十三話〈想いを込めて〉
晴れた秋空の下、視素羅木の屋敷の庭にて。
ごく親しい者だけで行われる婚礼の儀は、露顕での宴で賑やかだ。
桟敷には、泰正の弟子である千景、二人の共通の友人である清太呂、師である忠行、それに、英心の両親が並んで座り、酒や帝の好意で用意された御膳を楽しんでいる。
交菓子に、鯉や焼き鯛の酒肴はどれも品があり、特に千景や清太呂は、人生で初めて食べたと歓喜した。
土器の酒盃は折敷に置かれており、銀製の提は皆に回された。
秋の深まる外は寒さに震えるため、松明で火を燃やしている。
焔は悪鬼や怨霊を近寄らせず、宴は厳かながらも、明るい雰囲気を放つ。
泰正と英心は、たいそくに身を包み、皆に挨拶をしつつ話かけていた。
「おめでとう、二人共」
「いやあめでたい!」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます、師匠」
「ありがとう、清太呂、千景」
英心の父上と母上が、泰正に労いの言葉をかける。
「泰正よ、今まで苦労したであろう」
「これからは、存分に息子を頼るのよ」
「ありがとうございます」
「父上、母上、こたびは視素羅木への婿入りをお許し頂き、ありがとうございました」
「感謝いたします」
二人は手を繋ぎ、深々と頭を垂れて、感謝の意を伝えた。
英心の両親は、顔を綻ばせて、喜びの声を上げて笑う。
「しかし、まさか息子が男となあ」
「あら、私は不思議とは思わないわ」
「はは……」
泰正は思わず苦笑すると、英心と視線を交わした。
千景が傍に駆け寄って来て、二人の手を取る。
「中で成春が待ってます、行きましょう」
「ああ」
「いこう、泰正」
座敷に上がると、成春が赤い実をつけた枝を手に歩み寄り、二人に差し出した。
「母上、父上に」
「成春、これは」
「南天か」
「はい!」
「私が縁起物よって教えたら、どこからか取ってきたみたいで……」
余計な真似をしたのかもしれない、というように、千景は瞳を伏せた。
彼女は、帝の計らいで贈られた小袿を身に纏い、普段結っている髪を下ろしているからか、大人びて見える。
この子にも近い内に、良い縁談があれば……と、泰正は口元を緩めた。
「成春、誰かの庭に入ったわけではないな?」
「もし、誰かの物ならば、謝りにいかなければ」
「はい! 父上、母上!」
「やっぱり、泰正様が母上で英心様が父上なんですねえ」
泰正が成春を抱き上げて、英心に手渡している所を見た千景が、含み笑いをするので、なんとなく気恥ずかしく感じてしまう。
「些細な話だ、子の好きなように呼ばせれば良い」
「私は、お前が母なのはあっていると思うぞ」
「え、英心! それは……」
「お二人共、成春がまた眠りそうです」
「本当だな、奥で寝かせよう」
なんだかモヤモヤした気分だが、あどけない寝顔を見たら、愛しさに心が満ちて、この子に母上と呼ばれて嬉しいと思いを改めた。
婚礼の儀は無事に済み、成春を一時、千景に預けた後、泰正は英心と二人きりで向き合う。
お互いに髪を下ろし、生まれたままの姿を曝け出している。
今更だが、今夜は特別に感じた。
差し込む月明かりの中で、弄るように抱き締めあって、口づけを交わし、想いと温もりを確かめあった。
泰正はまるで天上に昇るような心地で、歓喜に打ち震えてまどろみの最中、そっと愛しい人に話かける。
「私を、愛していると言ってくれて、ありがとう」
「泰正」
名を呼ばれたが、その声音は震えていた。
白みかけた空の色が、二人を照らし始めている。
事が終わっても、未だに何も纏わず、身を寄せて囁きあう。
英心は、そんな風に言うなと泰正の額を指で小突いた。
不満を感じた泰正は首を傾げてしまう。
苦笑した英心が気持ちを吐露した。
「ならば私からも。ありがとう泰正」
「英心?」
「お前に愛された私が、どれほどの幸せ者なのか……皆に自慢してやりたい」
「……っ」
心臓が高鳴り、顔を背ける。
それこそ、おかしな話であろう。
「鬼に憑かれた愚か者に愛されて、幸せだなんて……」
「泰正、私は、純粋な心を持つお前に愛されたのが、心底幸せなのだと言いたいのだ……愛している、泰正……」
身体を引き寄せられて、腕の中に閉じ込められた。
先程、肉体の熱さを感じていたのを思い出してしまい、息遣いが荒くなる。
ごまかしたくて咳払いをしたら笑われてしまった。
背中を優しく撫でられて、再び眠気に襲われる。
――ああ、英心。
「私も、愛している」
胸元に頭を乗せて、鼓動を聞きながら、瞳を閉じた。
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