第十一話〈伝えられぬ想い〉

 泰正は、英心の怒り心頭に発する形相にすっかり気圧され、とにかく冷静に話すべきだと壁に背をつけて両手を突き出す。


「これにはな、深い訳があってだな……」

「訳……? ならば、ここで、聞かせてもらおう」


 強く手首を握られてしまい、痛みに顔がひきつる。

 順を追って説明するべきだが、はたと気づく。

 己も、状況の把握はできていないではないかと。

 話せる事は、何故生きていたのかくらいだ。


 英心に向き直り、咳払いをすると、手首を離すように忠告する。


「落ち着け、離してくれればきちんと話そう。私が生きている理由を……」

「そんなものは想像できる! 私が知りたいのは……お前が、鬼に憑れた理由だ!」

「……っ」


 泰正は絶句した。

 ――決して言えぬからだ。

 ただ、今の英心には答えが必要だろう。

 仕方なくごまかしながら話すことにする。

 泰正は無言で英心を見つめ続けた。

 ようやく手を離されて、口を開く。


「私が、誰かを想っているのは知っているな」

「……ああ」


 目の前にいる彼を想う事実を隠しながら、言葉を選びつつ語る。


「子供の頃に、惚れた相手がいてな。その相手に構われたくて、鬼の封印を解いてしまい……焦がれる気持ちにつけこまれた」 

「……まさか、両親は鬼に」

「そうだ」


 苦い気持ちが膨れ上がるが、唇を噛み締めて抑え込む。

 これ以上話せば、感情を爆発しかねず、押し黙り、瞳を伏せた。


 ふと、風がどこからともなく強く吹く。

 同時に英心が声を上げた。


 泰正が顔を上げた時、英心は背を向けていたので、何事かと前に回り込むと、英心の目の前には、いつの間にか男子が倒れ込んでいるではないか。


「いきなり飛びかかってきたのだ」

「……彼は」


 泰正は、英心が支える男子が、件の者だと分かり、目を瞠る。


「久遠。私を操った者だ」

「な、なぜここに!?」

「私の後をつけて来たのだろう……気を失っているだけだ。師の屋敷に運ぶ」

「ああ」


 男子を背負って歩き出す英心の後を追う。

 しばし無言で歩いていたが、英心が声をかけてきた。


「私を恨んでいないのか」


 泰正は、気を失い、力が抜けている久遠の背中を見つめながら、会話を交わす。


「恨む? 何をだ」

「……お前を殺そうとしたんだ、私は」


 溜息まじりに呟く英心に、泰正は頷いた。

 真面目で正義感の強い英心らしいと。

 泰正は本音を告げる。


「師は封じようとしてくれた。有り難いが、甘い考えだ。本来であれば、お前のやり方が正しい。気にする必要などない」


 英心が足を止めるので、泰正もならう。

 ぼそりと何かを言っているので耳を傾けた。


「……私は、お前の」

「英心? 何と言っているのか聞こえんぞ?」


 その時、何かが光り、まぶしくて瞳をつむる。

 英心の叫び声がした。


「鏡が光っている! 師の元へ急ごう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る