第十二話〈絡まる縁〉


 泰正は英心と共に、師の元へと急いだ。

 屋敷に近づくに連れ、複数の人影が見えて英心に止まるように叫ぶ。


「人集りだ! まずいぞ!」 

「付近の者達だな……」


 忠行の屋敷の前には、野次馬ができており、異変があったのは想像できる。

 かまっている暇はない、人集りに言い放つ。


「門から退いて頂きたい! 通してくれ!」

「あ! 紫倉宮様様!?」

「え、あ、視素羅木様も一緒だぞ!」


 喚き散らす彼らの合間を縫うようにして屋敷に滑り込むと、目に飛び込んだ惨状に愕然とした。

 どの部屋も戸は破壊され、中も滅茶苦茶であったのだ。

 英心は久遠を背負ったまま、中に飛び込んでいく。

 泰正も後を追って、鏡の間へと走り込んだ。


 鏡の間はかろうじて無事であるが、異空間に繋がる巨大な鏡は、今にも割れそうで、封印を施している師と蓮はその場に蹲り、震えていた。


「師匠! 蓮! 何があった!?」

「……康正、さん……あぶない……」

「!?」


 蓮が手にしている鏡が割れた瞬間、轟音が轟き、巨大な鏡が割れて、誰かが飛び出してくる。


 黒髪を振り乱した、黒い狩衣を着た男が、白い狩衣を着た男を抱き抱えて血を吐いた。


 康正は驚愕して叫ぶ。


「道満!!」

「晴明殿!?」


 康正と同時に英心が叫ぶと、彼の背中に身を預けていた久遠が、勢いよく身体を起こす。


「道真! こいつにとりつけ!」

「……っ」


 ――道真……!?


 菅原道真か!?


 久遠が康正を手で指し示し、鏡から現れた黒い靄が一目散に向かってくる。


 ――間に合わない!!


 目を閉じた時、身体が宙に浮く感覚がした。

 うすく開いた視界に、白い狩衣が見える。


「せ、晴明殿!?」

「道満に入り込んだ」

「……っ」

「康正!」


 英心が駆け寄り、康正に身を寄せる。

 肩を抱かれて不謹慎にもときめいて慌てた。


 ――な、何を考えているのだ私は!


 呻く声が轟いている。

 道満がゆらりと前に進み出て、部屋の隅でかたまる久遠が、絶叫した。


「な、なんで僕の言う事を聞かないんだ!! 道満に取り憑いてどうする!?」

「久遠、残念だったな。道満は、私を殺せない……」

「く……!」 


 憎悪に満ちた目を晴明に向けた久遠は、倒れている蓮に視線をうつして唸る。


「滅茶苦茶にしてやりたかったのに!」

「グアアア――!」


 獣のように叫ぶ道満が、晴明につっこんでくるのを見据えた。

 晴明は微動だにせず、白目をむく道満にただ話しかける。


「先程、私を庇ったのはなぜだ」

「グアアアッ」


 問いかける晴明の前で動きを止めた道満は、首を奇妙に捻りながら低い声音で唸り続けていた。

 攻撃をやめたのを見るに、言葉を理解しているようである。

 晴明が話続ける。


「私が妻を娶るのが気に食わなかったのは何故だ……己の心に、素直に従え!」

「……ウ……グウ……!」


 身体をしならせて両手を晴明の首に伸ばし、掴むと力を入れた。

 晴明は口を閉じ、道満を見つめるだけだ。

 見つめ合う二人の周りだけ、まるで別の世界のように、静寂に包まれている。


 ――パアンッ!


 沈黙を破ったのは、晴明が手を打ち合わせる音であった。

 一際大きな声を上げた道満は、晴明から手を離してくずおれてしまう。


「道満!」


 とっさに道満の腰を支えた晴明は、ゆっくりと膝をつく。

 瞳を閉じた道満の顔を指でなぞり、何事かを呟いている。

 すうっと道満の瞳が開き、口を動かすが、こちらには聞こえない。

 晴明が頷くと、道満はがくりと項垂れた。


「……終わったのか」


 英心のほうけたような声に反応した康正は、彼にまだ、肩を支えられているのを思い出してそっと身を離し、軽く咳払いをする。

 英心が息を吐くと、晴明に向かって話しかけた。


「晴明殿! どうなったのですか!」

「問題ない。師と蓮、道満も……それよりも、やっかいな状況になった」

「……?」


 康正は疑問を胸に抱き、晴明に確かめたかったが、突然聞こえた怒声に意識を持っていかれた。


「なんだよ! ふざけるな! ぜんぶ台無しじゃないか! 道満の役立たず!」

「……久遠」


 床を叩いて不満を叫ぶ久遠を見た英心が、呆れたような声音で名を呼ぶ。


「どうして晴明をかばう!? お前は晴明を憎んでただろ!!」

「……憎いか」


 晴明は呟くと、道満を床に横たわらせて、久遠に静かに歩みよった。

 久遠は涙目を向けて唇を噛みしめる。


 ため息をついた晴明が、淡々と告げた。


「道満は、私に構って欲しかっただけだ……そして、お前も蓮にな」

「……っ違う!!」

「ん、う……」 


 傍らで気絶していた蓮が、うめいて瞳をあけたのを見て、康正は彼に声をかけた。


「大丈夫か?」

「……康正、さん」

「動かない方が良い」

「英心さん」


 蓮がぼんやりと周りを見渡す。

 先に久遠を見つけると、話かけようとした様子だが、どこからか呼びかける声が

 聞こえてきて、空気が変わる。


「姿を見せよ! 帝の命を受けて、貴殿らを拘束する!」

「拘束だと!?」


 叫んだ英心は唇を引き結び、戸口へと進み出ていった。

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