の間に転がり出た泰正は、巨大な鬼に向かって呪符を投げつけるが、火がついて消し炭になる。


 ――歯が立たない!


「泰正殿! 気をつけよ!」


 晴明の叫びにハッとして、襲いくる鬼の大きな手から転がりながら避けた。


『晴明もろとも死ネエエエ!!』


 憎悪に満ちた怒声が空間を切り裂き、鼓膜が破れそうだ。


「う、う……ぐ」

「破!」


 晴明の大きな声が、一瞬鬼の動きを止めた。

 呪符が浮かび上がり、燃えている。  

 泰正は目を瞠った。


「晴明! 邪魔をするな!」

「道満!」


 ――いかん!


 晴明に襲いかかる道満をとめるべく、泰正は術の行使を試みるが、鬼が叫ぶ声に気をそらされてしまう。


 鬼は大きくのげぞり、燃え盛る呪符と共にくずおれた。

 みるみるうちに、英心の姿に戻っていく。


「英心!」


 泰正は英心に駆け寄ると、抱き上げる。

 息はしているようだ。

 安堵したら、誰かに肩を掴まれて顔を向ける。

 そこには、傷まみれで痛々しい姿の師が膝をついていた。


「師匠!」

「脱出するぞ……!」

「し、しかし晴明殿が」


 言い終わるより前に、腕を引っ張られて、暗闇に向かって身体を思い切り押されてしまう。


「わっ」


 英心を抱きかかえながら、迫る巨大な鏡に飛び込んだ。

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