第十一話〈繋ぐ絆〉

 清明の助言を受けた後に、泰正は英心と、子供の名をどうつけるかよくよく話あったのだが、納得のいく答えが出なかった。


 泰正は英心と並んで座り、開いた戸口から月見を楽しんでいた。

 お喋りが過ぎて疲れていたので、頭がぼんやりしている。

 肩を寄せ合いながら、酒をちまちまと味わう。


 泰正は眠気と戦いながら、思考を巡らせた。


 ――永響といえば……帝はどうされているのだろう……鬼憑きの者達は、清明殿が師匠と協力して、浄化を行なってくれているから……安心だが……。


 帝は永響が生まれ変わった事実を、感じているのだろうか。


「なあ、英心」

「うん?」


 呼びかけると、掠れた声音で英心は返事をした。

 彼も瞳を細めて眠りそうである。

 なんとなく頭を撫でると、肩に頭を乗せられて胸が高鳴り、息を呑む。


 一瞬、何を言おうとしたか忘れてしまい、咳払いをした。


「どうした、泰正」

「……思ったのだが、あの子の名前は、帝につけて頂けたらと」

「ほう。だが、会って頂けるだろうか」

「わからぬが……きっと、お心に引っかかっておられるだろう」


 英心は泰正の肩から頭を起こすと、口元を緩ませて頷いた。


 後日、師匠に取り計らってもらい、二人は特別に内裏へと招かれた。

 殿舎にて帝と御簾越しに謁見する。

 以前は本体ではなかったとはいえ、帝と直に顔を合わせていたので、新鮮に感じた。


 帝に事情を話すと、どうやら、一時永響が英心の中に在った事実を、把握している様子だった。

 故に、永響が生まれ変わり、現世に現れた事に歓喜していた。


 別室に控えさせていた男子を呼び、帝にお見せすると、帝はしばしの間の後、お気持ちを告げられた。


「ならば、朕の名から一つを取り、成を……後はそなた達で決めよ」


 泰正と英心は顔を見合わせ、男子に帝に礼を申せと促せば、恭しく頭を垂れる。

 帝は喜びの声を上げて、もう下がれと申された。



 緊張から解き放たれた二人は、男子の名について相談しつつ、帰路を行く。

 茜色の空が眩しくて瞳を細める。

 英心の背中で眠る子供を見つめて、ぽつりと呟いた。


「春はどうだろうか」

「春?」


 顔を向けて目を丸くする英心に笑いながら、歩を進める。

 英心を追い越す形で歩いていたら「成春(なりはる)か、良い名だ」と、満足したように笑う声が聞こえて、泰正は自然と頬が緩み、心が熱く震えるのを感じた。


 後日。

 帝より文が届き、二人の婚礼の儀を執り行わないか、という内容が記されており、噂が広がった都はざわめいた。


 泰正と英心の婚礼の儀について、清明は道満に問いかけてみた。


「お前は、羨ましいと感じるか」

「は? 何の話だか分からんな」

「道満、我らはこの世界では、お互いに妻子を持たぬらしいぞ……」

「だから、何の話だ?」

「……相変わらず、素直ではないな。寝床での愛らしさはどこへやら」

「……っ」


 盛大に噎せた道満に笑っていたら、屋敷を訪ねる人物に気づき、英心の式神である結縁に迎え入れさせた。

 手土産をいっぱいに持つ男女は、清太呂と千景である。

 最近、千景は清太呂の商いを手伝っているらしく、共にいるのをよく見かけた。

 二人は挨拶もそこそこに、泰正と英心の部屋へと足早に向かった。


 賑やかな声が響き渡り、屋敷が一気に明るくなる。


 ――寒い季節にありがたいな。



 泰正は、久しぶりに顔を合わせた家族同然の弟子と友に破顔して、声を弾ませた。


「元気そうで何よりだ」

「ええ! 泰正様も、英心様も」

「なあ、お前たち、婚礼の儀をするというのは、誠にか?」


 清太呂が声音を低くして訊ねた。

 泰正は頷いて英心を見やる。

 英心も頬を緩めて首肯した。

 清太呂も千景も、興奮した様子で手を握り合う。


「きゃ~! 泰正様の晴れ姿だなんて! 絶対素敵よ!」

「どんなご馳走が食べれるのか楽しみだなあ~」

「はははっ、清太呂は結局それか!」

「なんだ英心、明るい顔をして、お前は結局、泰正を……」

「清太呂? 英心をからかうな!」


 英心を気遣うふりをして、清太呂をいさめる泰正だが、実際には照れ隠しだ。


「……父上、母上」

「成春、おいで」


 隣の部屋で寝ていた成春が、欠伸をしながら泰正に駆け寄る。

 千景が「かわいい!」と騒いだり、清太呂が、目を白黒させて慌てるのを見て、笑う英心を見据える。


 ――英心、私はまだお前からあの言葉をきけていない……。


 瞳を伏せて唇を噛み締めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る