十四話〈愛の形〉

 泰正が英心と共に、視素羅木の屋敷に移り住んでから、一月が経った頃。


 泰正は清明の屋敷に一人で向かっていた。

 清明自ら出迎えてくれたので、恐縮してしまう。

 案内されたのは、鏡を通した先にある異空間である。

 ふいに清明は、二人の婚姻の儀に顔を出さなかった旨を謝罪したいと、頭を下げてきた。

 泰正は慌てて頭を上げるよう促す。


「我ら二人気にしておりませぬ! どうか頭をあげてください」

「……本当に申し訳ない」


 清明はゆるゆると顔を上げると微笑を浮かべて、左手をかざした。

 すると、後方に突然人影が現れたので目を瞠る。

 蠟燭に照らされる金屏風を通して、耳の生えた人物が語りかけてきた。


「あの子は元気かえ」

「……っ貴方様が授けて下さった子は、私と英心で、大切に育てております」

「良かった。少しでもそなたの御霊を鎮ませる事ができたならば何よりじゃ」


 泰正はその言葉に息を呑む。


「ならば、あの子は私の為に」

「そうじゃ。男であるそなたには愛する者の子を産めぬ。その苦しみが、そなたの魂を闇に引きずりかねん」

「……私の心は、彼と夫婦になってから、満たされたと感じておりますが、時々とても不安にも思うのです。血の繋がりなく彼が傍にいてくれるのだろうかと」


 弱音を吐露したら、気持ちが少し楽になった気がした。

 成春を英心も可愛がっており、その様子はこの上ない幸せを感じる光景である。


「無用な心配だ」

「……っ!?」


 聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。

 泰正は慌てて振り返り、そこに佇んでいる男に呼びかける。


「英心!」

「お前が心配でついてきてみれば……そういう話はまず最初に私に言ってくれ、泰正……」


 足早に歩み寄る英心は、泰正をきつく抱きしめた。

 その温もりに胸が震える。


「血の繋がりなど関係ない。私は、お前との絆を深められるなら……それで良い!」

「……すまない、ありがとう英心」


 泰正は罪悪感に胸が痛み、英心に二度と隠し事はせぬと誓った。


 二人は清明に向き直り、恭しくお辞儀をすると、屏風の向こうの方へ泰正、英心の順に挨拶をする。


「清明殿の母君、誠にありがとうございました」

「私からも礼を……」

「うむ。二人共、あの子と共に末永く幸せにな」


 泰正と英心は、深々ともう一度頭を垂れて、屋敷を後にした。


 帰路を寄り添って歩きながら、夕焼け空を見やり、どちらともなく手を伸ばすと、繋いで歩調を合わせる。


「泰正」

「英心」


 誰もいないのを確認すると、そっと唇を重ねて笑いあった。



 二人を見送った清明は、母と向きあってお礼をのべた。


「母上、こたびは大変感謝しておりまする」

「改まって気味の悪い。お前はあやつとはどうなのじゃ?」

「その事ですが……どうか、心穏やかにお聞きを」

「……」


 清明は母に“あやつ”について、今後どうしたいのかを、正直に話した。

 結果、母は深いため息をついたが、否定はしなかったので、清明は少々浮かれ気味に異空間から戻り、早速彼の待つもう一つの住処へと向かう。


 心なしか足取りが軽やかに感じた。


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