第十二話〈新たな絆〉

 泰正と英心の婚礼の儀は、帝の名により、天照一族の長が執り行うこととなった。

 三日後の婚礼の儀について屋敷に赴いた二人に、緋那が、紅紗の膝に座って詳細を話す。


「本来であれば、お主たちは夫婦になる前に、儀を行うべきであったが、特別な状況であったが故に、まだ済ませておらぬ……そこで三日夜餅ははぶき、露顕のみ執り行うぞ。良いか?」


 二人は同時に頷いて肯定の意を示す。

 頭を下げてお礼を述べた。


「ありがとうございます、お世話になります緋那様」

「ありがとうございます」

「うむ。これでようやく心が落ち着くじゃろ」

「緋那様、一つお願いがございます」

「なんじゃ、英心」


 泰正は頭を上げて、英心の横顔を見やる。

 彼は真剣な面持ちで緋那を見据えて、強い口調で要望を告げた。


「私は、視素羅木に婿入りしとうございます、故に、婚礼の儀は、視素羅木の屋敷にて執り行って頂きたいのです」

「……な」


 まさか、そんな考えを持っていたなんて……泰正は、英心の心をはかりかねた。

 それならば、己が紫倉宮に婿入りするのが道理なのではと感じるのだ。


 緋那は腕を組み、難しい顔をしながら淡々と語る。


「泰正には、兄弟はおらず、両親はもういない。親戚や遠縁の血縁者もおらぬし、見つからぬ。英心は、両親は健在で、他にも血縁者はおる……ならば、お前は、泰正の一族を守りたいと?」

「さようです。成春を、視素羅木の子として、育てとうございます」

「え、英心……」

「泰正よ、お主はどう思うのじゃ」


 問われた泰正は、考えが上手くまとまらず、困り果てた。

 実際、ここまで具体的に、先々の事など考えていなかったからだ。


 ――すっかり、英心の言葉を待つばかりで、夢の中にいたようだな。


 己の不甲斐なさを反省し、ひとまずは、湧き出る想いを吐露する。



「私の代で、視素羅木は断絶するべきだと考えております。それは、両親も同じ筈です。鬼憑きであった身で、血を残すわけには……英心には、視素羅木の荷を背負わせたくはない」

「ならば、私とて鬼に憑かれていたのは同じ。血を繋げる事は避けたい」

「英心?」

「私は、ただ、お前の想いに報いたい。伴侶の家系が絶えてしまうのは、耐え難いのだ」


 両手を握りしめられて、英心の手のひらの温もりが、胸を震わせる。

 泰正の目頭は熱くなり、止められない雫が溢れ出た。


 ――家の事など、とうに諦めていたのに……。


 英心の気持ちに、泰正の心が共鳴する。

 本当は、両親の存在がなかった事になるような気がして、視素羅木一族を断絶させてしまう事実に、罪悪感を抱いていたのだ。


 嗚咽を漏らす泰正を、英心が抱きしめてくれる。


「成春だって、お前の役に立ちたいと望んでいるはずだ。血の繋がりだけが全てではない」

「……ありがとう、ありがとう……感謝する。英心」

「話はまとまった様子じゃな! ならば、婚礼の儀の準備に取り掛かるぞ! 紅紗も手伝ってもらうからな!」

「もちろんです、結縁や、他の式神も力を貸す筈ですよ」

「うむ」


 泰正は、英心の腕の中で穏やかな呼吸を繰り返す。

 やっと、二人は共に歩き出すのだと実感した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る